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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第二章:月夜の宴
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78.血生臭いのは勘弁してください。



 ワラキア領にある、その名を冠する闇の城。

 そこが真祖の居城であるとは知られています。ですが、その城の行方を知るものはいません。


 ええ、言い間違いではありません。文字どおり、行方が知れないのです。

 その城はかつてあった場所は闇に呑まれております。そこに城があるのかさえ知れません。

 月の光さえ通さない、一面の闇。

 それが、かつての真祖が住まわれた城の跡にわだかまり、何者の侵入さえ許していないのです。

 その闇が何なのか、その中に城があるのか、誰も知りません。

 入った者が帰ることはなく、中から誰も出て来たこともないのですから。


 だた、闇がわだかまるその地に残る伝説が、そこが真祖の城があった場所だと伝えるのです。


「……それはまた、すごいことを聞いて来たねえ」


 クリスでさえやや呆気にとられたようで、いつもの爽やかな口調にほんのかすかな緊張を含んでおりました。

 私だってふだんならば、決して口に登らせる話題ではありません。

 ですが私はここアマデウス城で、かつてない闇に迷い込みました。そこで真祖と邂逅しました。


 この城はかつて、始祖パオレが居城だった場所。

 代々ここを、カラスの血族の者が継いで来たのは、ああいった不可思議な場所に通ずる門がそこにあるためと思ったのです。

 直系のカラスの血族たる吸血鬼が、こんな辺境にある領地を治める不思議も、そこに原因があるのでしょう。


「……わたくしはワラキアの地に足を踏み入れたことはありませんわ」


 大公閣下までも、僅かに緊張をはらんだ声になりました。

 真祖の降臨をこの上もない幸いと思うのと同時に、畏れ多いと委縮してしまうほど、同じ吸血鬼としても測り知れないお方だと、ふたりは感じ取っているのでしょう。


 私もあの時、真祖と会ったのだと理解した時、何と言えば良いのか……とにかく、とてつもない感覚に襲われたのです。

 正直、お会いして恐ろしかったのか嬉しかったのか、それさえわかりませんでした。ありとあらゆる感情の洪水に襲われたようで、圧倒されてしまったのです。


 それほどの存在である、真祖ドラキュラ縁の地。そこがワラキア領であり、闇の城なのです。


「ワラキア領はご存じのとおり、ごく狭い領地です。旧世界では市国とも呼ばれたとか。そこはご真祖の生まれた地ではないそうですが、何でも、かのお方の転機となる場所だったと聞き及んでいます。以降、世界は塗り変えられ、かつての土地と地名はばらばらに引き裂かれました。新世界となってより、新たに作られ、名付けられた地も多いそうですが……」


 公は一度言葉を切り、すこし憂いを含んだ目で私を見ました。


「真祖は御自らの縁の地を繋ぎ、ひとつとしたそうです。その通路……穴がある場所のひとつが、ここアマデウス城だったはず。始祖パオレはその場に立ち会い、その技を自らのものとしたとか。ですからきっと、この城のどこかから、ワラキアの地へ続く門が開いているはずです」


 ……そんな重大なことを、領主である私が知らないのってどういうことなのでしょうね。

 真血の時もそう思いましたが、いろいろと引き継ぎに問題があり過ぎではないでしょうか。

 ……あ、引き継ぎについては私は何も言えませんね。自他共に認める不良領主でしたから。領主の仕事を嫌がって、逃げ回ってばかりおりましたから、取りこぼしがあるのも当然でしょう。自業自得ですね。


 私は頭を抱え、やはりこの期にパオレの本を読み解き、この城に着いてもきちんと把握しようと心に決めました。

 ……ユリウスにしっかり学べと偉そうに言う前に、私こそきちんと吸血鬼について、知らねばなりませんね。

 ほんとうに、吸血鬼のしかも貴族、辺境伯という爵位持ちのこととは、とうてい思えません。反省です。

 これではいつまで経っても、“いちおう”ですとか“仮にも”といった文言が外れないではありませんか。


 ……どうやらしばらく、エリにかかりきりになることは出来ないようです。もちろん、放っておくことなんてしませんけれど。

 穏やかな月夜の宵がやって来るのは、果たしていつになるのでしょうね。


「ですがアマデウス卿。あまり真祖や始祖殿と関わりになるのは……」


 フランチェスカ大公閣下が、またも私を気遣ってくれます。ほんとうにやさしい老婦人です。

 公の心配はわかります。クリスも以前言っておりましたが、真祖だの始祖だの、神にさえ並び立つお方に関わるのは危険なようですし。

 なので有難く、私は公に向けて頭を下げるばかりです。


「はい、わかっております。ただ少々、城について知っておかねばならなくて……」


 これで公に吸血鬼らしい感覚がなければ、腹を割って相談したくなりそうなほど、親しみやすいのですけれどね。

 まあもっとも噂話を聞く限り、他の血族の大公閣下の中では、群を抜いてお優しい方ですから。文句のつけようもございません。


「仕方ないよ。ミラーカの代からまともに領主業をやってなかったんだからさ。知らないことが多いのも仕方ない。それに、血族以外はふつう城に住まわせたり、多くを立ちいらせたりはしないものだよ? 友人である僕や、血族の大公閣下をあまり心配させないでくれ」


 クリスがしゃあしゃあと言ってのけますが、それには苦笑を返すに留めました。下手に言葉に出して言質を取られてはたまりません。

 ただ、公がやはり心配そうな顔のままです。


「ほんとうにご自愛くださいましね、アマデウス卿。大公という権威からではなく、わたくしの心より案じておりますのよ」

「はい、ご配慮は常々感じております。肝に銘じます」

「ほんとうですか? では、わたくしに血を頂けますでしょうか」


 何故そんな話になるのでしょう。

 私が思わず笑みをひきつらせると、公はやはりおっとりとした笑みを湛えたまま、僅かにうなずきました。


「ええ、血の味を見ればわかりますから。アマデウス卿がちゃんとご自愛くださるか、はっきり知らねばなりませんからね」


 公の目は赤く、それでいて優しげなのですが、それでもそこに拒絶を許さない強い光を見つけて、私はうっと息を詰まらせました。

 ちらりとクリスを見やっても、彼はやはり面白そうなものを見るような、どこか底の読めない笑みを浮かべたままです。


「……公のお望みのままに」


 私は観念して、それと知れないように息をつきました。

 人から吸血する立場の吸血鬼である私が、逆に吸血されるのはどうも気が進みません。


 ミラや双子はまだ良いのです。気の知れた間柄ですし、血縁と申しますか同じ血族であり、そう恥ずかしくありません。

 ローラもまあその延長ですし、中身はともかく外見は子どもで小動物的ですので、懐かれていると思えばさほどでもありません。ずいぶん前から血を求められていましたし。

 クリスは……まあ、いろいろとお世話になっていましたしね。仕方ないと思い、我慢できる程度ですが、出来れば勘弁願いたいです。

 それを今度は、大公閣下。外見も実年齢もはるか上の女性に噛みつかれるのも、気恥かしいを通り越して羞恥の刑罰に匹敵します。


 そこまで考えてはたと思いつきました。そうか、罰みたいなものですよね。

 怒っていないと笑って許していただけたものの、私の不穏な動きに釘を刺したのも事実。

 ならば黙って、受け入れるしかないのでしょう。


 観念した私は立ち上がり、公の座する前にひざまづくと、一度大きく頭を下げる礼を取ってから、彼女を見上げました。

 大公たる大吸血鬼の手が、躊躇いなく私の首筋に伸ばされます。


「っ……」


 見た目は自分の母ほどの女性の方に、抱きすくめられて首筋に牙を立てられるのは、やはりどうあがいても恥ずかしさから逃れられません。

 噛みつこうとする公がいかにも嬉しそうだったのが、やはり彼女も吸血鬼なのだと思い知って、何とも複雑な気持ちになあったのです。

 牙を突き立てられ、まるで全身からその血液を抜かれるような感覚は、何度やっても慣れません。慣れたくもありませんけれど。

 痛みは鈍いですが、それなりに重く、全身にびりりと響くのです。


 幸いにして公は、ローラほどの大食漢ではなかったようで、私は軽く頭がくらりとする程度で解放されました。


「……ふふ、ごちそうさまですわ。どうやらよくよく反省されたようですね。ドラッケンフォール卿の言うとおり、心配なかったようです」

「でしょう? 大公閣下。というかわざわざ真血をいただく必要はなかったのでは? 僕だって欲しいくらいなのに」

「あら、ばれてしまいました?」


 ぺろりと唇についた真っ赤な血を、舌でゆっくりと舐め取る大公は、まるで乙女がするかの如く、悪戯っぽく微笑まれました。

 ……まあ、胸を手で貫かれるよりは、よほど優しい仕置きですからね。私は何も申せません。

 とにかくこれで、いちおうは一見落着となったはずです。

 大公閣下なりの気遣いに、私はごく自然と感謝したのでした。




「……それにしても君、血を吸われてる時に、すごく色っぽい顔をするよね」


 お帰りになる大公閣下を見送るために廊下を歩いていた時、そんなことをぼそりと耳打ちされて、私は全身をぞわりと泡立たせました。

 思わずクリスを睨みつけます。


「やめてください。あんまりそう言うことを言うと、もう血をあげませんからね」

「おや? 言わなきゃくれるんだ? ローラに締められて、もう絶対無理だと思ってたけど、君がいいなら貰おうかな」


 やってしまいました。一度こう口にしてしまった以上、クリスは絶対それを取り下げないでしょう。

 多少貧血気味の頭を抱えて、私は恨めしくクリスを見上げます。


「……すくなくとも、しばらくは絶対あげませんから」

「いいよ、こないだの狩りの時にちょっともらったし。やっぱり真血って力を与えてくれるだけじゃなくて、すごく美味しいんだよね。君は自分の血を舐めたりしないの?」

「そんな特殊な性癖(ヘマトフィリア)はありません!」

「吸血鬼なのに?」


 くすくすと、心底おかしそうにクリスが笑いますが、私にはどうにもついて行けません。

 悪友の悪有たる所以ゆえんですが、クリスと話を続けていると、危うい方向へ方向へと進んでしまうようです。

 それを微笑ましく見守る大公閣下を、泣きたい思いを抱きつつも最上級の礼でお見送りし、そしてついでにクリスを叩き出してやっと、長い夜が終わりました。

 またも疲れました。エリに素直に甘えられないのが苦しいですが、せめてゆっくりと休ませていただきましょう。


 とにかくようよう、私の胸に大きくわだかまっていた心配ごとのふたつは、こうして何とか片付いたのです。

 ……もう、しばらく、大吸血鬼にもハンターには関わらないよう、重々注意して生活しようと思います。


 私は吸血鬼ですが、血生臭いのは苦手です。ほんとうにもう、勘弁してください。



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