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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第一章:吸血鬼の夜
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5.食事をしましょう。


 貧血気味でくらくらする頭を抱えながら、私は考えました。

 ひとまず、吸血鬼が苦手とするものを集めるところから始めましょうか。


 ……ですがその前に、私はいったん食事と休憩を挟まねばならないようです。

 ローラが遠慮なく私の血を飲んでくれたので、だいぶグロッキーなのです。


 私はローラの城を辞すると、極夜の国を離れ、そう遠く離れた国ではない、そこそこ大きな街に向かいました。幾度か足を運んだことのある、ある程度知った場所です。

 そこは古き良き古都といった、石造りの建造物が多い街でした。深夜に近い時間帯、石畳をわずかに照らす街灯が、あちこちでちらちらと揺らいで見えます。

 今夜はここで食事を物色するつもりです。夜の街には、たくさんの獲物がうろついているのですから。


 ある程度大きな街、そのさびれた界隈には、陽の届かない場所で働く者たちがひしめいています。

 たとえば、後ろ暗い仕事をする者。明るい場所を悠々と歩けない、逃亡者や犯罪者。何処から来たとも何処へ行くとも知れぬ流浪者たちなどなど。

 一番目につきやすいのは、春をひさぐ者たちでしょうか。

 自らを美しく、婀娜っぽく飾り立てた女性たちが客を求めて、花街付近の暗い夜道に立っています。


 彼女らに声をかけ、人目のつかぬ場所へゆくことは、そう難しいことではありません。

 ふつうであれば、見知らぬ異性に声をかけられても不審者と警戒されてしまうでしょう。けれど、彼女たちはそういう人たちを標的に仕事をするのです。

 吸血鬼にとっても、格好の獲物といえるでしょう。


 というかそもそも、強硬手段に出ないのであれば、そういう女性たちくらいしか狙えないのです。

 夜に、薄暗い界隈でひとりでいる人間。まっとうな人間ではなかなかいないですし。


 ……え、夜の街には男性も多いですが、彼らは狙わないのか、ですか?

 いや、流石に飢え死に寸前でもなければ、同性の首筋や腕に噛みつきたいとは思いません。

 どうやら吸血鬼の男性の食欲と性欲は、比較的似通う嗜好であるようですし、そもそも人に噛みつくという行為がいやらしいですしね。男性の異性愛者であれば、獲物を選ぶ際は、ふつう女性を狙うものなのです。もちろん、のっぴきならない状況でしたら、それに限りませんけれど。

 あ、吸血鬼の女性は同姓の女性もよく狙うようです。こちらは性欲とはあまり関係ないみたいですね。吸血鬼の男性の方が、より難儀なようです。


 か弱い女性を見つけて声をかけ、人目のない場所でさっと暗がりに引きずり込み、首筋に噛み付いて暗示をかける。手早く済まさなければ騒がれてしまう危険性があります。

 たいてい首筋に噛みつきますけれど、腕や内腿にも太い血管があります。まあ、腕はともかく、内腿を狙うのは、流石に女性相手でも上級者向け過ぎますね。それにまず、行きずりの犯行は無理ですし。


 ともあれ、私はその夜もそういった女性に話しかけました。

 気軽に声をかけ、いやらしい目的で迫ってきたと勘違いする女性と、軽く値段の交渉を行います。仕事だとすっぱり思い切っている女性であれば、簡単に話が終わります。

 こういう時、闇夜の暗さや自分の恵まれた体形が役立ちます。女性の美しさは暗がりで際立ちますが、無難な顔を誤魔化すのにも適しているのです。

 まあ、あまりに美形過ぎると、それはそれで吸血鬼と疑われてしまいそうですが。吸血鬼には何故か美形が多いのです。悪目立ちするのは出来るだけ避けたいので、自分はほどほどの顔立ちで良かったと思います。……すこしばかり悲しいですけれど。


 とにかく、私は我ながら馴れ馴れしく女性の体に触れ、夜の道を歩きます。

 そして人気のない路地に近づいたところで、暗がりに引きずり込みました。相手はか弱い女性ですから、声を上げられる前に、拘束してその口を手で塞ぎ、口を塞ぐことも容易なものです。

 そして躊躇わず、一気にその首筋に牙を突き立てました。こうなればもう、こちらのものです。


 ……我ながら外道なことをしていると思います。

 いえ、致し方ないと割り切ってはいるのですが、どうも毎回、酷いことをしているのだと思い知らされます。噛まれた女性が呆気無く抵抗を辞めるのを見ると、我ながら理不尽だと感じてしまいます。

 力でねじ伏せている、この感覚も慣れません。


 とにかく、私は余計な意識を頭の隅に追いやって、血の味に集中することにしました。

 ……かぐわしい血が口腔内に溢れ、その熱い液体が喉を通るこの瞬間に、歓喜を覚えるようになったのはいつからでしょうか。

 思えばすっかり、私も吸血鬼らしくなったものです。はじめの頃は、吸血鬼にあるまじきことに、血の味に嘔吐えずくほどでしたのに。


 きっかり200っcほど血を飲んでから、私は牙を離しました。血を吸われて呆然自失し、視線も定まらない女性の正面に回り込みました。私のことを忘れるように暗示をかけるのです。

 そうしておかねば、後で吸血鬼が出たと騒がれてしまいますからね。

 

 吸血鬼は強い魔力を持ちますし、人に作用する術は特に得意とされます。そんな中で、実は私は暗示が苦手だったりするのですが、まあ、相手が一般的な女性であれば問題ありません。

 その首筋につけられたふたつの牙の痕も、私がそっと撫でると消えてゆきました。治療する魔法はどの吸血鬼も不得意ですが、簡単な外傷くらいでしたら軽く治せます。

 私はじっと女性の瞳を覗き込みました。血を吸われたせいで陶然となっている女性は、ふらふらとした視線を私に向けて、その虜になっているようでした。

 ……何度見ても、気まずいものです。とにかく集中して、私は彼女に暗示をかけます。


「……今夜あったことは、すべて忘れてください。もう疲れたでしょう? 家に帰って休みましょう」


 女性は私の顔を呆然と見つめてから、ぎこちなくうなずきました。そして彼女について歩き、その家まで送ります。

 玄関先で彼女がちゃんと帰宅したのを見届けて、私はほっと息をつきました。

 いちおう金銭も握らせましたが、私にとっては得難い食事、大事な糧をいただいた人です。まあ、同意も何も得ずに勝手にいただいてしまっているので、最低限、こうして送ることくらいはするのです。

 ……送り狼はいたしませんよ? ちゃんと本命がおりますので。


 とにかくやっと人心地つきました。……人ではありませんけれど。




 ……ところで、一説によると、人の血液量は体重のだいたい八%ほどだとか。

 全血液の五分の一を失うと、人は失血性のショックに陥り、三分の一以上を失うと失血死すると言われています。

 たとえば、今の女性……体重がだいたい五○kgくらいの人では、約四○○○ccくらいが全血液量です。彼女から八○○cc以上の血を吸ってしまうと失血性ショックに陥る可能性があり、だいたい一三○○cc以上を吸うと死に至らせてしまいます。

 そして、失われた血液が完全に元通りになるには、おおよそ一か月程度かかるのだとか。


 なので私の食事は念のため、一回に二○○ccほどしか飲めません。コップ一杯程度の血液と決めています。

 正直これだけですと、喉の渇きはそう癒せません。

 ふだんから粗食を心がけていますが、今日は貧血もあってか、まだざらりとした不快な渇きが、喉の奥にわだかまっております。


 もうひとりくらいから血をいただこうかと、暗い夜道を見回した時に、その声は聞こえました。


「見つけたぞ。血の臭いをぷんぷんさせて、貴様、また人を襲ったのか」


 振り向くと、そこにひとりの人影がありました。

 若い男性です。まだ十代後半でしょう。大きな体躯に反して、その顔つきはまだ幼さが残ります。


「……襲ったわけではありません。ただすこし、糧を譲っていただいただけです」


 落ち着ついて、にっこりと笑いながらそう返せば、彼は舌打ちして私を睨みました。

 気に食わないといった態度を隠そうともしませんが、それは当然です。

 彼はこう見えて、人狼――吸血鬼の天敵であり、そして吸血鬼ハンターなのですから。


「挨拶もまだでしたね、こんばんは。今夜は新月ですから調子が出ませんか?」

「勝手にほざけ。いいか、今日こそ俺は貴様を――!」


 ぐう、という何とも情けない音が、暗い夜道に響きました。

 私は何も言いませんでしたし、彼も何も言いません。気まずいですね。

 耳に痛いほどの沈黙を破ったのは、私のほうが先でした。


「……とりあえず、酒場にでも行きましょうか、フレッド。お腹が空いているんでしょう? すこしでしたら奢ってもいいですよ」

「おっ、おまえなんかに毎度毎度施しを受けるつもりはないっ!」


 彼――人狼のフレッドが虚勢を張るのを嘲笑うかのように、そのお腹は大きな音を再度響かせたのでした。




 ……がぶりと豪快に、フレッドは大きな肉塊にかぶりつきました。

 肉汁滴る、とても美味しそうな肉です。彼好みのレアに焼き上がり、もしゃもしゃと頬を膨らませて、フレッドは実に幸せそうな表情を浮かべています。


 私はそれを美味しそうだなあと思いながら、場末の酒場の安いワインを口にしました。

 吸血鬼なので、もうふつうの食事はとれません。液体はぎりぎり大丈夫ですので、酒やジュースは口にできます。ローラのように紅茶に血を垂らしたものを、嗜好品として好む吸血鬼も多いです。

 ですが元人間なので、ごくふつうの食事を美味しそうだと食べたくなる気持ちになることもあるのです。


 ……近くにあったこの酒場は、夜の街に相応しくほどほどに賑わい、騒めいていました。

 私とフレッドが座る壁際の隅の席は、やや奥まった場所にひっそりとあって、人目に付きにくい良い場所でした。ここに座った途端、フレッドは遠慮なく料理を注文してくれたのです。

 施しは受けない云々は記憶の彼方に放り投げてしまったようですね。


 先ほどから一心不乱に食事をとって……いえ、必死に料理を口に詰め込んでいるフレッドは、これほど食べたというのにまだ満腹にはならないようで、次々と追加注文をしています。

 吸血鬼が苦手とする、強い香草やニンニクを効かせた料理が多いのは、私に対する当てこすりか何かでしょうか。まあ、弱点に強いカラスの血族と自負しておりますし、今も特に苦しくはありませんので、構わないのですけれど。


 けれど何となく、フレッドに文句を言いたくなるのです。

 遠慮するような間柄ではありませんが、その欠片もないのは如何なものでしょう。不倶戴天の敵でありながら、酔狂で付き合っているだけなのですけれどね。まあ、本気の文句ではありませんが。


「……あの、すみません。もうすこし私に配慮していただけると……」

「ぐぐっ……、ぷはっ! ……何を言う、たいして気にしていないくせに。とりあえず黙って食わせろ」


 フレッドはグラスに注がれた葡萄のジュースを飲み干すと、再び猛然と、皿の上の料理へ没頭してゆきました。

 私は食べられませんし、手持無沙汰でしたので、彼を観察して時間を潰そうと思います。


 フレッドは人狼です。

 今はごく普通の少年……いえ、若い青年の姿ですが、満月の夜でなくても人狼に変身できるという、生粋の吸血鬼ハンター一族の出身なのです。

 フレッドは漆黒という呼び方が似合う黒い短髪に、琥珀色の瞳をしています。いわゆるオオカミの目とされるものですね。羨ましいことに、なかなかの美形です。ローラあたりが見たら舌なめずりすることでしょう。


 やや背が高い程度の私よりも上背があり、その体は筋肉で引き締まっています。ハンターらしく、見栄えのする立派な体躯です。

 人狼に変身するからでしょうか、比較的ゆったりとした服を着ていますが、その体には鎖帷子や防具などが仕込まれています。きっと、吸血鬼……そして人狼も苦手とする、銀製の武器も忍ばせていることでしょう。恐ろしいことです。


「何じろじろ見てんだ、気持ちわりぃ」


 じろり、とフレッドが私を睨みますが、あまり怖くありません。どちらかというと老け顔の私とは正反対に、彼は童顔で甘い顔立ちだからでしょう。

 ……何だか、すこしばかり腹が立ってきました。まあ、フレッドに苛立ちをぶつけるのも悪いですし、意味がありません。持たざる者のひがみは醜いですから、我慢します。


 ですが、もし私がフレッドのような美青年だったらと思うと、それはそれでぞっといたしません。私はローラとミラーカの顔を思い浮かべて、ぶるりと震えました。

 ローラは今のぱっとしない私でさえ、何だかんだで甘い態度をとって、気に入っているのか何なのか、噛みつかれて血を啜られるのです。彼女たち……いえ、吸血鬼の女性に好まれる美青年は、ただそれだけで危険なのです。

 きっとローラが今ここにいれば、フレッドに遠慮無く襲いかかっていたことでしょう。あ、でも人狼ですから助かるでしょうか。天敵ですから結局殺されてしまいそうですけれど。

 私はそんな恐ろしい考えを振り払い、彼にぎこちなく笑いかけました。


「……それはもちろん、あなたは宿敵ですしね。観察しておいて、いつでも逃げられるようにしておかないと、気弱な私は落ち着かないのですよ」

「よく言う。俺がこうしててめえらの嫌うもので身の回りを固めてるってのに、眉ひとつ動かさねえあんたが気弱な訳がないだろう」


 言いながら次の皿に手を伸ばす彼の胸元には、大きな銀製の聖印がありました。

 確かにそれを目にしても、私はまったくけろりとしております。


 ……基本的に、吸血鬼は無数の弱点を持つ、不便な生き物です。

 不遇ですとか、不憫とも言って良いかもしれません。


 ただその弱点は、年を経るごとに弱点たり得なくなります。

 陽に当たっただけで塵と化す体も、やがて軽い火傷や、熱く感じる程度に落ち着きます。水の中にも平気で入れますし、泳げるようにもなるのだとか。聖水すら、たとえ飲んでも問題なくなります。聖印を目にしても苦しまないし、ハーブやニンニクの臭いも気にならなくなります。

 人に招かれないと家に入れない、鏡に映らない、細かいものを拾わなといけない、などといった、よくわからない特徴もなくなります。私にはその弱点? はないのであまりピンときませんが、とにかく、やがて吸血鬼は何の弱点もない存在になるのです。

 まあ、ほとんど問題なくなるには、ものすごく長生きしないといけませんが。


 弱点がほぼ無効となると、長老や始祖クラスです。大吸血鬼と呼ばれる者でも、鬱陶しいと思う程度になるでしょう。

 私が知るうちでは、ミラーカとローラが大吸血鬼と呼ばれます。ミラーカはもういませんので、ローラが唯一ですね。真祖や血族の始祖、そして私の知らない大吸血鬼は多いですけれど、私はあまり会ったことがありません。


 私は大吸血鬼ではありません。真血を持つとはいえ、たかだか吸血鬼となって十年の若輩者です。

 これくらいの吸血鬼は、ふつうはまだ、昼に起きることもできない年頃です。ですが、私は全くそんなことはありません。夜に好んで出かけますが、それはその方が都合が良いからです。


 私はまだ年若い吸血鬼であるのに、弱点と呼べる弱点を持たない吸血鬼です。それは私が弱体に耐性のあるカラスの血族で、かつ真血持ちの吸血鬼だから、らしいです。

 ……なので、吸血鬼が人になるという話の、弱点に晒される苦行がうまくいくのかどうか、心配なのですよね。

 まあ、せっかくフレッドに会ったのですから、彼にもその話をしてみましょう。


「ところでフレッド、まだ食べ終わりませんか?」

「見りゃわかるだろ。――すんません! 子羊のスパイス煮込みひとつ追加!」


 フレッドは手を上げて、酒場の従業員に声をかけています。まだ食べるのですか、この人。

 ですが、その食べっぷりは小気味良いほどで、見ていて気持ち良いくらいですし、羨ましくもあります。

 私が人であった頃は、貧困で食べるのにも事欠くほどでしたし、吸血鬼となってからも粗食の日々です。今の私は、食事に人を襲う必要があるのですから、そう気軽に喜んで食べる……飲むことはできないのに。


 それは、ほんとうはあまりよろしくないことのようですね。

 吸血鬼はたくさんの人の生き血を飲んだほうが、より丈夫に強力になれるからです。私がへたれた吸血鬼なのは、性格以上に粗食のせいもあるかもしれません。


 若い吸血鬼は、特に血を欲します。それは本能もあるのでしょうが、そもそも理性を失いやすく、比較的凶暴で、血もたくさん必要とする存在だからのようです。

 吸血鬼になったばかりの者が、ハンターたちに執拗に狙われ、滅されるのはこのためです。弱点も多くてそれに特に弱く、仕留めやすいという点もあるでしょう。

 若い吸血鬼を放っておいたら、多くの人の命を奪いながら長年を生き、大きな力を持った吸血鬼となってしまうのですから、ハンターたちも必死です。


 ハンターでかつ人狼であるフレッドが、吸血鬼である私に対してそう敵対的ではないのは、私がそういった若く荒々しい吸血鬼ではないからなのでしょう。

 それはハンターとしてはどうなのかと思いますけれど、こうして知り合って腐れ縁をやっている彼を、私は結構気に入っているのです。何だかんだで不思議とかみ合うようですし、それに人狼は格好良いですしね。人狼の知り合いが私にはいますけれど、そちらも美しい人です。

 獣に構いたくなるこの感情って何なのでしょうね。


 ……それにしても、これほど長い間物思いにふけっておりますのに、フレッドはなおも食べ続け、傍らに皿の山を積み上げております。実に暇です。

 私はグラスを傾けながら、彼と出会った時のことまで、思い出しておりました。




 彼とはじめて出会ったのは、同じ新月の夜のことでした。


 その暗い夜に、私がある廃れた街のその端を歩いていた時、人気のない裏路地の片隅に倒れている者を見つけました。

 その時は喉も渇いておりませんでしたし、行き倒れから血をいただくほど切羽詰まっておりませんでしたので、ごくふつうに人がするように、彼を介抱したのです。

 それが、空腹と深い怪我を負って動けなくなっていたフレッドでした。


 あからさまに訳ありのようすでしたので、正規の医者には見せられないでしょう。私は近くの空家に彼を引きずり込み、魔法で傷を癒してやりました。すると当然、彼はすぐ私に襲いかかろうとしました。

 しかしまた、再び倒れ込んでしまったのです。血を失ったせいもあるでしょうが、あまりの空腹で力が出なかったのでしょう。

 変わっていませんね、彼。


 そして警戒する彼を宥めながら、私は食べ物を買って来てやりました。

 なかなか手をつけませんでしたが、やはり飢えには敵わなかったのでしょう。やがて手を伸ばして口を付けると、あとは堰を切ったように猛烈な勢いで平らげてしまいました。

 ……何だか野良犬に餌付けしているような感覚でしたね、あれは。


 そんなこんなで、彼がいくら威嚇しても私が何もしないからか、次第にフレッドの態度は落ち着いてまいりました。

 私はまあ、平和主義者だと自分で思っておりますし、こちらから喧嘩を吹っ掛けたりはいたしません。この歳若い人狼をいなして一目散に逃げるだけなら、そう難しくはありませんからね。……私もあまり年は食っていないのですけれど。

 天敵である人狼についても興味がありましたので、彼の話を聞きたかったのです。

 胡散臭そうに私を見るフレッドでしたが、やがてぽつりぽつりと呟くように、いきさつを話してくれました。


 私の想像と違わず、彼は吸血鬼ハンターでした。

 その傷跡を見た時から違和感を覚えておりましたが、どうやら彼は仲間に襲われたようです。天敵である吸血鬼に、ではありません。同じ人狼の一族の者に傷つけられていたのです。

 とはいえ、それはそう珍しい話でもありません。


 ハンターは世間一般に認められた職業ではありますが、その実、それを吹聴して回っている者はまずおりません。吸血鬼という恐るべき怪物を滅ぼすことができる彼らもまた、恐れられる存在なのですから。

 さらに、ハンターの中にはフレッドのように、人ではない者……人狼や半吸血鬼ヴァンピールなども多いのです。

 それ故に、彼らは自らの存在を隠して生きています。表向きには別の生業を持っている者が多く、その内側は部外者には窺い知ることはできません。


 フレッドはどうやら、そういった内輪の問題……詳しくはわかりませんが、ハンターの掟に触れてしまい、どうやら放逐されてしまったようなのです。

 人狼で力の強い彼ですが、世渡りはあまり上手ではないようでした。

 私が気にかけてたまに会いに行きますと、彼は歓迎はせずとも、まあ相手をしてくれたのです。


 天敵同士である私たちが、一種奇妙な友人関係を持つようになったのはそれ以来です。

 腐れ縁というやつでしょうか。まだ会ってさほど経っておりませんが、不思議なことに馬が合ったのです。

 一族を放逐されても、吸血鬼を狩るハンターであることは止めていないフレッドですが、私はまあひとまず放っておいてくれています。


「あんたは最後にしてやる」


 とは彼の言でした。

 それでも顔を合わす度に喧嘩を申し込まれてしまいますが、のらりくらりとかわしております。

 気の置ける友人、といった感じでしょうか。


 私にとっては貴重な伝手でもあり、今回のことでは是非協力を仰ぎたい相手です。

 とにかく話を聞いてもらうために、私は辛抱強く、彼が食事を終えるのを待ちました。



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