第5話「男勝りの女性が現実にいたら、それはもう恐ろしいもの」
木と草花が生い茂る森。月下に照らされたこの場所は、まるで幻想的に美しいのだろう。
僕はこの現状でそんなことは思わない。絶対に。
「はぁ……はぁ……」
歩き続けてもう5時間。正直言って、人一人すら見つけられない。このまま僕はのたれ死ぬのか……
足がもつれてその場に倒れる。立ち上がろうと腕に力を入れるが、すでに自分の自重を持ち上げられるほどの体力を残してはいない。
「だめ……だ……」
意識を手放すその瞬間、何かが光ったような気がした。それを確認するほど、もう、耐えられ、ない。
_______5時間後
「……ん?」
目を開けるとそこは天井だった。魔導機のランプが吊るされて何の模様のない部屋。少しずつ体を起こして視界の角度を変えて周囲を見渡す。本棚、机と椅子、小さな三段箪笥、小さな小窓がそれぞれ一つ。何かの客室だろうか?
ベッドから抜け出そうとすると、ふと、自分が着ているものに気がつく。自分は今ほとんど裸の状態であり、このままでは変態への道の地は確実だと思う。周囲に衣服はないかと探すが、それらしき物も、僕が今まで来ていた物も見当たらないので仕方なく箪笥をあさってみることにした。
箪笥の上段に手をかけて引いてみると、そこには女性用下着がずっしりと……何も見なかったことにしてそこをそっと閉じる。
次に開いた中段にはどうも自分には少々肩幅が合わない服。もしくはワンピースの類がたくさんあった。同じく何も見なかったことにして閉じる。
そして最後に残った下段。さすがにパンツ一枚では危ないのでズボンぐらいは欲しいと思う。一息ついてから引くと、中にはスカートがいっぱい敷き詰められていた。
さて、どうしたものか……このまま服を着て女装癖に目覚めるしかないのか?いや、それは安易に考えすぎだろう。
そんな思考を繰り返していると、ドアがノックもなしに開かれる。不意に音がしたの振り返ると、そこには小さな女の子が両手で必死にお盆を持って部屋に入ってきた。自然と目があう僕たち。
ちなみに、女の子の特徴はオレンジの長髪に紺色の服にスカートと言ったもので、背丈は白よりも小さく、130行っているかいないか。まあ要は幼女というもの。
「あ。おきたー。おきたぞー」
「へ?」
幼女はお盆を机に置いて入ってきた扉から颯爽に走っていく。
「ま、待ってくれ!」
この状況の説明役が欲しい僕としては、小さな女の子でも構わなかった。彼女を追いかけるように扉を開いて部屋から飛び出す。
魔導機のランプが感覚よくつけられている廊下に出ると、妙に違和感を感じる。
いや、この違和感はもっと前から……そうだ。先ほどの部屋で小窓を見かけたときに感じたものだ。
窓の外に、雲がよく見える。それも自分と平行的に。
窓をよく見ると、自分がどこにいつのかがようやくわかった。
「俺、空を飛んでる!?」
驚愕な現実。普通ではありえないこの現状にふらふらと歩きながらも、廊下を道なりに歩いていく。大体の予想だが、FFとかドラゴクエスト(略称DQ)などで良くある飛行船の類なんだろう。道幅はもう一人横を歩いても、肩がぶつからない程度だ。
しかし、人生に一度は乗ってみたかったものだが、こうもあっさり乗れたのであまり実感がない。何より自分がなぜこんなところにいるのかがわからないし。
うだうだ悩んでも答えが出ないので、とにかくここの船員たちに会わなくては。手当たりしだい部屋を開けて行けば誰かに出会うであろう。
そんな安直な考えで扉を開けた自分を後悔したいと思う。
近くにある扉を開けたら、そこには湯気が少し立ち上る、昭和のお風呂場の風景。その脱衣場であった。無論、脱衣所ならば、そこで服を脱いでいる人間がいることは間違いないのだが、問題はそこではなかった。
「て、てめぇ……何オレの裸見てんだ……」
「へ、へぇぁああ!?」
あろうことに女性風呂の脱衣所を開けたらしい。周囲には半裸の女性や全裸で風呂場に行こうとしている女性、今まさに服を脱ごうとしている女性。そして、目の前には下着を脱ぎかけている赤髪の女子が、怒り心頭な表情で僕を見ていた。
「変態野郎がぁっ!!」
次の瞬間、その女子から鋭い蹴りを食らって、一撃のノックアウトされるのだった。反論の余地も渡されないほど素早かった。
気がつくと、そこはまた天井が広がっていた。
なんだ。今日はなぜかたくさん気絶するなぁ……
とか思っているのもつかの間、寝ていた体を起こして、人の気配を感じる場所を見ると、そこには赤い髪のポニーテールの女子が目をつぶって壁に寄りかかっていた。
彼女は男性用に見える服を着こなし、足にはグリーブ。腰には軍用ナイフみたいなものを吊るしていた。背の大きさは僕と同じぐらいだ。
ぼけーっと、僕の視線に気がついたのか、ややオレンジ気味の赤い瞳、炎のような瞳が僕の方に向く。
「やっと起きたか。この変態野郎」
「へ、変態……」
女性からの侮蔑的な視線は慣れっこだが……実際に言葉で聞くと、これは苦しい。いやそうではなくて。
「あ、あれは別に見たくて見たかったわけじゃ____」
「うるせぇよ。誰もおめぇの意見なんか聞いてない。誰のおかげであんな森の奥でのたれ死ななくて済んだかわかってんのか?」
なるほど、やはり僕は倒れていたところを助けられたのか……うーん……言い訳できない。
「その……あ、ありがと……」
「声が小せぇよ!!男ならもっと声出せ!!」
「は、はい!!ありがとうございます!!!」
「へ、うじうじしやがって……これだから魔術士はよ。見てて気持ち悪りぃってありゃないぜ」
そう言われても……これは一種の病気だからなぁ……
と、彼女の言葉を苦い気持ちで聞いていると、自分の現状について思い出した。
「そういえば、ここはどこなの?」
「ここ?飛行船の医療室。思いっきり蹴っちまったからな。たく、柔い体してるからそうなるんだよ」
「あ、あはははは……その、僕の荷物は?それに服も……」
「あのよくわかんない鞄に、服、それにローブか。お前を助けてやったんだ。全部オレたちのものだ」
「なぁ!?」
流石に横暴すぎるだろ!鞄の中にはまだ食べていない村の人たちからもらった食材が……
「何、問題ねぇよ。ちゃんと代わりの服ぐらいくれてやるさ」
「いや、だめだ。あれは僕が村の人からもらったものだ。君らに渡すわけにはいかない。それにローブだって……鞄も大切なものなんだ。だから返してくれ」
「あ?……なんだよお前。オレに口答えすんの、か!」
眉間にしわを寄せた彼女が放つ蹴りが僕の近くにあった椅子に炸裂する。椅子は向かってくるのでとっさによけると、彼女の軍用ナイフが、僕の首元に突きつけられる。
「く……」
「へ、弱っちいくせに生意気言うぜ。まあ言いたいことはわかるけどな……お前、ここがどこだかと聞いたよな?なら、もっと詳しく言ってやるぜ」
彼女の額が僕の額とくっつく。白がしてくれたのとは全く別の感情。絶対的な恐怖と、抑制感。彼女に自分の生殺与奪の権利を握られているのだ。
首を動かさないように、生唾を飲む。
「オレ達は空賊。カミラ空賊団。この船は空賊の船なんだよ」
空賊。その単語は初めて聞くが、おそらくは海賊と山賊と同じものなのだろうか。現にそれと同じようなことを僕は体験している。
心臓の音が止まらない。下手に動けば、殺される!
指一つ動かせず、その場で彼女の瞳を見つめ返す。息を飲み、この状況をどう脱出しようかと考える。しかし、どうシュミレートしても彼女には勝てない。接近戦では絶対的にこちらが不利だ。だからとって全て彼女の言う通りというのはダメだ。それだと村の人たちの気持ちを無下にするような気分になる。どうする?
突然、扉が開かれて視線が不意にそちらへ移る。
そこには、ドクロマークが描かれた黒い帽子をかぶっている女性。しかし、その体は女性とは思えないほど大きく。僕よりも10cmちょっと大きいぐらい。腰にはサーベルと、リボルバー式の拳銃をホルスターに入れて吊っている。服は海賊のイメージがそのまま現れた漆黒の船長服で、黒いブーツをコツコツと鳴らしている。
「そこまでにしな、クリア。私らは何もそこまで奪っているのが仕事じゃない。私らは自由に生きるのが仕事だ。そうだろ?」
「うるさい。たとえ姉御でもこれは引き下がれない。こんなクソみたいに弱っちいやつに裸見られたんだ……こんな奴のせいで……だったらこいつには死んでもらわなくちゃ____」
「やめろと、私は言ってんだ。私らをただの小悪党にするつもりかい?」
言葉に威圧を感じる。彼女の一言一言はものすごい圧力で、それは僕にナイフを向けていたクリアという女子が額に汗を流すほどのものだ。船長っぽい女性は、クリアを横へ押しのけて、僕と対峙する。
「初めまして。というべきだな。私は船長のキャラディック=ラオベン。みんなからはキャディと呼ばれているからそう呼んでくれ。それと、こいつがこんな行動に出ているから……もう私らがどんな存在かわかっているな?」
「は、はい……その、僕の勝手な考えを押し付けるようですが……僕から奪った物を、返してくれませんか?」
「もちろんだ。そのためにここへ来たんだから」
キャディさんが指を鳴らすと、さらに数人の女性が僕の鞄や服を投げ捨てるように、ベッドの上に置かれる。ふと、彼女たちからものすごく殺気が僕に向けられているのがわかった。
「おいお前ら!客人に向かってその態度ねぇだろ!!」
「ッ……すみま、せん……」
キャディさんの言葉に一様の肯定を見せる彼女たちだが、その瞳に僕への敵意は消えていないようだ。そこまで、僕が弱っちくみえるせいで敵視されていると思うと、なんだか理不尽に感じる。
と、そこに、慌てふためいて扉が開かれて、一人の女性が急いで入ってきた。息を荒くしてやった来たのを見ると、緊急事態のようだ。
「姉さん!!ジェシカの容体が!!」
「……そうか……」
周りがざわめくなか、キャディさんがゆっくりと僕に手を差し伸ばす。
「ちょっとついてきてくれ」
ズボンとワイシャツだけ着用した僕は、キャディさんとクリア、その他多数の女性に囲まれて、すれ違うのが女性ばかりの船のなかをいく。先ほどから妙に感じていたが、女性が多いな……
数分間、廊下を歩いた先には一つの部屋があり、その部屋へと入る。
僕は思わず口を塞いだ。あたりそこいらから鼻に着く血の匂い。そこには、血まみれになっていた女性たちが6人ほどベッドで寝込んでいた。医療スタッフの女性が必死に手術をしているが、すでに女性の4人が、顔に白い布を被せられている。残りの二人が息苦しそうにして輸血を受けているが、裂創部分はまだ完全に縫合できていないのと、輸血が足りないのか、すでにその顔色は血の気が感じられない。
それを見ていると、先ほどから徐々に感じていた後ろからの殺意が、急激に強くなった。キャディさんが彼女たちと僕との間に入る。
「君を拾った経緯を教える。君が倒れていた場所はちょうど私らが仕事をしていた場所でさ。戦闘の途中、こいつらが君を見つけたんだ。どうにかして助けようとして頑張ったんだけど、6人が重傷、いや、もう4人死亡だ。ここまで言えばわかるだろう?正直、私もこいつらと同じ気持ちさ。でも私はこいつらが仮に助からなかったとしても、君を殺そうとはしない。こいつらが命をかけて守ろうとしたもんを壊そうだなんて、考えたくないねぇ……」
そう、だったのか……だからあれほど僕に対しての殺意が……
うつむいて、寝込んでいる彼女たちの様子を見ていると、後ろからクリアが叫んできた。
「てめぇが強ければ!!こいつらは死ななくて済んだんだ!!ふざけてんじゃねぇよ!!男はいつだって、女を犠牲にして生き残ろうとする!!それだけてめえは偉いのか!!オレたちみたいな空賊の女なんか何人死んでもいいっていうのか!!」
「……そんなわけ……ない」
「なら助けてみせろ!!魔術士だろ!!なんか回復魔術とか持ってんだろ!!早く治せ!!」
「……残念だけど、それはできない。僕は、回復の魔術なんか……」
そう。僕がやれるのはせいぜい炎の魔術だけ。トーラスが言っていたように、ものすごいマナを持っているからそれが、人並みより上なだけの能力だ。
腹立たしい。非常に自分の無力さを感じる。僕は、人を不幸にする天才なのか?こんなにマナがすごいのかどうかなんてなければ、白と暮らせていたし、彼女たちが死ぬこともなかったのに。せめて、何かできることはないか?
その場に膝ま付き、今にも死にそうな女性を見る。何か前回の時のようなことができれば……
『戦術リンクシステム、起動』
「なっ!?」
脳内に、突然声が響く。以前のグリズリーもどきを吹き飛ばした時と同じような声。僕は自然と女性二人を見る。
『対象確認。人類、人間族、雌。状態、出血多量。生存可能時間、および3分』
彼女二人の情報なのだろうか。だがそんなもの教えてもらっても意味がない。それの対処方法を僕にくれ!!
『データーベースより参照。該当術式、一件。緊急術式展開。回復術式起動』
「”ナースフェザー”」
無意識に口ずさむ言葉。それが空気に振動し、音と認知した頃には僕の手から光が輝き、それが倒れていた彼女たちを包み込む。
「こ、これは!?」
「な、なんだよこれ……」
「温かい……」
周囲の女性たちが驚愕した表情で、僕のやる行為を見ている。おそらくこの中で一番信じられないのは僕だろう。自分でも気付けないほどの力を感じる。
光は徐々に収まっていき、完全に収束すると、そこには穏やかな表情で眠る二人の女性の姿が残っていた。傷跡は跡形もなく、消失していた。