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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第二章:月夜の宴
83/168

82.強いのです。



 ヒューゴは書き取りをまとめたのか、ふうと息をついてページをめくります。


「えーと、真祖と直系と傍系ってのはわかったから……じゃあね、血族と系譜ってのを教えてよ。あと眷属って?」

「簡単に言えば、全部似たようなものなのですが、すこし詳しく話しましょう」




 “血族”はご存じのとおり、六つある吸血鬼の種族です。

 始祖を頂点とし、直接の眷属……始祖によって吸血鬼となった者たちのことを、特に“眷属”と呼びますね。血が濃いとされて、吸血鬼たちから尊敬されます。そしてその一族の血の流れを、“系譜”といいます。


 たとえば、不定形の血族が始祖ヴラドの眷属のひとりが、不定形の血族が大公エリザベート閣下です。始祖によって吸血され、死に、蘇った方ですね。

 そのエリザベート大公そのひとと、大公が吸血鬼にした者は、ヴラドの系譜と呼ぶことが出来ます。

 あるいは、エリザベート大公が吸血鬼にした者は、エリザベートの系譜とも言いますね。


 直系の者が“系譜”といえば、それは究極には始祖、そして真祖を指し示します。

 まあ、真祖の御名を軽々しく口にはしませんから、始祖で止まりますが。始祖の系譜と名乗る方も、ほとんどは眷属の方ですね。

 自分に一番近い血の流れの中で、偉大なる吸血鬼の名を借りて、名乗りを上げるのが吸血鬼流の挨拶です。


 そして傍系の者であれば、その者を吸血鬼たらしめた者の名となります。

 系譜は芋づる式に増えるのです。

 ……アレを彷彿とさせて嫌ですね。いわゆる黒い悪魔です。




「んじゃアベルは……えーと、なんて言うの?」

「私を吸血鬼にしたのはミラーカという大吸血鬼で、ミラーカは始祖パオレの眷属です。ですので私は、ミラーカの系譜、あるいは始祖パオレの系譜の者ですね。ミラーカは始祖パオレの眷属ですが、私は違います」

「えーっと、そうか。やっぱり眷属ってさ、そうじゃないのと比べると強いのかな」

「たぶん。眷属の方は吸血鬼の歴史でも、最初期に生まれた方が多いようですからね。それだけのお歳なので、みんなお強いですよ」


 私はフランチェスカ大公を思い浮かべました。

 彼女の実年齢は推し量るしかありませんが、数千歳どころか数万歳かもしれませんね。桁が二つ三つは違います。

 まあ、始祖なんて数十万歳でしょうし。真祖は言わずもがな。


 ……そこまで生きれば、はっきり言って年齢など、何の基準ともならないでしょう。

 女性に年齢を聞く云々など、かのお方くらいになると意味がないのかもしれませんね。力量を計る目安程度です。

 私がみみっちく、三十路だ十代だ十歳だと、あれこれ悩むのが馬鹿らしいくらいです。


 ……ふと、ミラのことが気になりました。

 彼女は始祖の眷属にしては若く、ローラと同じく千歳ほど。

 私から見れば相当な年月ですが、吸血鬼の歴史においてはあまりにも浅く、若いものです。


 彼女はいつ、どこで、始祖パオレと出会ったのでしょう。




「ふーん。何となくわかった、ありがと!」


 ヒューゴがノートを広げて、にっかりと笑っております。

 微笑ましく思いながら、どう取りまとめたのか気になったので、そちらに回り込んで覗いてみました。


「……ヒューゴ。あなた、この間の試験はどうでしたか」

「ギリ!」


 ものすごく良い笑顔で報告され、私は自分のこめかみを押さえました。

 ……成績の良い人間はノートを見ればわかると聞きましたが、これはちょっとひどいです。


「……ヒューゴ。塾に通うか、専属の教師をつけてみますか?」


 学園の寮住まいとはいえ、塾に通ったり家庭教師をつけてもらうことは、もちろん可能です。

 やる気と時間があるぶんだけ、好きなだけ学ぶことが出来るのが学園ですから。

 ヒューゴの編入試験結果は見せてもらいましたが、そこそこの出来でした。そう頭は悪くありませんし、勉強も出来るはずです。

 ですが最近、ちょっと怠けているようですね。


「あ、もちろん授業料は心配しなくても良いですからね。学生に限らず、どんな人にも資格取得や教養を得るための機会は与えられています。一定の年額までは無料ですから、じゃんじゃん申し込んでください。ひとつと言わず、五つくらい併用しても余りますよ? どうします?」


 私が笑って彼に詰め寄りますと、ヒューゴはあからさまに目を逸らしました。


「え、えーっと……それはちょっと、時間が……あ、そ、そうだ! アベルってさ、ヘレナ姉ちゃんとかルーナ姉ちゃんと、あんまり一緒にいないよな? 同じ血族で同じ系譜で、家族みたいなもんなんだろ? なのに何で?」


 誤魔化し切れておりませんが、まあそれも課題の一部となるでしょう。

 ヒューゴがペンを取り落としそうになりながら、ノートのページをめくるので、まあそれも話しておきましょうか。


「うーん……」


 けれど私は説明に迷います。この感覚は、たぶん人にはわかりにくいものでしょう。

 私も元は人ですが、こういう感覚的、あるいは超常現象と申しますか、魔法的なことは言葉にしにくいのです。


「……人の家族とすこし違うのですよね。私たちは元人間ですが、その時の血の繋がりはありませんし」


 ヘレナとルーナは双子ですから全く同じですが、私はふたりと人種も多少異なります。

 元から白っぽい肌に、薄い色の髪と様々な色の瞳を持つ人種。双子はかつての東欧と呼ばれる地域の生まれで、私はそれよりかなり北方となります。

 まあ今現在では、世界にはあらゆる人種が入り乱れております。人種の混血も多いですし、この辺りの繋がりはあってもなくても同じでしょう。

 人狼や妖精、他にも魔物なんてものがおりまして、人との混血もあり、領民の一部にもいたりします。もはや混沌、あらゆる種族の坩堝ですね。


 とはいえ血族は、そういった種の区別とはまた違うのです。


 双子と私は同じカラスの血族。同じく直系の、ミラーカの系譜の者です。

 元は全く別の人間だったのに、ミラーカと言う接点によって繋がりを持った者たち。この繋がりを“血”と呼びますが、これはまったく同じものとも、まったく違うものとも言えるのです。

 ええと、上手く言えません。もどかしいですね。


 人間で言えば、親子、あるいは兄弟の繋がり。

 時には夫婦、あるいは恋人。

 友人とも思えますし、または全く同一……自分自身とも思えるのです。


 ……わかる人間の方はいらっしゃいますか? いないでしょうね。わかりにくいですし。

 完璧には言い表せませんが、自分と同じでありながら、似た部分と似ていない部分を持ちつつ、まったく赤の他人である。

 そんな感じです。


 その血の繋がりによって、自分が考えていること、相手が考えていること、感じていることを知ることも出来ます。

 自己同一性アイディンティティが確固として存在しつつ、同時に消失しているともいえる。

 そんな感じです。


 ……わからないでしょうね、たぶん。

 これは吸血鬼にならないと、納得できない類のものでしょう。


 とにかく、自分自身であり他人であり、親しい家族であり友人でもある。

 そういった関係ですので、特に一緒にいなくても不安もありませんし、相手が何を考えているか全くわからないなんてこともありません。

 なので、私たちはお互いに、自分のすべきことを理解し、その通りに動いているだけなのです。

 一緒にいようと意識することも少ないのですよね。遠く離れていても近くに感じることが出来ますし。


 これは、同じ系譜の者でも、ごく近い者の間に顕著です。人で言えば近親者でしょうか。

 やはり遠い流れの者になると、そのぶん離れてしまうようですね。

 直系と傍系だとさらに遠く、同じ血族の者ということくらいしかわからなくなります。血族が違えばそれくらいしかわかりません。


「……こう言うと語弊がありますが、人でいうところの血縁より、もうすこし近い場所にいる者たち、と言っておきましょうか。だいたそんな感じです」

「へー」


 ヒューゴはまたも難解な記号をノートに書き綴っています。

 ……書き取りからやり直させたほうが良いのでしょうか。

 初等部だから問題ないと思いましたが、ちゃんとラナ先生かスーの授業を、最後まで受けさせるべきだったでしょうか。

 ……ああ、そういえば。


「ヒューゴはユリウスと会いましたか?」


 私の言葉に、ヒューゴはきょとんと首をかしげて、こちらを見上げてきました。


「えっと、新しく城に来た奴だよな?」

「はい、ついこの間から。人の国からやって来たので、こちらのことにはまだまだ疎くて。フレッドを引きずり回して、あちこち行っているみたいですが……」

「学園には来てないかな。まあ、学生じゃないと入れないけど。……そいつっていくつなんだ?」

「九歳ですね。ヒューゴよりひとつ下です」


 ふんふんとうなずくヒューゴは、ふと目をきらきらと輝かせはじめました。

 フレッドの言葉を鵜呑みにするわけにはいきませんが、やはり同じ年頃の子どもと一緒にいた方が、双方楽しいでしょう。

 どちらも良い子ですし、仲良くやってくれると思うのですが。


「今はたぶん、ユリウスはラナ先生の授業を受けているはずですが。城下に遊びに行く時もありますし、フレッドだけに任せるのも心配で――」

「わかった! おれが友達になってやっから! フレッド兄ちゃんだけじゃあ、じょーそー教育ってのに悪いからな!」

「良くわかっているようで何よりです」


 にこりと微笑みかけますと、ヒューゴも同じく返してくれます。良い子です。

 ヒューゴはノートの最後に何か書きつけると、勢いよくノートを閉じて、私にペンを投げて寄越しました。


「んじゃ、さっそく挨拶しに行ってやるよ! ラナ先生の授業ってやっぱ、図書室かそのへんでやってんの?」

「はい、図書室ですね。あ、エリとイザベラも、スーと一緒に勉強していると思いますので、静かに――」

「わかったわかった! んじゃありがとーな、アベル!」

「足元にお気をつけて」


 そうしてけたたましく足音を立てて、ヒューゴは執務室を飛び出して行きました。

 微笑ましく見送ります。ヒューゴは元気が良くて何よりですね。

 溌剌とした子どもの相手をしていると、こっちまで元気が貰えそうです。


 ……エリのことが気がかりであるままですが、多少は前向きになれそうです。

 気分転換も出来ました。ヒューゴの襲来に感謝です。

 私は茶器を片づけて、自分の仕事に戻りました。



 

 ……フレッドが、ふたりも子守は勘弁してくれと私に泣きついて来たのは、それから二時間ばかり後のことでした。

 やっぱり子どもって強いですね。人狼だってひと捻りです。



おさらいという名の覚書。

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