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(サスペンス)犯人ゲーム

犯人を暴き出すゲーム

 どんよりした曇り空から、雨が降ってきた。

 繁華街の路地裏にいた僕は、手近な軒先で雨宿りをする。

 夜までにはまだ、時間がある。

 軒先から仰いだ空は、幾重もの雲の層で覆われていた。

 肩にかかった滴を払っていると、なんの前触れもなく、背後のドアが開いた。

「雨宿りかい」

 四十歳ぐらいの男の人が出てきた。痩せ型でうっすらと無精ひげを生やしている、物静かという言葉が似合いそうな優しそうな人だ。

「ここじゃ、あれだろ。中においで」

 僕は誘われるがまま、薄暗い店内にはいった。

 中にはカウンターと、いくつかのテーブルがある、小さなバーだった。

 示されたカウンター席に座ると、男の人・狩谷さんがホットミルクを入れてくれた。

 両手で湯気の立ち昇るカップを包むと、温かな熱が伝わってきて、ミルクのかぐわしい匂いが鼻をくすぐった。

 少し口に含むと、ふんわりと甘い匂いが鼻を通っていき、白い液体が体の中を温める。

「災難だったね。開店までまだ時間があるから、ゆっくりしてくといいよ」

 狩谷さんが、僕の挙動にほほ笑みながら静かに言った。

 温かいカップをテーブルに置く。

「災難といえば、狩谷さんもそうじゃないんですか」

「どうして」

「三日前、すぐそこで通り魔殺人がありましたよね。大変だったんじゃないんですか」

「ああ、そのことかい。警察の人にはいろいろきかれたけど、災難というほどでもなかったかな」

「そうですか」

 狩谷さんはクスッと小さく笑う。

「キミはそういう事件に興味があるの?」

「学校で今、犯人探しっていうゲームが流行はやってるんです」

 僕はもう一度、コップを両手で包んだ。手のひらがじんわりとあたたかくなる。

「へえ。探偵ごっこみたいなの?」

「というより、いかにして相手を犯人に仕立て上げるか、というゲームなんです」

「いかにして? どういう意味?」

「本当は犯人じゃないんだけど、アリバイがないとか、少しでも動機がないかとか、そういった心理面で相手を追いつめていくっていう、一種の遊びです」

「ふうん。変わった遊びが流行ってるんだね」

「僕はそのゲームが得意なんです。今のところ負け知らずなんです」

「それは凄いね。将来、本物の探偵になれるかもしれないね」

 クスリと笑う狩谷さんに、僕は言う。

「どうです。僕とそのゲームをしてみませんか」

「面白そうだね。僕は構わないよ。どうやるのかな」

「では、そうですね。事件はさっき言った三日前の通り魔事件にしましょうか。それでいいですか」

「ああ」

 店内に、静かな雨音が響き渡る。


 *


「では、狩谷さん。三日前の午後十時、どこにいましたか」

「その時間はこの店にいたよ」

「それを証明できる人はいますか」

「うん。いるね。常連のお客さんが飲みに来ててね。ふふ、これは警察にも言ったなあ」

「そうですか。でも、おかしいですね」

「どこがおかしいのかな」

「ジャンパーを着た三十過ぎの男の人、福井さんって言うんですけど、その人知っていますか」

「福井さんか。いや、知らないね」

「その人、事件当日、このお店に来てたんです。記憶にないですか」

「もしかしたら奥のテーブル席にいた人かな。名前までは知らないけど」

「実は、僕はその福井さんと知り合いなんです」

「ほう」

「福井さんに聞いた話なんですが、狩谷さんは一度、カウンターを離れていますね」

「そうだったかな」

「そうです」

「もしかしたら、少し、離れてたかもしれないね」

「僕がきいた話では、狩谷さんは常連のお客さんに『ちょっと見てて』と言って、しばらく戻って来なかったそうです」

 狩谷さんはフフッと笑う。

「少し言いにくいんだけど、僕にも生理現象というのがあってね」

 狩谷さんは店内の、片隅にあるトイレに目を向ける。

「トイレ、ですか」

「そういうわけ」

 僕は狩谷さんに向き直り、頭を下げる。

「狩谷さんにひとつ、謝っておかないといけないことがあります」

「なんだい」

「福井さんというのは、実は僕の嘘なんです」

「……」

「すみません。でもこれで、狩谷さんがカウンターを五分程度離れていたことと、常連客の情報が得られました」

 狩谷さんはククッと笑う。

「うん。これはしまったな。僕たちはゲームをしてたんだっけね」

「はい。気を抜かないでくださいね」

「注意しておくよ」

「で、狩谷さんはどうして、離れてないってとぼけたんですか」

「それは、さっきも言った通り、ささいなことだからね。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「そうですか。ところで、その常連客と狩谷さんは親密な関係ですね」

「どうしてそう思うの」

「事件の起こる前日、僕はそこの近くの駅で、狩谷さんがその常連客と一緒にいるのを見ているんです」

「ちょっと待ってくれる。キミはそのお客さんを見たことがあるの?」

「いいえ。でも、多分同一人物だと思います。違いますか」

「いや、違わなくないけど、もしかしてそれも嘘?」

「さあ、どうでしょう」

「これはまいったな。着々と、キミのペースにはまっているみたいだ」

「別に狩谷さんも、嘘を言ってもいいんですよ」

「いや、僕は嘘がつけないたちでね。まあ、努力はしてみるよ」

「話を戻しますね。狩谷さんはその常連客と口裏を合わせることができますし、この薄暗い店内では、ゴミかなにかを出す素振りで自然に裏口を出ていっても、誰も気に止めないと思います」

「もっともな意見だ」

「また話を戻しますけど、さっき僕が言った想像上の福井さん。実は嘘じゃなくて、本当のところ、実在の人物です」

「……どういうこと?」

「福井さんは実際にはこのお店に来ていました。そして、注文をしようとしたら、狩谷さんが裏口から出ていくのを見たんです。福井さんはしばらく、そう、五分ほど待っていたそうです。これはまぎれもない、事実です」

「ちょっと待ってくれ、それも嘘なんだろ」

「違います。そういえば、まだ確認してませんでしたが、常連客というのは女性客ですよね。福井さんの話が間違っていなければ、ですが」

「……」

「もう一度ききます。どうして狩谷さんは、店を出ていないなんて嘘をついたんですか。それから五分のあいだ、どこでなにをしていたんですか。答えてください」

「……」

「僕には不思議な体質があって、人から声をかけられやすいというのがあるんです。今日も狩谷さんから声をかけられましたし、福井さんにしても、この周辺で情報を集めていたときに、福井さんのほうから「なにをしてるの」と声をかけてきたんです」

 狩谷さんはテーブルに視線を落としたまま、ピクリとも動かない。

「僕は通り魔事件について、実際に現場を見たり、店の出入り口を調べたりしていました。現場からの距離や当日の人通り、それに福井さんや他の人たちの話を照らし合わせていくうちに、自然とこのお店にたどり着きました」

「……」

「実際に、狩谷さんと話をしていて大体の目星はつきました。僕は犯人が誰かとか、事件を解決したいなんていうことには、まったく興味がないんです。それよりも、ただこのゲームに勝ちたい。その一点だけなんです。僕は勝ち目のない勝負はしない主義です。どうなんですか。僕の勝ちなんですか」

 沈黙が続く。

 狩谷さんの重い口がゆっくりと開く。

「……キミの、勝ちだ」

 僕は息を吐き、虚脱するように席に座り込んだ。

 しばらく無言が続く。

 もちろん、こんな真偽の定かでない言葉の応酬に意味はない。「勝負に勝った」という勝利判定。それだけが、僕には重要だった。

 僕は席を立つ。

「では、そろそろ失礼します。ホットミルク、ごちそうさまでした。おいしかったです」

 返答のないまま、店をあとにした。

 外ではまだ、雨が降り続いていた。

 空を仰ぐ。

 重々しい雨空は濃さを増し、街をくすんだ灰色に染めていた。


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