表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第二章:月夜の宴
82/168

81.子どもは好奇心旺盛ですね。



 私は悩んでおりました。もちろん、エリとのことです。

 既に何人かの方に話を聞いてもらい、相談に乗って貰ったのですが、まだふっ切れないのです。

 イザベラは目つきがぎらぎらしていて怖いですし、ヨハンは目を合わせてくれません。

 ……ヨハンは私が血を貰ったことを、やはり怒っているのでしょうか。どうやら体質が合わないらしく、具合を悪くさせてしまいましたし。

 ちゃんとお詫びをしなければなりませんね。さて、こちらもどうしましょう。


 とはいえ目下一番の気がかりは、やはりエリのことなのです。

 いい加減、思い切って突撃すべきと思ってはいるのですが……。

 けれどどうも、最後の一歩が踏み込めないのです。へたれですね、私は。


 ……こうなったら、この城の真の支配者、裏方を牛耳る女主人に相談するべきでしょうか。

 そう思いながら仕事をしておりますと、唐突な来訪者がありました。




「なー、アベル。アベルってあんまり血族ってのがいないよな」


 ヒューゴが執務室の中に備え付けられたソファに寝転がり、ごろごろしながらノートとにらめっこしています。

 唐突な登場ですが、今日は学園はお休みです。暦に連休が集まっており、学園の寮に入っている子どもたちも、実家や親元へ戻るようですね。

 城で働く者にも、ぽつぽつ長期休暇をとっている者がいます。


 そんな中、珍しくヒューゴがひとりで城に戻ってきました。祖父のヴィクターは当直だそうです。

 何やら自由課題という名の宿題が出されているようですが、吸血鬼について調べようというのでしょうか。

 私は書類の最後にサインをして、ぴっと下線を引きました。……これ、よく失敗してしまうのですよね。


「そうですね。ミラーカの系譜はヘレナとルーナ、そして私だけです」

「……その系譜ってのがよくわかんないんだけど。教えてくれる?」


 ヒューゴががばりと起き上がって、ソファに座り直します。

 メモを取っているようですし、どうやら本格的な調査のようですね。

 私は仕事の手を休めて、羽根ペンをペンスタンドに差し込みました。ちゃんとお相手したほうが良いでしょう。


「学園での課題ですよね? 吸血鬼についてまとめるのですか」

「そんなとこ。でも吸血鬼ってよくわからないんだよな」


 私もです、と言ったら怒られてしまうでしょうか。

 吸血鬼の貴族でしかも領主だというのに何事かと、どこからかお叱りの声が聞こえて来ます。


 ……いやだって、吸血鬼ってややこしいではないですか。

 生き血を啜る化け物とひと言で説明できるにはできますが、他にも血族とか弱点とか掟とか、簡単には説明できないことも、なかなかに多いのです。


 ですがまあ、最低限とプラスアルファくらいのことは知っています。

 ヒューゴもここで暮らす以上、いずれよく知らねばいろいろと危険ですし、大変でしょう。

 学園でも学ぶはずですが、しっかり説明しておいたほうが良いでしょうね。


 私は応接スペースに回り込み、茶器に茶葉と湯を注いで、ヒューゴと私のぶんのお茶を用意しました。

 まだ月夜の早い時間ですし、ヒューゴもいます。ブランデーは垂らさないことにいたしましょう。

 血なんてのはもっての外です。


 ノートを手に、唸りながら難しい顔をしているヒューゴの前にカップを置くと、彼は嬉々としてノートを放り出し、それに飛びつきました。

 角砂糖は三つ置いてやります。

 お茶請けは……人間用のクッキーが残っていました。フレッドに食い尽されていなくて良かったです。


「えっと、吸血鬼の系譜でしたね」


 ばりぼりと景気よく食べ始めるヒューゴの前に座って、私は顎に手を当て、考えます。

 さて、何と話せばわかりやすいでしょうか。

 ヒューゴはクッキーを頬張りながら、勢いよくうなずいています。


「はふはふんほっへほふほはひはんはへほ」

「飲み込んでからしゃべってください。わかりません」


 むぐむぐと口を閉じ、クッキーを咀嚼してからカップのお茶を飲み干して息をついて、やっとヒューゴはまともにしゃべってくれました。


「まずは真祖って奴のことなんだけど。そいつが全部の吸血鬼の親なんだよな?」

「……私の前ではいいですけれど、出来ればご真祖のことをあまり軽々しく口にしないほうが良いですよ。おっかないので」


 新しくお茶を入れてやりながら、私はしかめつらしく唇に指を当てました。

 ほんとうにいろいろとおっかないですしね。その御名さえ軽々しく出してはならないお方です。

 侮辱なんてしたら刑罰もありますし、正直あまり話題には出さないものなのです。人も吸血鬼も。


 ヒューゴはその恐ろしさをまだよくわからないのか、ふーんと軽くうなずいて見せます。


「とにかく、そいつが一番はじめの吸血鬼なんだよな? 真祖ってどこで生まれたの?」

「そうですね。親というより、“はじまりの吸血鬼”というほうがしっくりきます。えっと、まずは吸血鬼の成り立ちから話しましょうか」


 真祖と始祖、ややこしいですけれど、“まこと”の祖のほうが先なのです。

 私は簡単にヒューゴに説明してやりました。

 彼はふんふんと軽くうなずきながら、何やらノートに書き殴っております。




 ……真祖が誕生したのは、今から約数十万年前。

 一説には百万年前とも言われておりますが、さて、それが真実であるかはわかりません。


 ともあれその時代、人は人口爆発によってとんでもなく増え、さまざまな問題を抱えていたと伝えられています。

 食糧難からあらゆる資源の枯渇、エネルギーや権利の問題。

 簡単に言い表せないほどの問題が起こり、かなり暗い時代だったそうです。


 そんな中、真祖は唐突に誕生しました。

 只の人間から、生粋の吸血鬼が生まれたのです。




「人が吸血鬼を産んだってこと?」

「そう伝えられていますね。直接ご真祖からお話を伺ったかどうかはわかりませんが」


 ヒューゴが首をかしげておりますが、さすがにこれほどの大昔のこと、私ももちろん伝聞でしか知りません。




 とにかく、真祖は生まれました。その方は瞬く間に人間を掌握し、一大勢力を築いたとされます。


 とはいえ、そこに始祖やその系譜の者たちのことは出てきません。

 歴史にその名が出てくるのは、真祖誕生より相当後になります。


 それまでにも、吸血鬼は増え続けました。真祖が人を吸血鬼に変えなくても、勝手にどんどん吸血鬼は生まれます。

 それは、すべて人間が吸血鬼の因子を持つようになったため。


 因子を多く持つ者、あるいは環境や状況によってそれが強く出た者。

 そういった者たちが命を落とした時、吸血鬼となって蘇るのです。


 真祖と同じ吸血鬼ながら、それに大きく劣った存在。それを“傍系”の吸血鬼と呼びます。




「傍系の吸血鬼って、真祖と関係ないの?」

「関係なくはないですけれど、ご真祖によって吸血鬼になったわけではありませんし、生まれながらの吸血鬼でもありません。みんな死んで蘇った者、ですね。傍系には吸血鬼を親に持つ、いわゆる純血種も生まれません」


 ヒューゴは首をひねりながら、律儀にノートに書き込みます。


「ふーん? あ、そういえば、傍系の吸血鬼って弱いのか? そんな話を聞いたんだけど」

「そうですね。一概には言えないのですが……理性を持たない者もかなりいると聞きます。“なり損ない”と呼ばれるものですね。それには直系の者でもなり得るのですが……まあ、それは置いておきましょう。力量については、直系も傍系も、齢を重ねるにつれてそれほど差はなくなると聞きますけれど、やはり格差があるようです」




 世に傍系の吸血鬼たちがはびこり、人間はゆっくりと数を減らし、そして衰退してゆきました。

 その時の人間たちは、優れた科学文明を持っていたようですが、それも継ぐ者が減ってゆきます。


 魔法なんてものが出てくるのもその頃ですね。真祖が開発したとされますが、さてどうなのでしょう。

 ともかく、吸血鬼たちは魔法科学や魔法技術を用いて、どんどん繁栄して行きました。人間とは逆ですね。


 けれど、そんな力関係も、やがて大きく変わります。

 詳しくはわからないのですが、どうやらとてつもない規模の戦争が起こったとか。

 一説によれば、星まで行った戦争とも聞き及びますが、それはどうなのでしょう。

 とはいえ、極夜の国の月は真祖が作ったとされますから、そのくらい出来たのかもしれませんね。


 ともあれその戦争によって、人間も吸血鬼も、共に大きな痛手を負いました。

 人間は一気に、さらに退行します。その世界でいう中世以下の文明に落ちついたらしいですが、それがどのような世界なのか、私ははっきりとはわかりません。

 吸血鬼も多くの仲間と技術を失いましたが、人間ほどの痛手ではありませんでした。


 その戦争が人と吸血鬼の間の者とは限りませんが、とにかく損害は人間側のほうが大きいようでした。

 ですが、それを吸血鬼は喜べません。自分たちの糧が減り、あるいは全滅してしまったら、その報いは自らに跳ね返るのですから。


 その危機感からかどうかはわかりませんが、真祖は残された仲間と共に、ひとつの国を作ります。

 それが極夜の国の原型と言われておりますが、その当時、世界はまだごくふつうに、昼と夜、太陽と月が巡っていたそうです。




「……真祖が極夜を作ったの?」

「はい。月という天体の他にもうひとつの月を作り、そちらに夜を張りつかせました。世界の半分が夜に沈み、太陽が出る領域は残りの半分、そしてそのごく一部に、完全なる極夜に対するかのようにして、白夜ができたそうです」




 その際、あり得ないほどの地殻変動も起こさせたそうです。

 大陸の形が変わるような、以前の世界地図とは全く違うものになるほどの。


 大地や海が移動し、新たな形を作りました。世界を支えるとさえ言われた山脈は平野となり、広大な砂漠は消え去りました。

 気候もがらりと変わって、動物たちの分布も大きく変わったと聞きます。

 ここ極夜の国に、季節……四季が薄いのは、その影響でしょうね。獣たちも太陽の領域のものと結構違いますし。


 その大天変地異以前の世界を“旧世界”、以降を“新世界”と呼んだりしますが、後者は特に使いませんね。

 旧世界を知る者も、今はほとんどおりません。




「その旧世界が壊れる直前、新世界が作られる前のこと。極夜の国の基盤が出来た頃に、ご真祖は六血族を生み出したそうですよ。いわゆる“直系”の吸血鬼の誕生です」

「へー」


 ヒューゴが懸命にメモをとっているので、私はいったん話を区切りました。

 こうして語ってみても、お伽噺そのものですよね。世界を動かすって何ですか。

 けれどすくなくとも、吸血鬼は真祖を信じ、その神話を事実と捉えているのです。

 私もまあ何となく、事実なのだと思っておりますが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ