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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第二章:月夜の宴
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64.悪友とは”悪”がつく友なのですよね。



「やあ、久しぶり。元気だったかな?」

「ええ、クリスも健勝そうで何よりです」


 久しぶりに会う悪友は、相変わらずの笑顔を浮かべ、いつもどおりの余裕ある態度のままでした。

 今日は“食事”の女性を伴っていないようですので、私も話しやすいですね。


 クリスティアンが領主として治める、ここドラッケンフォール領の城を訪れたのは、またも彼に知恵を貸して欲しかったからです。生き字引たるローラにもたずねたのですが、話したくないと言われてしまいました。

 よって、吸血鬼の知り合いの少ない私は、またも彼を頼ることにしたのです。


「……えぇっと、以前はその、ご迷惑をおかけしましたね」


 私は言い淀んでしまいます。口に出すのも居心地の悪いものなのですね。

 クリスは軽く小首をかしげて、面白そうに私を見ました。


「ん、何がだい?」

「その、ローラの件です。彼女があなたに襲いかかったでしょう?」

「ああ、あれか」


 以前、私からの質問や頼まれごとの度に、私の血……真血を要求していると知られたクリスが、ローラの理不尽な怒りに晒されたのです。

 まあ、私も自分の血の特殊性をしっかり理解しておらず、ローラからすればほいほい分け与えていたのが気に食わなかったのでしょう。


 真血は真祖に近しい血。真祖の器となる吸血鬼が持って生まれる血なのです。

 吸血鬼として若輩にもほどがある私が、やたらと大吸血鬼の覚えが良いのもそのためです。真血を持つというだけで、他の吸血鬼に敬われるなんて、ずいぶんですよね。

 もっとも、その血を軽々しく他の者に与えるのを、ローラは許さないようでした。

 ローラ本人は良いのかという疑問もありますが、そこは唯我独尊でかつ傲慢な彼女ですから仕方ありません。


 ともあれ、それ以降手紙のやり取りをするだけで、彼に直接会ってはおりませんでした。私にも負い目がありますし、一度ちゃんと謝ろうと思っていたのですが。

 クリスは全く気にしていない体で笑います。


「手紙でも謝罪してくれていたけど、君も律儀だよねえ」

「……まだまだ吸血鬼といいますか、貴族の流儀に慣れないもので」

「そこが面白いからいいんだけどね。で、何を聞きたいんだい?」


 クリスはさらりと水に流して、私を促します。

 この話題を深く突っ込んで欲しくない気配も感じました。まあ、クリスは優雅な外見とは違って実はそうとうな武闘派ですから、ローラに負けた話題は面白くないのかもしれません。

 私もとっとと話を移すことにして、クリスに問いかけました。


「……カラスの血族が始祖たる“パオレ”について。知っていることを話してもらえませんか」

「始祖、か」


 クリスは真面目な顔をして、顎に手をやって何やら考え込んでいます。

 私は、真祖と邂逅した城の禁域について調べておりました。


 ヒューゴたち、学園の初等部の子どもたちが遭難してしまった、あの事件です。

 吸血鬼なら何とか大丈夫でしょうが、人にはひどく危険な場所であり、迷い込んだら自力での脱出はまず不可能です。

 そんな危ない場所が城の中にあるのに、ふつうに封鎖してそのままだったものですから、あの事態になったのです。反省してきちんと把握しようとしたのですが、私には手の余ることでした。

 双子やジュリエットにも頼んで、せめて地図をと思ったのですが、あまりにもややこしく入り組んでいて、結局また封印する他ありませんでした。


 エリも扉のひとつの先が、どことも知れぬ平原に繋がっていたことに仰天しておりましたが、あれくらい軽いです。

 重力が無視されたような室内や、騙し絵のような迷宮に繋がっている場所もあり、扉を覗いただけでめまいがする程でした。ヒューゴたち迷子組にも話を聞いたのですが、わけのわからない場所ばかりだったせいか、要領を得ません。


 あの禁域の、どことも知れぬ闇の空間で、真祖はここはパオレが作った、とおっしゃいました。

 ならば、我らが始祖パオレについて詳しく知れば、何か糸口がつかめるかと思ったのですが。




 ……始祖がどういったお方で今何をされているのか、知る者はまずおりません。

 始祖に関する記述がある書籍もまずありませんし、その方々がどこにいるのかもわからないのです。

 これは、真祖と同じですね。


 唯一、元老院の大公たちはご存じかと思うのですが、軽々しくお会いできる方ではありません。

 ただでさえ私は、今まで不良領主をしており、大公閣下の心配の種であり、不義理をしていたのです。

 どうにもその敷居が高くて、私は二の足を踏んでおりました。


 なので、自分の周囲でわかる範囲を調べるだけです。

 こういう時に一番頼りになるローラですが、始祖のことをたずねると嫌な顔をされてしまいました。


『私とてそう簡単にお会い出来る方ではない。コウモリの始祖たるブラム様とて、滅多に姿をお見せにならん。血族の者に対してさえそれじゃから、他はいかばかりか。カラスの始祖とは……まあ、会ったことはある。じゃが、その程度じゃ」


 彼女の言葉はもっともでした。同じ吸血鬼とはいえ、血族の違いというものがあります。

 コウモリのローラとヘビのクリスの間にも、どうにも仲良く出来ない雰囲気があるようですし、やはり己の血族を大事にするのが吸血鬼ですから、そういうものなのでしょう。

 カラスの私にはいまいちわからないのですが……まあ、他がみんなおっかない吸血鬼であるのは理解しています。


『始祖とは、ご真祖の直系も直系、眷属たるお方じゃ。ご真祖から直接力を賜った方々。尊い方じゃが、あまり深入りするでないぞ』


 呑まれるからな、とローラに念押しされましたが、さて……。

 真血を持つ私は、いずれ始祖どころか真祖に呑まれることが決まっています。それを思えば、あまり恐ろしいことではない気がしました。

 けれど、エリと一緒にいられる時間を好き好んで削りたくはありませんから、首を突っ込むのもほどほどにいたしましょう。




 ですがせめて、自分の城の内部くらい、きちんと把握しておかねばなりません。

 遭難事件の再発防止は怠りませんが、似たような事が起こってからでは事ですから。

 ともあれ、何やら考え込んでいるクリスに、私は重ねて問いました。


「クリスは始祖とお会いしたことがありますか? ヘビの始祖は……アダム様、でしたっけ」

「ああ、そうだよ。まあ、知ってると思うけどおさらいしようか」


 クリスはテーブルの上に、懐から取り出した赤いハンカチーフを乗せました。

 見ると、赤地に金糸で六芒星の刺繍がされたもののようです。吸血鬼の血族に関わる紋様が縫い込まれているようですが、便利なものがありますね。

 その紋章のようなそれを指差しながら、クリスは丁寧に説明してくれました。


「ヘビの血族が始祖、アダム。カラスの血族が始祖、パオレ。不定形の血族が始祖、ヴラド。オオカミの血族が始祖、クドラク。コウモリの血族が始祖、ブラム。トカゲの血族が始祖、ドラクル。世界にたった六柱しかない方々なのに、僕たちはなかなかお会いするどころか、知る機会すらない。不思議だよね」


 六芒星の角には、それぞれの血族を示す紋章がありました。不定形の血族は形を持たないためか円形の意匠ですが、他の血族はそれぞれ名を戴く獣の意匠のようですね。

 アマデウス領はカラスの血族の領地ですから、それと似た意匠の紋章を持っています。私も蝋印や馬車に似た印がありますし、クリスもそうです。

 クリスは双頭の白ヘビで、私は三本脚の黒いカラスなのですが、結構不気味な意匠なので、できれば変えたいのですよね……無理ですが。

 まあ、不気味ながら洒落ておりますし、吸血鬼らしいといえばらしいでしょう。


 ともかく、意匠の発案者かどうかは定かではありませんが、始祖はたしかに、血族の祖であり長であります。かの方々は真祖と同じように、なかなか姿を見ることはできません。

 神の如く吸血鬼から尊崇される真祖は、人の神のように存在が定かではありません。

 吸血鬼が誕生した経緯は知られておりますし、実在することはたしかだということしかわかりませんでしたし、ついこの間遭遇するまでは、私も実はもういらっしゃらない可能性があるとさえ思っておりました。


 真祖について良くわかっていない私が、かの方に近い存在であるというのも、何やら皮肉めいています。

 そのくらい、真祖や始祖とは隔たりがあるのです。大公閣下でさえ、なかなかお会いできませんし。


「……私もこの間、フランチェスカ大公にお会いしましたが、彼女がお会い出来る最高位の方ですね。貴族で爵位があってもこれですから、ふつうの吸血鬼でしたらまずお会いできないのでしょうか」

「そうだね。まあ、そのほうがいいかもしれないよ?」


 もったいぶった言い回しで、クリスはその爽やかな笑顔を向けました。

 何とも嫌な気配がします。


「……と、言うと?」

「君は旧世界を知ってるかな? 極夜の国に夜しかなくなる、その前の世界」


 クリスがずいぶんと大昔の話を口にしました。

 旧世界とは要するに、真祖が生まれる前の世界、天の巡りが狂っていない時代のことですね。

 今のように、永遠の夜しかない領域はなく、吸血鬼も存在しなかった、そんな世界です。


 正直、詳しくは知りません。お伽噺のようですし、実際にあった時代ではあるのですが、もう数十万年は昔のはずです。

 その時代の遺物もあまり残ってはおりませんし、文献にも記述はすくないです。ただ、変なことを知っていたり持っていたりするクリスですから、彼は結構詳しいのでしょう。


「……旧世界のある時代に、レオナルド・ダ・ヴィンチって人間がいたそうなんだけど、知ってる?」

「ええと、すみませんが存じません。ふつうの人間なのですか? その方が何か?」

「いや、特に関係はないかな。ただ、その人間は類稀なる芸術家で、発明家だったそうだよ。たくさんの分野に才能を発揮したんだってさ。で、君の血族の始祖たるパオレは、それに似た方だったらしいよ」


 芸術家で発明家。多くの才能を持った吸血鬼が、我らが血族の始祖ということでしょうか。

 すこしばかり誇らしいような、どこか遠くの話であるような気がしましたが、そういえばローラもかつて、カラスの血族には賢い者が多いのに、と私を嘆いた時がありましたね。そこはかとなく面識があるような物言いですが、さて……。

 ともかく、始祖がその筆頭だったとは驚きでしたが、私自身そう頭が良くありませんし、学もありません。元は貧民で、学校に行ったことすらないのですから。私が人だった頃隣に住んでいたおじさんがいなければ、文字を書くこともできないままだったでしょう。


 クリスによると、カラスが始祖のパオレは、あらゆる魔法を作り出し、それを技術に転化したのだそうです。現在極夜の国にある技術のほとんどは彼の発案で、荒野にある転移装置もそのひとつだそうです。驚きですね。

 また、パオレは生来の変わり者で、生物を生きたまま解剖するのが得意だったようです。後の医学の発展にも貢献したそうですが、正直怖いですね。カラスの血族は穏やかな者が多いとされますが、始祖は例外だったのでしょうか。


「まあ、吸血鬼を解剖していたかはわからないけど。でも、始祖にはそういった変わったお方が多いらしいから。お会いして無事に済むとも限らないから、重々注意した方がいいよ」

「……肝に銘じます」


 ローラにも忠告されていることですし、確かに位の高い吸血鬼たちはみな恐ろしいですしね。

 権力も吸血鬼としての力も、圧倒的に上なのです。人が吸血鬼に対して思う感覚と同じものでしょうか。


 ともかく、パオレはあらゆる生物を解剖し、その図をしるしたついでに、素晴らしい絵画も生み出したのだとか。

 片手間にひょいと描いた絵が評価されるというのも、よほどの才覚があったのか、求める者たちが変わっているのか……はてさて。

 曰く、元老院や公爵の者は、競ってパオレの絵を求めているらしいです。知りませんでした。


「君の城にも残されてるんじゃないかな? もともと始祖パオレの城だったそうだし。その絵を売れば、人間がそこそこの町ごと、丸ごと買えるよ?」


 クリスがすごいことをさらりと言ってのけましたが、私は領の財政は気にしても、城の財産や宝物についてはよく知りません。最近になってやっと、きちんと管理するようになったという体たらくです。

 まあそちらは、ジュリエットが嬉々として頑張ってくれておりますから、任せましょう。人に投げるのは得意です。


「ええと、人口には困っておりませんので。それにクリスも人には困ってはいないでしょう? ドラッケンフォールでも人口が増えて大変だと言っていましたよね」

「ああ、それね。確かに増えて困ってたんだけど、ウォステンホルム領に売ってしまったよ。あそこの公爵夫人のプリムローズ殿だっけ? 綺麗な方だよね。一万人以上移動させたから結構大変だったんだけど、彼女に会えたのは良かったな。眼福だったよ」


 ものすごいことをあっさり口にするクリスに、私は内心震え上がっておりました。

 人の命のやりとりを、こうしてする側の立場で口にすることを、まだ完全には納得できていないのです。


 尊厳など、余裕で捨て去っておりますね……。

 つくづく、説教する立場ではなかったと、ディートリンデの顔を思い出して鬱々となってしまいました。

 私はせいぜい、ヒューゴやヴィクター、フレッドにエリたち、自分の大事な人を守ることだけを考えましょう。

 それ以外はたとえ辺境伯爵位を持つとしても、分を超えます。

 自分があまりに無慈悲な行いをしないとする以外は、これまで通りにするしかありませんし、できません。


 ……それに、ウォステンホルム領は現在は落ち着いているものの、災害とも呼べる吸血鬼の戦いで、荒れ果てております。

 ラナ先生たちが逃げ出すきっかけとなったその事件から数年、まだまだ減った人口は増えていないでしょう。

 人間が少ない領地では、個々の人間の負担が大きくなります。吸血鬼の食糧ですから、仕方ありません。

 ある一定の人口を保つのは、吸血鬼にとっても人に取っても、重要なのです。


 あそこは支配者が、吸血によって人をしに至らしめる不定形の血族ですから、さらに人口を戻すのは大変でしょうね。

 そういう時こそ、領民の移動をするものです。ローラのように好みで漁るのは、本来滅多にはないのです。


「……で、その始祖パオレのことなんだけど」


 ひとりで百面相をしていたであろう私を、クリスは面白そうに見やってから、話を元に戻しました。


「実はね、カラスの始祖由来の品が、僕の城にもあるんだよ」

「……由来の品、というと」

「言った通りだよ。始祖パオレが書き記したとされる本があるんだ。ただ、中身はちょっと読めなくてね」

「……文字が相当汚いのですか?」

「まさか。ものすごく綺麗だよ。でも、ふつうの文字じゃなくてね。僕たちや人間たちが使うものでもないし、どこの国のものでもない。だから、何が記されているのかさっぱりなんだ。ただの日記かもしれないし、実は落書き帳やらメモ帳かもしれない。それか、ご真祖に迫る吸血鬼の重大な秘密が記されているかもしれない」


 にっこりと笑って、クリスはもったいぶったように一拍置きました。


「……気になるよね?」


 ……もちろん、気にならないわけがありません。私の血族の祖のものでもありますし、内容も非常に気になります。

 ただ、ここですごく気になると言ってしまえば、クリスは面白がって勿体ぶるでしょう。どうやら読心術が使える彼に、誤魔化しや隠し事はできないと思いますが、せいぜい抗ってみせましょう。


「……気にはなりますけれど、さすがにそんな貴重な本を譲って欲しいとは言えません。お返しできるものもありませんし。というか、何故カラスの始祖の物が、ヘビの血族であるクリスの城にあるのですか」


 ローラも博識でよく教えを乞いに行くのですが、彼女よりは歳若く、それでいて地位もひとつ下である彼が、やたらといろいろ知っているのは何なのでしょうね。たぶん彼の好奇心や趣味なのだとは思いますが。

 クリスは案の定、面白がっている光を赤い目に灯して、ふわりと笑いました。

 見た目は王子様ですが、そのお腹が黒いのはよく知っております。


「さあ? 始祖パオレ自身は、自分の作り出したものに頓着しなかったようだしね。君みたいに、貴重なものをほいほい他の吸血鬼にやってしまったんじゃないかな? 君も軽々しく、すごく貴重な血を寄越してくれたわけだし」

「……そ、その節はどうにもご迷惑を」

「かけてないから。僕が欲しがっただけだしね。まあ、おっかない虎の尻尾を踏んでしまったようだけど。それで」


 クリスはずいと顔をこちらに近付けました。広いテーブルですし、彼との距離は十分にあるはずなのですが、私はその空気に押されるようにして、思わずのけ反りました。


「何を知ろうとしているのかはわからないけど、始祖について調べているんだろう? 本、欲しくないのかな」

「……欲しいか欲しくないかと言われたら、欲しいですけれど。でも、対価を求めるのでしょう?」

「そりゃあね?」


 にこりと笑うクリスは、実に王子様らしくきらきらしておりました。

 ですが、次にその口から出た言葉は、実に王子様らしくない、血生臭いものでした。


「……“吸血鬼ハンター”狩りをするんだ。君も協力してくれないかな?



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