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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第一章:吸血鬼の夜
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44.楽しんでいるようで何よりです。


「……そう言えば、フレッドの姿も見えませんね。どこに行ったのでしょう」


 悪寒に近いそれをぐっと堪えて、私は辺りを見回しました。

 多くの人が歓談し、和やかな雰囲気が、城の広間に漂っております。


 元ハンターといえど、大公閣下やその血族である者の顔を、彼らが知っているとは思えません。

 しかし、フランチェスカ大公とプリムローズは、いかにも雰囲気が強者のそれですし、辺境伯である私が礼を尽くす相手ですから、かなりの地位を持つ大吸血鬼であることは、フレッドたちにもわかったでしょう。

 見送ったフレッドの顔も心配そうでしたし、こっそりと彼女たちを窺ったりしていないと良いのですが。


 公たちは、元ハンターであるフレッドたちにとくに何の害意もお持ちでないようでしたから、問題ないとは思いますし、フレッドたちもそう考えなしではありませんから、そちらも大丈夫だとは思っています。

 ですが、クリスの時のような事が起こらないとも限りません。吸血鬼は本来、気まぐれであったりもするのです。


「フレッド? ああ、さっきヴィクターさんと話してたのを見たけど、そのあとすぐに何処かに行っちゃったわよ。厨房でお酒でも漁ってるんじゃない?」


 貴賓席を見上げる私に、エリはわずかに首をかしげて答えました。

 彼女の取り皿に、いつの間にかマカロンのようなお菓子が積まれています。色とりどりで可愛らしいですが、エリが今持っている血のように真っ赤なそれは、たぶんバラの花入りのものでしょう。


「マリアたちも後ろに退がっているのでしょうか。顔を見に行きませんか?」


 赤いお菓子を口いっぱいに頬張って、エリが慌ててうなずいております。

 そんなに慌てなくても大丈夫なのですが、慌てる彼女も可愛らしいので指摘はしません。

 ……ええ、どこか不安を抱えていても、彼女を見ていると和んでしまうのです。エリはやはり最強です。


 広間をこっそりと出て、夜会の仕立て役、縁の下の力持ちの彼らがなおも戦っている戦場へ、足を踏み入れます。人間のお客様が多数ですし、吸血鬼も嗜好品である飲み物にはかなり煩いので、今夜の料理人や給仕人たちは大忙しです。

 働く彼らを邪魔するのも悪いですし、軽く労いの声をかけておくに留めます。彼らは忙しいながらも楽しく働いてくれているようでした。もちろん、後で出す報酬や賄いには大盤振る舞いを許しておりますし、それも楽しみなのでしょう。


 そんな彼らの控室に近い部屋に、ヴィクターの姿がありました。

 ソファに座る彼の膝に持たれるようにして、ヒューゴが寝息を立てています。


「あらら、疲れちゃったのね。生意気だけど、こうして見るとヒューゴも可愛いわ」


 エリがヒューゴの寝顔を見て微笑んでいます。

 ヒューゴが本格的に学園に入園する前に、出来るだけ勉強をしようと頑張っているのは知っておりました。エリも競うように、同じように図書室へ詰めているのです。ふたりの向上心には頭が下がりますね。


「ヒューゴはだいぶ騒いでいたようですし、疲れたのでしょう。というか、私もどっと疲れました……あんな大物がいらっしゃるだなんて、聞いていません」

「ふむ、やはり大物か。アベル殿が招待した吸血鬼ではなかったのか?」

「ええと、偉い方に招待状は必ず送るものなのですが、あれほどの地位のある方が、たかが辺境伯の夜会にいらっしゃることは、ほとんどありません。度肝を抜かれましたよ」


 ヴィクターはやはり、公とプリムローズがやんごとなき吸血鬼であることを見抜いていたようです。

 ……同じカラスの血族のフランチェスカ公はともかく、プリムローズは不定形の血族の者、それも直系の大吸血鬼です。長寿者ですし、彼女が奪った人の命はどれほどの数に上るか、想像に難くありません。

 元吸血鬼ハンターとしては、今の彼はどういう思いを抱いているのでしょうか。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、ヴィクターはふと私を見上げて、小さく苦笑して見せました。


「ああ、あんたが心配するようなことはせんよ。わしもだいぶ、ここが吸血鬼の国であることを呑み込めた。まあ、年寄りだからそうあっさりとは納得はできんが……仕方のないことだと思える程度には、受け入れられると思う」


 ヴィクターは愛おしそうに、ヒューゴの癖っ毛を撫でました。


「……この子のために、一度は悪魔……じゃなかった、吸血鬼に魂を売り渡そうとしたわしだ。わしがどんなことを言っても、もはや虚言にしかならん。わしは残りの人生をこの子のためだけに使うとするよ」

「……そのための協力は惜しみませんよ。あと、フレッドが暴走しそうになったら止める助力もいただきたいですが」

「ははは、了解した。時に、領主殿がおいぼれの顔を見る為だけに、いちいち退がって来たとは思えん。何か用があったのではないか?」


 ヴィクターが浮かべた笑みに陰りがないのを見て取って、私はほっとしながら首を振りました。


「いいえ、これが用ですよ。さきほどのあなた方のようすが心配そうだったので、気になりまして。ですが、フレッドの姿が見えませんね」


 休憩室は広いですし、ここもお客様が疲れた時のために開放できるようになっている部屋です。調度品もしっかりしたものですし、近くには侍女たちも常時控えております。

 休むならここだと思ったのですが、フレッドはまだホールのどこかで何かを食べてでもいるのでしょうか。


「あいつのことだから、どうせまたどこかで食べてるわよ。さっき見た限りはまあ、テーブルにかぶりついたりはしてなかったけど。何か危なっかしのよね、フレッドって」


 同じことを思ったようで、エリがおかしそうに笑いました。その姿はありありと想像できます。

 ですが案に反して、ヴィクターは苦笑しつつ首を振りました。


「いいや、もうぞんぶんに食ったからと、退がったようだぞ。たぶん、あの人狼のお嬢ちゃんと一緒にいるんじゃないかな」

「ああ、どっかにしけこんでる訳ね。やるじゃない」


 エリが納得いったというようにうなずいております。

 人狼のお嬢ちゃんとはビアンカのことでしょうけれど、物静かな彼女を“お嬢ちゃん”と称するヴィクターにすこし驚きました。

 いえ、ビアンカが妙齢の女性であることは知っておりますし、実に控えめで静かな彼女です。お嬢様という文字自体に違和感は覚えませんが、ヴィクターの言い回しが何となく、人狼慣れしている者のように感じられたのです。

 とはいえヴィクターは元ハンターですし、人狼の知り合いもフレッドの他に多いのでしょう。狼の顔からその者がどのような雰囲気を持っているのか、感じ取るのに慣れているのかもしれません。


「なかなか身持ちの堅いお嬢ちゃんのようだし、あのフレッドに相手が務まるか、心配なんだがなあ……」

「でもあいつ、結構本気よね。何か女あしらいに慣れてる感じがするのに、そっちから追っかけてるし。傍から見ると微笑ましいというか、おかしいというか……」


 エリとヴィクターがにまにまと笑っています。いつぞやの私ではありませんが、今にも出歯亀に走りそうですね。

 もちろん私も同感なのですが、フレッドの本気ぶりも気がかりな上、ビアンカがどれだけ彼を受け入れているのか、一番心配しております。

 ビアンカが同じ人狼として、フレッドに多少気を許しているのはわかるのですが、それ以上はなかなか進展していないようなのです。

 良くてもぎりぎり友人に届くかどうか……なかなか、フレッドの恋路も難儀なのです。


 ビアンカはこの城に来るまでは、落ち着いて生活することすらできなかったようですし、異性と付き合ったこともないのでしょう。

 フレッドは女性と付き合ったことは多くても、多くが仕事であったり、元から遊びと割り切った関係が多かったはずです。それでもすったもんだがあって、たまに私に愚痴をこぼすほどでしたが、彼は女性をただの遊び相手と蔑んではおりません。

 要は情に熱い男なのです。惚れっぽいとも申しますね。


「フレッドは女性との付き合いには慣れているようですけれど、今度はだいぶ本気のようですしね。いつもと勝手が違って、戸惑っているのでしょう」

「あー、そんな感じよね。だから思わずにやにやしちゃうんだけど。ビアンカも嫌がってないし、上手くいくといいとは思うんだけどね」


 エリが力説する横で、うんうんとヴィクターも同意を示しています。彼も何だかんだで興味津々なのでしょう。

 フレッドはビアンカには本気で好意を寄せているようですし、今のところ実に紳士的な態度を崩しておりません。ビアンカへの贈り物攻勢は、あまり効果は表れなかったようですが、たまに晩酌に付き合うようにはなっているようです。ビアンカはお酒が好きでも、フレッドは付き合う程度にしか飲まなかったはずですが、頑張っているようすを遠目に見たことはあります。


 ふたりの関係はじれったいくらい、ゆっくりと進展しているのでしょう。

 フレッドはともかく、ビアンカにはそうお節介を焼かないほうが良いでしょうね。あんまり強く押し過ぎると、あっさりと身を退いてしまうのが彼女です。


 ともかく、もうすこしフレッドたちを探してみましょうか。

 私たちはヴィクターに別れを告げ、もうすこしこの界隈を歩くことにしました。




 ここアマデウス城は我らが血族の城ながら、ほんとうに広いです。

 ふだんは居住区のほんの一角しか使わないので、知らない城に迷い込んでしまったように思えます。何せ簡易的な休憩スペースだけでも両手に溢れるほど、それに寝室付きや遊戯室まで含めると、総数を数えようとも思えないくらいあるのですから。

 これらをフルに使うとすると、その労力も維持するための人件費も、すごいことになりますよね。血族用の予算が余りまくっていたのもうなずけます。雇用を生み出せというフィリップ長官の言葉も一理あるのですが、貧民感覚からすると、どうしても無駄と思えてしまうのですよね……。


 それに、城の多くの部分は封印されております。ちょっとやっかいな場所がありまして、立ち入り禁止区域となっている区画も多いのです。

 人を多く雇い入れると、そういった危険な場所もあって、いろいろと面倒くさくなってしまうのです。危険手当も必要なくらいですし。

 まあ、そういったところはいずれ、新しく吸血鬼を雇い入れることになるでしょう。


 エリも一緒ですし、フレッドもその禁域には立ち入らないはずです。そちらには足を向けず、ひと通りの部屋をめぐると、マリアたちにも会いました。

 仕事仲間に休憩を勧められたようで、マリアたちは賄いやお菓子をそろえて、目立たないスペースに陣取っております。

 ……マリアの傍らに、何やら存在感を放つワイン瓶が置かれていました。

 銘柄に詳しくない私でもわかる、かなり高級なやつです。


「マリア、それってかなり高いワインですよね?」

「領主がせこくっちゃあいけないよ。それに、あたしたちは表には出てないけど、エリーゼお嬢様の、ひいてはあたしたちの歓迎だからこその、この騒ぎなんだろ? 小さいことは言いっこなしだよ」


 ふざけて言うと、マリアもにやりと笑って悪気なく堂々と応えます。

 この貫録、どうやったら見習えるのでしょうね。

 ヨハンとイザベラもお酒で頬を赤くして、困ったような顔をマリアに向けるだけです。

 すっかりリラックスして、楽しんでくれているなら何よりです。


「見たこともないようなお菓子もあって、すっごく食べたかったの。ふだんのお料理も美味しかったけど、こんなにたくさん並んでるのははじめて見たから、びっくりしちゃった」

「そうだよなあ。これなんか芸術品だよ、芸術品!」


 ふたりはお酒よりも、珍しいお菓子に夢中のようでした。

 確かに料理人たちが腕に縒りを掛けたお菓子類は、テーブルに飾られただけで彫刻のようです。動物たちを象ったキャラメルや飴細工など、見ているだけで飽きません。

 ふつう甘いものは高いのです。冷たいものも多いので冷却技術も必要ですし、人の国では平民はなかなか口にできません。それがここではふつうに振る舞われるので、驚いたのでしょう。

 私もはじめはそうでした。吸血鬼だから食べられないのが悔しくてなりません。


「……私は食べられないのが残念です。せめてみなさんは楽しんでくださいね」

「はい、アベル様。ありがとうございます」


 ぺこりとヨハンとイザベラが頭を下げ、マリアがワイングラスを高々と掲げました。


「ふぇふぇふぇ、任せときな。食い気はフレッドの坊やに負けるけど、酒なら負けないよ。ビアンカの穣ちゃんも負かしてやったくらいさ」


 そのままくいっとひと息に煽ります。ビアンカとふたりで、フレッドを飲み潰しているのでしょう。

 と、そのフレッドとビアンカの姿はここにもありませんでした。マリアたちに聞いても首を横に振るばかりです。


 もしかしたらほんとうにどこかにしけ込んでいるのでしょうか。

 気にはなりましたが、あまりしつこく探すのも下世話でしょうね。

 私は同様に気になっているようすのエリの手を引いて、大広間に戻ることにしました。



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