表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第二章:月夜の宴
54/168

53.謎は女を美しくするらしいです。


「ねえ、スーって何なの?」


 執務室に入って開口一番、エリは困ったように眉を寄せて、私に聞いてきました。

 いちおう、今は仕事中です。勉強しつつ秘書の仕事も引き受けてくれる彼女も、その手に次に片付けるべき書類を重ねておりました。

 それを机の上に置いて、彼女は改めて私に向き直るのです。



「何なの、と言われましても、ちょっと変わった妖精ですとしか言えませんが」

「それはわかってるんだけど……」


 エリはなおも困った顔のままです。これはいけません。

 私が執務机から応接のソファに移り、エリと並んで座ると、やはりというか何というか、いつの間にかテーブルにお茶が出され、そして双子の姿が消えていました。

 気配すら感じられなかったのですが、何でしょう。彼女たちはいかに私に気づかれないか、競い合ってでもいるのでしょうか。


「いえね、休憩時間にラベンダーの相談をしようと、スーのところに行ったんだけど……」


 私が双子の手管に感心している間に、エリも全く動じずカップを手に取っています。

 もはや彼女も慣れてしまったようですね。まあ、吸血鬼が神出鬼没なのは身上ですので、慣れてもらわねば困ります。


 ところで、ラベンダーの相談とは、先日私が回収して来た、あの種のことですね。

 さっそくエリ専用の土を確保するために、植物園の主であるスーに相談したようです。


「ちゃんと貢物のネズミも持って行ったのよ。城の塀の外で罠の籠にかかった奴。獲れたてよ」

「……ふつう若い娘さんって、そういうのを怖がると思うのですが」


 この付近にいる野生のネズミと言えば、野鼠やそと呼ばれる小動物でしょう。魔物の類ではありませんし、そもそも吸血鬼の住む場所に他の魔物は近寄りません。彼らは吸血鬼を恐れますから。

 魔物に属さないふつうの獣でしたら、案外多いです。スーもそんな小動物をごはんとしておりますし。


 けれど、ネズミといっても、野鼠は猫ほどの大きさがあったはずです。それを軽く捕まえて活餌とするエリは、だいぶ逞しいですね。

 乗馬をはじめとるアウトドアスポーツに目覚めたエリは、ふんと鼻で息をつき、慎ましやかな胸を張ります。


「あんなの大したもんじゃないわ。もっと大きい獲物も狙いたいんだけど。いえ、それより」


 エリは自慢げな表情から一転、どこか不安げな顔つきになりました。

 どうやら、貢物を献上すると同時に、ラベンダーを植えたい旨を伝えたようですが、厳かな口調と共に、その問題点を指摘されたようです。

 まあ、私も言っていたように、ラベンダーはハーブであり、薬草の一種です。カラスの血族の者にはあまり効きませんが、それでも吸血鬼の弱点となるものを、おおっぴらに植えることは避けねばなりません。

 人へ対する者もそうですが、極夜の国では吸血鬼の弱点になる物は特に、厳しく制限されているのです。


 なのでスーがそれを指摘するのは正しいのですが、幼女のような外見から厳かなアドバイスを貰ったことに、慣れないエリはすっかり仰天してしまったようなのです。


「スーって妖精だし、ビアンカみたいに喋らないのかと思ってたの。でもなんだかすごく難しい言葉でたくさん話して来たもんだから、驚いちゃって」

「そうですね。私もうっかり忘れそうになりますし」


 的確なアドバイスをくれるスーですが、私も彼女のことは良く知りません。

 ただ、小動物の活餌を好むという特殊な嗜好から、仲間内から嫌悪され、ついに故郷を追い出されてしまったという、その経緯しか知りません。

 そもそも妖精がどういう種族で、どんな考えをし、生きているのかも定かではありません。

 人に害を加えない魔物の一種と、人の国でも捉えられているようですし。


 肉食系アイドルであるスーもまた、妖精らしく植物を育てたりしておりますが、それ以外は園で遊ぶばかり、他の妖精のしない狩猟に夢中になるばかりで、他を知りません。

 そのことを話しますと、エリはなおも困った表情を浮かべております。


「アベルも知らないってこと? ひょっとして、ビアンカや双子のことも?」

「そうですね。双子は血族ですからある程度はわかりますが、彼女たちが人だった頃の詳細は知りませんし、ビアンカもここへやって来た経緯しか知りません」

「そういうものなんだ。家族みたいなのに、案外知らないのね」

「だからこそ、ではないでしょうか」


 私の言葉に、エリはますます不思議そうに首をかしげます。

 ……私たちはある意味、自分たちのいた場所からあぶれてしまった者たちです。吸血鬼だって元は人でありながら、もうおおっぴらに人の前にはいられません。人の国を追い出され、夜の国へ逃げ込んだはぐれ者です。

 そう思うのは私くらいのようですが、とにかく追放者……フレッドたちを含め、居るべき故郷を追われた者という、自分たちしかわからない枠組みの中にいるのだと、強く感じているのです。


 ビアンカやスーばかりでなく、双子もある意味、血族の中にはまり込んで外をあまり見ないという一点を見れば、余所からはぶられていると考えても間違いではないでそう。

 エリに苦笑で返して、私も自らのことを顧みておりました。


「そもそもこの領地は、変わり者が集まりやすいのかもしれませんね。スー然り、ビアンカ然り、私然り」

「……まあ、アベルが変わってるのは事実だと思うけど」


 エリは納得したような、まだ不可思議なものを見ているかのような、すこし複雑な表情のままです。

 まあ、支配者層であるこの城の者がはぐれ者など、いまいちぴんと来ないのでしょう。


 先代領主であったミラーカも、領主でありながら人の国を放浪する変わり者でした。

 私もなかなか人間感覚が抜けきらない吸血鬼ですし、双子たちはそんな私を甘やかす、吸血鬼にしては優し過ぎる心根の持ち主です。


 支配者である吸血鬼たちがそのようなものだから、この地に集まる同族の者たちも、他では類を見ないほど穏やかな者たちです。

 人を人とも思わず、ただの食事として見ている者はおりませんし、中には共同で商会を立ち上げている者や、魔物討伐で意気投合してパーティーを組んだり、なおかつ結婚までする者だっています。

 人に親しく近しい、と言えるのではないでしょうか。例外ももちろんいますけれどね。


 また、穏健派の多いカラスの血族以外の血族も、他と比べると雲泥の差があるほど、大人しくやってくれています。

 ヴァンピールも多いですし、これほど人に甘いと言われる領地は、極夜の国の他にあまりありません。あっても完全に吸血鬼が主導している場所しかありませんから、人がそこそこの地位まで持てるアマデウス領が、いかに変わっているかがわかるでしょう。

 そんな領地に、変わり者の妖精と人狼がひとりずつ。もしかしたら、これからも増えるかもしれませんね。


「ともかく、スーの言葉には含蓄がありますし、良きアドバイザーです。彼女の言うことを聞かない理由はありませんよ」

「ま、まあ、そうなんだけど」


 エリはまだどこか釈然としないようすで、首をひねり、ひねりしています。


「いや、変なことを言われたって訳じゃないんだけどね。言ったことはすごくもっともだったし。でも、あんな小さな子が、すごく大人っぽいことを言うのが不思議というか」

「ここでは、見た目はあまり年齢に関係ないというか、意味がない種族もいますから」

「……それもそうだった」


 エリはやや愕然としたようでしたが、納得したようでもありました。

 ……けれど私も実はすこし、スーがどれくらいの時を生きたのか、知りたいと思っているのです。

 実はミラやローラくらい生きているのかもしれません。

 より興味が湧いて来てしまいました。


「……エリ、すこし私に付き合っていただけませんか?」

「どうしたの、藪から棒に」


 不思議そうなエリに、私はスーのようすを探ってみようと持ちかけました。




 以前にスーについて、当人に聞いたことがあります。

 けれど、彼女は必要な時以外は滅多に口を開きませんし、ふつうに聞いても幼子のような反応を示すばかりで、答えてくれた試しがありません。

 もしかしたら、人に言えないほどのつらい過去を抱えているのかもしれません。


 ですがそもそも、私は今のスーのことについても、さほど詳しくは知らないのです。


「スーがいつもどうしているのか、私もきちんと把握していないのです。たいていは鳥籠で、小動物を追っていたり、植物のお世話をしているのだと思いますが」


 エリとふたり、こっそりと鳥籠を窺いましたが、そこにはスーの姿がしっかりありました。

 彼女の元へ訪れる時は、食事時やおやつ時など、スーの休憩時にかぶることが多かったものですから、ほとんどその姿は鳥籠でしか見ないのです。

 ……エリとの今後について泣きついた時は星夜でしたから、休む時も鳥籠にいるのは確定のようですが、他は何をして過ごしているのでしょうね。


 なのでこうして、こっそりとスーのようすを、エリと共に窺っているのです。


「……スーって生まれつきのハンターなのかしら。狩猟についてアドバイスしてくれるかなあ」


 エリが難しい顔で、視線の先を食い入るように見つめています。

 鳥籠の中、入り込んで来た小鳥を跳躍ひとつで捕まえるようすを見て、狩人の血が騒いだのでしょう。

 いえ、エリはもともと狩人でもその血筋でも何でもありませんが。


「私も差し入れしていますし、双子もヨハンもたまにここで見かけますけど、その時はおやつを持って行くみたいですよ」

「……あれだけ小さいのに、なんでそんなに入るのかしら。お腹の中は異次元なの?」

「さあ。アマデウス城の七不思議ですね」

「……他の六つはあるんでしょうね」


 適当なことを言ったのがわかったのが、エリがいぶかしげな顔をしておりますが、私は黙っておくことにしました。

 七不思議という訳ではありませんが、城にある数々の開かずの間には、私の知らない場所も多いのです。

 先祖代々引き継がれてきた宝物や財宝の中には、怪しげなものも多いですし、不可思議な話を聞いたこともあります。

 ともあれ、今はそれよりスーのことです。私は視線を彼女に戻しました。


「……ひとまず、この時間は鳥籠の中で遊んだり、植物を相手にしているようですね」

「あののほほんと見えて、獲物を一切警戒させない手管は見事だわ……私も見習いたい」


 何故かエリが闘志というか、ライバル的な感情を滾らせているようですが、次に参りましょう。




 スーが鳥籠を出たのは、彼女の家(鳥籠)に入り込んだ小動物たちを一掃した後でした。

 腹ごなしなのか、城の広大な庭園に遊び出て、風に揺れる梢や、魚が波紋を描く水面に遊んで、せわしなく動き回っております。


「うーん、絵になるわね。可憐な妖精のひとり遊び……、あんなに可愛いのに優秀な狩人でもあるだなんて、なんかずるいわ」

「エリもすごく可愛いですよ。それに勇ましく逞しいじゃないですか。私としてはそこまで血生臭くならずとも、って思うのですが」

「血生臭いなんて言わないでよ。ふつうにお肉も食べるんだし、狩りをして自分の食いぶちを捕まえて、それを捌くのだってふつうでしょう?」

「ふつうの若い女性はあまり狩りをしないと思いますけれど……」

「女だからってやっちゃいけない決まりもないわ。銃を持てば、熊なんかの獣でも相手に出来るし。でも、狩りに銃ってあんまり好きになれないのよね。あまりに強過ぎて。そのくせ弓より簡単だから、強者の一方的な狩りになっちゃうし」


 私の言葉をさらりと流して、エリはまたも血の気の多い話題へ行ってしまいました。

 乗馬も上手くなった彼女は、まずは鹿狩りだと息巻いているのですが、今はまだ季節ではありませんし、そもそもここは極夜の国です。

 極夜の国の獣は、馬もそうですが夜目が効きます。人だって乗馬の時は魔法で明るくできますが、狩猟ではそうはいきません。獲物に感づかれてしまいますしね。

 こちらでは昼に当たりますが、人の世界での夜の狩猟はかなり難しいですし、見通しも悪く足元だって見づらいのです。怪我をする可能性もありますし、できればエリには狩猟までは諦めて欲しかったのですが……。


 そんな私の心内など知る由もなく、エリは最近になって猟銃と弓矢の練習をしているのです。

 弓矢といっても原始的なハンティングボウというより、一昔前の、人の戦争で使うようなクロスボウに近い代物です。というかまだまだ、人の国では現役だったはず。

 いったいエリは、どこへ行こうというのでしょうね。

 血生臭いのは食事だけでいいという私とは、すこしばかり距離があるのです。寂しいです。




 エリはスーのようすをじいっと見つめながら、首をかしげました。


「うーん、でもここまでは、いたってふつうの子どもみたいね。アドバイスするのに知識とか人との話し方とか、いろいろ仕入れる必要があると思うんだけど」

「……そうですよね。いつもひとりで狩りをしたり、植物の相手をしたりというだけでは、あの的確な言葉は出てきませんし」


 ……スーはあの時、ご真祖でさえ、望むとおりに吸血鬼を人へ、人を吸血鬼へ変えることは出来ないと、そう言いました。

 あの言い方では、よもやご真祖に直に口利きできるとまでは言いませんが、ごく近しい者から話を聞いたことがあるように思えます。

 彼女の友好関係も、謎に包まれていますね。この城、というか鳥籠という植物園を根城にしているのは確かですが、もしかしたらたまに遠出もしているのかもしれません。


 ひとしきり遊んで気が済んだのか、ふとスーが動きを止め、城のほうへ向かいました。

 こそこそと私とエリが後をつけます。傍から見ると滑稽でしょうね。




「おや、スー。どうしたんだい? お腹が減ったのかな」


 スーが途中で出会ったのはヨハンでした。作業着姿ですし、これから厩の世話に向かうのでしょう。

 アマデウス城の厩には、ごくふつうの馬と、黒い一角獣、そして少数の他の獣たちがおります。すべて騎獣として扱うのですが、人が乗ったり客車を引くには、やはり馬に近い獣が一番ですので、魔物もいるのですがほとんどは馬です。

 なので、ふつうの獣の世話だけとは違い、ちょくちょくようすを見る必要があるので、ヨハンは獣舎に頻繁に顔を出すのです。


「最近またでっかいネズミが出てさ、困ってるんだよ。魔物なんて図体もでかいし力も強いのに、ネズミにすごく驚くし……、捕まえてどんどん食べちゃってよ」


 ヨハンはにこにこ笑いながら、スーの小さな頭を撫でています。

 はじめに顔合わせした時は、飛んでいた蝶々を口で捕まえて呑み込んでいたスーに震えあがっていた彼ですが、今ではすっかり仲良しです。


 物影からこっそり見ているエリと私は、その和やかな雰囲気にほっこりしておりました。

 エリもスーを可愛がりつつ尊敬しているようですので、ヨハンに撫でられて嬉しそうなスーをにやにやしながら見守っています。


「スーはちっちゃくて可愛いから、みんな好意的よね。スーって無口だけどフレンドリーだし。可愛いって正義よね」

「エリも可愛いですしね! まったくもってその通りです!」


 ……悲しいことに、私の当人を前にした惚気は、最近スルーされ気味です。

 はじめはエリも赤くなって恥じらい、そのさまがまた可愛くて身悶えしておりましたが、最近は慣れてしまったのか反応が薄く、さみしい限りです。


「でもここまでは予想の範疇よね。たまに庭でスーを見かけたことはあるし」

「……そうですね。他にスーが行きそうな場所も人も、思いつきませんし」


 私は気を取り直して、スーを窺いました。

 彼女は相変わらず気楽な様子で、どこか楽しげにふよふよと飛んだり、自らの足で跳ねたりしています。

 そしてそのまま、彼女は城の中へ入って行きました。厩は素通りです。


「あれ、どこに行くのかしら」

「さて……お城の中で、スーを見かけたことはなかったのですけれど」


 私とエリは、気持ち足を速めて、スーの後に続いたのでした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ