(コメディ)黒ネコな侵略者
黒ネコと人間の戦い
「ただいま」
「にゃあ」
帰宅すると部屋に黒いネコがいた。
なぜか二本足で直立している。
「手をあげろ」
金色の目をギラギラさせて、黒ネコが言った。
沈黙がただよう。
ネコはブラブラさせていた手(前足だ)を突き出した。手には小さな赤い銃がついている。小さくて丸い指なので、本当についているだけという感じだ。
ズバン!
衝撃音とともに僕はふっとばされた。壁にうちつけた背中がジンジンして痛い。
ネコがすり足で近づいてくる。赤い銃がクイッと動いた。
「もう一度言う。手をあげろ」
仕方なく両手をあげる。
「貴様はあまり、ものわかりのいいほうではないな」
ネコに言われたくはない。
「貴様の生殺与奪の権利はわたしが掌握した。以後、貴様はわたしの奴隷人間だ。なにか質問はあるか」
「えーと」
ズバン!
わき腹の横に大穴が空いた。
「発言は許さない」
黒ネコはさらにすり足で近寄ってきた。手についている赤い銃口が、常にこちらを狙っている。
「ふむん。未開の発展途上の野蛮生命体は、なにをしでかすかわからないからな。以前も、野蛮生命体の殺人音波によって、多くの同士たちがやられた。よって、貴様には口の開閉によるモールス信号のみ、許可してやる」
無茶言うな。モールス信号なんて知らないよ。
「なんだ、質問はないのか」
口のかわりに手を動かそうとすると。
ズバン!
さっきの反対側に、同じく穴が空いた。
「貴様! 身体の動きを許可した覚えはない。動くな」
ネコの赤い銃が近づく。
「おい、身体を動かすな! その心臓も止めろ!」
そんな無茶な。
「止めろ!」
ズバン!
胸に衝撃が走った。
*
気がつくと、白い照明がまぶしい。
目を開けると、見慣れた木目調の天井板が見えた。
胸のあたりの服には焦げた穴があり、肌が露出している。
「お目覚めかい」
横に黒ネコがいた。正座をしてこちらを見ている。赤い銃は見当たらない。
ネコはハフンと息を吐く。
「まさか心臓も止められないとはな。あんなにも簡単に、生命活動を停止するとは思わなかったぞ。まったく脆い生命体だ」
そりゃどうも。
「貴様を生き返らせることは不可能だった。やむをえず死骸から細胞片を切除し、培養して貴様を複製した。今の貴様は複製だ。本体は粉塵処理して培養成分にし、リサイクルさせてもらった」
なにを言っているのか、ちんぷんかんぶんだ。
「ふむ」
黒ネコはおもむろにクッションの端に腰かけて足を組んだ。どこからかミニサイズの煙草を取り出すと吸い、煙をひと吐きした。
「さて。奴隷人間。まずは、そうだな。わたしをもてなしてもらおうか」
「……」
発音が許可されていないので黙っている。
「貴様はモールス信号を知らないようだな。やむをえん、発音を許可してやろう。ただし簡潔にだ」
「あのう、うひょひょひょひょひょひょ!」
僕の全身に微弱な電撃が走った。ネコのヒゲから怪光線がほとばしり、僕の身体を適度に痺れさせているのだ。
「ばかもの! 簡潔にしろと言ったはずだ。『あのう』発言など愚の骨頂だ!」
「うひょひょひょひょ……ぜぇぜぇ」
怪光線が止まった。今度は簡潔に質問してみる。
「もてなしとは、具体的に、なにか」
ズバウム!
「もひょひょひょひょひょひょ」
「貴様! 口のききかたに気をつけろ!」
泣きそう。こりずにもう一度きいてみる。
「わたしにはもてなしがどのような<ズバウム>もひょひょひょひょひょ」
「まったく頭の悪いやつだ!」
泣いた。
「と、まあ、悪ふざけはこのへんにしておくとして本題にはいろうか。実は助けてもらいたいことがあるのだが」
黒ネコの態度が一変して、畳の上にゴロンと横になった。どうやら僕は、黒猫にからかわれていたようだ。
「おい、きいてるか?」
ぼかりと、頬を黒ネコに蹴られた。
いいかげんにしろ!
「助けてなんかやるもんか!」
僕は黒ネコの隙を狙い、一気に飛びかかった。
人間とネコの、威信をかけた戦いが今はじまった。
勝負は一瞬でついた。
「むひょひょひょひょ!」
人間のみなさん、ごめんなさい。