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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第二章:月夜の宴
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66.下手を打つのは何度目でしょうか。

※流血表現などの残酷な描写があります。

 苦手な方はご注意ください。

 吸血鬼は、その痩躯からあり得ないほどの怪力を発揮できる、化け物です。

 生き物は本来、自らの持つ力を一○○パーセントは使えないそうです。それはすべての力を出し切ると、自らの体を壊しかねないほどなので、そうならないように脳が無意識にブレーキをかけているらしいです。人然り、獣然り。

 そんな生き物たちをさておいて、吸血鬼はそのブレーキを意図的に外すことが出来ますし、自らの強大な力で壊されない程度の頑健さをも持っているのです。


 ……その割に弱点に弱いという、強いのだかか弱いのだかわからない存在なのですが、まあ、そのアンバランスさこそが吸血鬼らしいのでしょうね。


 とにかく、カラスの血族である私は、吸血鬼の中では力が弱いです。それでも人とは比べ物にならない程度にはあるのですが、たとえばオオカミの血族であるジュリエットは百歳ほどの吸血鬼ですが、三百年ほど生きたカラスの血族である双子に、腕相撲では勝てるでしょうね。


 ……吸血鬼になって十年ほどの、仮にも領主である私が、あの城で一番か弱いだなんて笑えますね。

 しかも周囲は麗しい女吸血鬼ばかりの中の、唯一の男吸血鬼なのに。

 ……まあ、吸血鬼なので、女性でも目玉が飛び出るほどすごい怪力を持っていたりするわけですが、いちおう男女差は人と同じようにあるのです。あにはからんや。


 とにかく、力が弱いということは、そのぶんの頑健さも必要ないわけで、吸血鬼の中ではカラスの者は、特に虚弱であるのです。もちろん、人間とは(以下略)なのですが、どうしても吸血鬼仲間内では、魔法以外は劣ってしまう訳です。

 よって、戦いにおいては頼りになりません。へたれな私は言うに及ばず、カラスの血族自体がそういう感じなのです。


 まあ、私は吸血鬼と争ったことがなく、吸血鬼ハンターからは逃げてばかり。暴力に訴えたのは、せいぜいがエリの元婚約者の時くらいです。

 とはいっても、魔法も使いませんでしたし、こちらから殴りかかることもありませんでした。軽く腕を捻って突き飛ばしただけで、相手を軽くいなすことが出来ました。

 あの時は、人が相手なので思い切り手加減しておりましたが……、今回の“狩り”ではそうならないでしょう。


 吸血鬼ハンターはその名のとおり、吸血鬼を狩ることに特化した者たちです。

 中にはフレッドのような人狼、あるいは半吸血鬼ヴァンピールも多いと聞きますが、絶対数からしてやはりふつうの人間ばかりです。

 なので、その体は吸血鬼や人狼、半吸血鬼と比べものにならないくらい、脆いはずです。


 とはいえ、吸血鬼の弱点を使い、呪具を使い、弱点を的確に攻めて吸血鬼を狩ることに特化した、手練れであることに違いありません。

 そんな闘う種族相手に、私は上手く立ち回れるのでしょうか。以前も容易に、罠に引っ掛かってしまいましたし。


「緊張することはない。ただ、指示に従ってくれればいいから」


 クリスがいつもと全く変わらない調子で声をかけてくれましたが、それが返ってその場にそぐわず、私はぎこちなくうなずくだけに留めました。


 ……クリスらに連れられて来たのは、またも私が足を伸ばしたことのない、人の領域。

 エリのいた町で聞いた、戦火の激しい国の、国境近くでした。




 人間社会というか国同士は、どうも極夜の国ほど静かではいられないようです。

 私が人であった頃もそうですが、私には理解の及ばないところで、よくよく戦火を交えておりました。

 貧民街にも、戦に従軍したのでしょう。体や心に傷を負った者、手足を失うような大怪我を負った者が流れ込む時がありました。争いの勝敗さえ定かではなく、戦傷者ばかりが増えた時期もありました。


 吸血鬼は争いを好み、混沌を求めるなどと言われておりますが、正直に言えば、人のほうがより争い好きであるように思えます。

 吸血鬼による、人を何とも思わない所業はあちこちで行われておりますが、あれほど人を痛めつけ、死に至らしめることは滅多にありません。人の生き血は糧であり、財産ですし。

 ウォステンホルム領の出来ごとも大層なものでしたが、あれくらいの争いは、人の国のほうがしょっちゅう起こっているのです。

 自らの財産を費やす行為ですが……。さて、今回の争いでは、どの国に利があがるのでしょう。




 ですが今はよその争いよりも、自分たちの戦いのことに、注意を向けねばなりません。

 戦いの素人である私は、クリスをリーダーとした吸血鬼集団に紛れます。クリスに頼んで、魔法の得意な知り合いと触れ込んで貰っておりますので、領主云々は言われないでしょう。

 こういう時、あっさりと私の意を汲んでくれるクリスは、確かに気心の知れた友人ですね。たまに疑いたくなりますが。


「ひどいな。あんまりなことを考えてると、前線に放り込むよ」

「冗談です。それに、足手まといを増やしたいならお好きにどうぞ。もっともそうなったら、尻尾を巻いて逃げるだけですが……ところで、目的の場所はあそこですか」


 つと額に汗が流れるのを自覚しながら、私は努めて平生の態度を心がけました。

 視界には、広い森の中の石造りの城が収まっております。ハンターたちの住処は似かようものなのか、やはりどこか、ヘルシングが根城にしていたあの場所と似た造りでした。


 月下に佇む石の城は、重厚で何者もを拒んでいるように見えます。

 まあ、吸血鬼の城も大概なのですが、やたらと洒落ているので慣れれば案外良いなと思うこともありますし、住みやすいのだけは確かです。


「突撃部隊が中に入る。遊撃部隊は陽動。待機の者は獲物が出てきたら適当に叩いて欲しい。以上、何か質問は?」


 作戦ともいえない作戦でしたが、クリスたちにとってはいつものことでしょう。

 ヘビの血族たる武闘派集団は、誰ひとり声を上げることなくうなずいて見せました。

 私には戦いの何たるかもわかりませんから、同じくうなずくばかりです。


 吸血鬼はたとえどんな幼子でもそれなりに強いですし、自分の身くらい守れます。なので詳細な作戦は、最初から必要ないのかもしれません。

 血族には、人間の血統などというものより、より深い繋がりがあります。なので、クリスのような読心術、あるいは念話の魔法が使えなくても、簡単な意思疎通くらいはできるのです。

 それは意識して使うほどのものではなく、私もふと気付くと、双子の居場所がわかったり、欲しがっていることが理解出来ている時があります。きっと双子も同じように感じ取っているのでしょうね。


 そしてその力は、戦いでも十二分に役立つのでしょう。

 クリスが集団に向かってうなずき返すと、彼らは一斉に動き出しました。

 私も合わせて、霧の魔法で辺り一帯を覆います。


「……自然発生したものだと思われるよう、ゆっくりでいい。不審な気配があったら教えてくれ」

「了解しました」


 待機部隊のひとりに言われて、私は余裕なく答えました。

 魔法を使うこと自体は構わないのですが、戦いの場の緊張が、私をすり減らしてゆきます。


 とにかくゆっくり、じっくりと、周囲から城を取り囲むように、私は霧を作り出し続けました。

 何も見ることなく、あっさりと事が終ってくれるように、願いながら。


 ……それにしても、ヘビの者と一緒にいるカラスの者が私一人と言うのも、不安ですね。

 ヘレナとルーナ、あるいはどちらかについて来てもらおうとも思ったのですが、外出の護衛と違って、今回はハンターと当たるのが前提です。後衛とはいえ、衝突は避けられません。

 私の勝手な約束で、姉たちを危険な目に晒すことははばかられたので、今回はひとりでがんばることにしました。


 もっとも、何かあると気づいた双子は、やはり弟分の私を心配してくれたわけですが、思い切って断りました。

 ……最悪、命の危険があるような場合、ひとりきりのほうがまだ逃げられますからね。私の場合。

 弱点が無効化できる真血というのは、ハンター相手ですと相当有利なのです。彼らの戦い方は、いかに弱点で吸血鬼を弱らせるか、に尽きますし。

 なので相手が吸血鬼ですと、真血もあまり意味はないのです。





 人の国の夜も深く、そして人の戦場とは離れた場所にあるこの森は、まるで極夜の国であるかのように、霧の中に沈んでおりました。

 これだけの吸血鬼がひと所にいることもそうですが、極夜の国の外では珍しく、月が青く輝く夜でした。

 ここだけを見れば、まるで自分たちの国にいるようです。


 そう思ってからふと、私は人であった頃に住んでいた場所よりも、アマデウス領のことを、自分の国であると感じていることに気づきました。

 吸血鬼になってから十年。今まで生きて来た三分の一ほどしか、まだ吸血鬼の国で暮らしておりませんが、もうすっかり、吸血鬼であることに慣れてしまったのでしょうか。

 時折、人間気分が抜けきらないと思うこともあるのですが、すこしずつ吸血鬼としての生に染まって来たのでしょう。

 ……そして、そうでなければなりません。


 今こうして、人殺しの手伝いをしているのですから、もう人の側に立つことなど出来ないのです。




 それから何事もなく、私たち待機部隊は、やや離れた場所から石の城を眺めておりました。

 争いの気配などない、静かな霧の夜ですが、あの中では血生臭い戦いが行われているはずです。

 私の霧の魔法には、何も引っ掛かることはありませんでした。城から出て、逃げ出すか闘うかしている者はいないようです。


 それを時折部隊の長に伝えるだけで、何事もなく夜が更けてゆきます。

 何もないのは良いのですが、こうしてじりじりと待っているだけの身の上も、どうにもつらいものです。とにかく早く終わって欲しいと私が祈っていた時、ヘビの者たちに緊張が走りました。

 ただひとり、血族が違う私には理解が及びませんが、仲間たちに何かあったのかもしれません。


「ふたり、続け。あとカラスもついて来い」


 長が言うなり飛び出して行き、側近なのか、ふたりの者が後に続きました。私も夜に体を溶かしてそれを追います。

 気を抜けば置き去りにされ、そして血族の違う私では、仲間の正確な位置がわからなくなる可能性がありますから、とにかくはぐれないようぴたりと張りつきました。


 彼らは一気に砦に到達すると、迷いもなく中に飛び込みます。中のようすを窺うことすらしません。

 近くに人の気配がありますが、それにすら頓着しません。私は気脈から飛び出すと、自らの足で駆けて彼らの背に追いつきました。


 と、その時、物影から飛び出す者がありました。吸血鬼仲間ではありません。ハンターでしょう。


 そして、私が何をする間もなく、ヘビの者がその人間を切り裂いたのです。

 それはまるで紙を破くかのごとく、あまりにあっさりと。


 人の四肢が千切れ飛び、上半身と下半身が別れて飛び散るのを、私は呆然と眺めておりました。

 あまりにも躊躇いがなく、遠慮のない攻撃でした。


 濃厚な血の臭いが迫り、むせ返るほどでしたが……。

 それを美味しそう(・・・・・)なものと感じ取ってしまったことに、私は吐き気を催すほどの自己嫌悪を覚えたのでした。




 気づけば、ヘビの者がふたり、死体に近寄って、何かを踏み壊そうとしているようでした。

 どうやら聖印や他の呪具を持っていたようで、それに当てられているヘビの者がひとりおります。見れば彼らは目を閉じており、聖印の力から逃れようとしていることが窺えました。

 私は慌てて彼らに駆け寄ると、無残な遺骸から聖印を探し出して、それを思い切り握り潰しました。


「助かる。カラスの者はここぞという時に強いな」

「まったくだ。他にも、忌まわしい印があったら全部壊してくれ」

「……了解しました」


 私は口の中が渇くのを覚えながら、それでもせいいっぱい遺骸から目を背けて、自分の仕事に向かいます。

 先行したクリスたちが破壊したのか、めぼしい呪具や聖印などはありませんが、やたらと嫌な気配をするものや、材質のわからない武器などもあります。吸血鬼にとって良くないものだと思いましたので、私は徹底的にそれを壊して回りました。


 ヘビの者たちは、城のあちこちに隠れていた人間を引きずり出しては、止めを刺してゆきました。

 非戦闘員もおりましたが、容赦はありません。わけ隔てなく命を奪って行きます。

 そういった者から、ヘビの者たちは吸血すらしようとしませんでした。必要な情報は、彼らの情報網によって伝えられているのでしょう。

 人を操ってしゃべらせる必要もないようですが、それはハンター側にとっても幸いでしょう。仲間を売らずに済むのですから。


 私が戦うことはありませんでした。襲いかかって来る者、潜んでいる者、戦う力も意欲も失った者を、ヘビの者たちは躊躇なく、倒して行ったのです。

 元から戦力として考えていないというのはほんとうだったのでしょう、私が反応して身構える間に、先に手を出してくれたのですから。

 ……それが、どちらに対してもいたたまれなく、場違いにも申し訳なく思ったのです。




 勢いよく飛び出して来た割には、ヘビの者たちは特に焦っているようすがありませんでした。

 どうやら何か拙いことがあった訳ではなく、戦いの終焉が近いようなので、その最後を見届けに来たということなのでしょう。


 私はもとより、あのクリスが失態を犯すとは到底思えませんでしたから、心配はしておりませんでした。何より、逃げ足にだけは自信がありますから、ハンターに追い詰められることがあっても、最低限クリスを連れて逃げ出すことくらいはできると考えています。


 なので私は極力、先ほど見た光景や、ヘビの者たちが人を殺してゆくのを見ないようにしながら、城の奥へ進んだのです。

 そこで、思わぬ再会をするとは、露ほども思わずに。




 ……そこは、死屍累々といったありさまでした。

 広間のあちこちは破壊され、辺りには濃厚な血臭が漂っております。アマデウス城ほどではないにしろ、豪奢な調度品や照明器具があったようですが、見るも無残な姿となっております。

 ただ、見た目よりも頑丈さに重きを置いた造りなのか、壊滅的にはなっておりません。


 吸血鬼である私は、その場に漂う血臭が何人分のもので、どんな相手のものなのか、ある程度把握することができました。

 ですが、あまりの惨状に、それをしっかりと認識することができません。

 大きく壊された遺骸があちこちに転がり、武器や呪具、あるいは吸血鬼の弱点となるものの残骸が散らばっております。


 クリスたち突撃部隊は、真っ先に自分たちの弊害となるものを壊したのでしょう。かなり大掛かりな破壊痕がそこここにありました。

 ……そして、広間の片隅で、今まさに、ハンターたちを追いつめたクリスが、相手にとどめを放とうとしているところでいた。


 私が見たのは、倒れ伏した者と、膝を突いた者、それを庇うように立つ者。

 それらのすべてが怪我を負い、痛めつけられているようでした。クリスは問題なく獲物を狩り尽くしたのです。

 血の臭いからして、そこにいたのはほとんどの者が人狼のようでした。半吸血鬼ヴァンピールはおりません。

 ただひとり、仲間の人狼を守って立つ人間が、その血濡れた顔でクリスを睨みつけ――。


 ――その瞬間。

 恐るべき勢いで手刀を突き出したクリスと、血濡れの人間との間に、私が割って入ったのは、ほとんど反射のようなものでした。




「――っ!」


 胸に痛みが走りましたが、それに頓着できる余裕はありません。

 体が浮き上がるような衝撃がありましたが、それも足を踏みしめて、何とか堪えます。

 クリスの腕を掴んで止めようとしたのですが、またもドジを踏んでしまったようです。


 ……これは、エリを迎えに行った時、ハンターに撃たれたイザベラを庇ったのと同じような構図ですね。

 あの時と違って、逃げ出すことは出来ませんが。


「……貴様は」


 庇った背後から、吸血鬼ハンターの筆頭、ヘルシング家の遊撃部隊隊長ディートリンデの、険しい驚愕の声が聞こえました。


「……やっぱり君は、そうなんだねえ」


 酷薄な、冷え切った声が聞こえました。

 ドラッケンフォール領の領主、辺境伯爵クリスティアン・ノールド・ドラッケンフォールは、声と裏腹に面白そうなものを見る目で、私を見つめたのでした。

 その口の端に、いつにない歪んだ笑みを乗せながら。


 ……それを見て私は、逃れようもないほどの明確な“死”を、強く意識したのでした。



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