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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第一章:吸血鬼の夜
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22.説明しないといけません。


 馬車にはアマデウスの紋章もありますし、領主のものだとすぐ知れるでしょう。

 黒い一角獣も珍しく、こちらも上級貴族しか持つことができない獣です。


 問題ないとは思いましたが、極夜の国に入ってからは私が御者を勤めます。不真面目領主でしたので、私の顔を知る者はそういないでしょう。いてもまあ、ちょっと騒がれるくらいですけれど、問題は起きません。

 エリたちも不安でしょうし、私はとにかく余計な寄り道はせず、城下町を通り過ぎました。そのままアマデウス城へ直行します。

 ……お城の外見がすこしばかり禍々しいのは、ちょっと考えておいたほうが良いかもしれません。エリたちがすこし怯えています。私も怖いです。

 傍から見ると結構威圧的ですよね、これ。夜空にコウモリも飛んでおりますし。




「お帰りなさいませ、旦那様」

「エリーゼ様、そしてお客様方、アマデウス城へようこそいらっしゃいました」


 双子がそろって出迎えてくれました。ぴしっとしたスーツ姿で、所作も決まりに決まっています。

 馬車から下りたヨハンがぽうっとなっているのを、誰も咎められないでしょう。エリやイザベラたち女性ですら見惚れておりますし、マリアも感心したようにうなずいています。

 ……何でしょう、マリアからずっと品定めされているような、そんな気配がびしばしいたします。

 まあ、大事な娘であるエリを任せる私という者を測っているのでしょう。


「長旅でお疲れでしょう。お部屋を用意しております」

「ご案内いたします。どうぞこちらへ」


 双子はそつなく、彼らを案内しようとします。戸惑うエリたちを私は促しました。


「いろいろとありましたし、馬車の旅で疲れたでしょうから、まずは休んでください。人を回しますので、不自由があったらその者に申しつけてくださいね」

「え、えっと……」

「まあ、そうおっしゃるなら休ませてもらおうかね。お嬢ちゃんたち、案内しておくれ」


 堂々たる態度でマリアが双子に声をかけ、それに答えて微笑みながら、ヘレナとルーナが先導しはじめました。


「エリ、あなたも。いくら元気になったとはいえ、疲れたでしょう?」

「……アベル、えっと、傷はだいじょうぶなの? それに……」


 エリは戸惑ったようすでしたが、そっと私に手を伸ばして触れました。

 傷はもちろんですが、この五日間、私が血を飲んでいないことを、エリは気にしているようです。

 怪我を負ったうえに、喉の渇き。正直意識が朦朧としつつありますが、それを堪えて、私は彼女に笑いかけます。


「大丈夫ですよ。医師もおりますし、血を分けてくれる人もいます。今は細かいことは気にせず、体を休めてください」

「細かいだなんて……」


 エリはなおも言い募ろうとしましたが、やがて不承不承うなずきました。


「……そうね、私にできることはそうないし。みんなと一緒に休ませてもらうから、アベルも養生しなさいよね」

「ええ、また後で会いましょう」


 こちらを見ていたヨハンたちに合流して、エリたちは双子の先導で城の奥へ進んで行きました。

 私は倒れそうになるのを必死で堪えておりますと、そっと肩を抱く者がいます。ビアンカです。

 エリたちを驚かすと思って、隠れていたのでしょう。あとできちんと紹介しなければなりません。


「……すみません、ビアンカ。気を使っていただいて。さすがにきついので、私室に下がります。医者と血の手配をお願いします」


 狼の顔に気遣わしげな色を浮かべて、ビアンカはこっくりとうなずいたのでした。


 ビアンカに運んでもらうようにして、私は私室に下がりました。

 すでに待機していた医師に傷を見てもらい、治療してもらいます。ここでは医療技術も発達しておりますから、吸血鬼ハンターにつけられた銃創とはいえ、すぐに治すことができるのです。


 私を医師に見せている間に、ビアンカは一度姿を消すと、ふたりの人間を連れて戻ってきました。見たことのある顔です。

 確か、行政官のトーマスとジェシカだったはず。

 城で働く仲間ではありますが、まだ顔見知りといった程度のふたりです。とはいえ、すこしでも知っている者から血をもらうのは気が引けましたが、怪我と五日間の絶食でだいぶきついこともあって、ありがたくふたりから血をいただきました。


「……すみません、ふたりとも。いつも仕事をさぼっている領主ですのに」


 腕に噛みついて血を啜ってから、何とも言えない気まずい気分を味わいつつ、私は礼を申しました。

 トーマスとジェシカは血を提供するのに慣れているのか、吸血鬼に噛まれても案外平然としておりました。ふたりともまくりあげた袖を直しながら、まったく欠片も気にしていないかように、からりと笑います。


「いいえ、閣下。吸血鬼に血を捧ぐのは領民の義務ですからね。閣下のおかげで好き勝手自由にやらせてもらってますし、このくらい軽いですよ」

「そうですね、他の領地を思えば何ともないことです。閣下には是非、未来永劫、このアマデウス領を統治していただきたく」

「ははは……」


 彼らは吸血鬼信奉者という訳ではありませんが、どうも庶民な私の感性からすると、ふたりの私への信頼が重いです。

 たぶん、いい加減な領主のほうが、彼らにとって都合が良いのでしょう。

 永劫はさすがに無理だと思いながらも、私が生きている限りは頑張って領主を努めましょうか。


「とにかく、ご馳走様でした。もしも具合が悪くなった時は傷病休暇としますから、長官に伝えてください。ふたりとも、ありがとうございました」

「はっ」


 もう一度礼を言ってから、しっかりと返礼するふたりを下がらせます。

 ビアンカに連れられたふたりが部屋を出て行くのを見届けて、私はベッドにあおむけに寝転がりました。大仰な天蓋付きのベッドで、紗のカーテンが垂れさがっています。

 肌に柔らかく滑らかな、非常に心地の良い布に包まれていますと、眠くもないのにあっという間に睡魔に襲われてしまいそうです。


 治療も済んで、傷痕ひとつ残らない脇腹を撫でながら、私はほっと息をつきました。

 吸血鬼ハンターに遭遇したことには肝が冷えましたが、何とか無事にここへ帰ることができました。


 ヨハンにイザベラ、マリアという予想外の人員も増えましたが、エリにとっては幸いでしょう。

 見知らぬ土地、しかも吸血鬼の国という不気味な場所に連れて来られたのですから、たったひとりでは不安だったはずです。

 ヨハンたちもしばらくは落ち着かないでしょうが、ちゃんと彼らの意見を聞いて、住み心地良くしなければなりません。


 とはいえ、今回は疲れました。以前の貧血の時もひどかったですけれど、今回はまた別の疲労です。

 すこし休んだらエリの顔を見に行かないと、と思いながら、私は深い眠りに落ちたのでした。




 目覚めた時は丸一日が過ぎていました。寝過ごしました。

 慌てて起き上がって湯を使い、身支度を整えて双子を呼びますと、彼女たちはきっちりと仕事をこなしてくれておりました。

 離れるのは不安だろうと、彼らを隣接した部屋に案内し、食事の時もそちらへ料理を運ぶなどしてくれたようです。おかげで現在はすっかり落ち着いて、くつろいでいるのだとか。

 エリたちの衣食住を任せてはおりましたが、彼女たちは仕事だけでなく、気配りも一等のようです。


「お客様はアマデウス城の内部について興味がおありのようでした。旦那様がよろしければ案内してもよいでしょうか?」

「構いませんよ。立ち入り禁止の場所と、あ、あと、植物園のスーには気を使ってあげてくださいね。後で紹介しませんと」

「かしこまりました」


 ヘレナがぺこりと頭を下げます。隣でルーナが書類を掲げておりますので、エリたちに会うのはそれを捌いた後になるでしょう。

 エリたちはヘレナに任せて、私は大急ぎでルーナと仕事に取り掛かりました。

 幸い、双子たちが代行として大部分を処理してくれていたので、そう量は多くありません。病み上がりの私をいつも以上に気遣ってくれたのでしょう。

 頭が上がらなくて、そのうち地面にめり込んでしまいそうです。


 仕事を終えると、ちょうど黄昏時でした。

 アマデウス領は極夜の国にありますが、黎明時と黄昏時には、地平線をうっすらと光が走ります。その時の空の色の美しさは指折りで、あちこちにある史跡でも人気の観光スポットになるのです。

 それ以外は夜ですから、月夜と星夜のふたつの時間帯に分かれ、時計が回ります。人の国で言えば、今は夕食時でしょう。

 それに合わせて、双子たちが人間の料理人を用意してくれました。エリたちに晩餐を振る舞うので、私も一緒には食べられませんが、私も出席することとしましょう。


 いちおう城の居住区には、不必要なほどの広い食堂があります。立派な厨房もありますので、用意すればちゃんと会食もできます。食堂はもちろん瀟洒なシャンデリアが下がっていて、眩い光を放っています。壁には高名な絵師によって描かれた絵画が飾られ、見事な調度品が揃えられています。重厚なテーブルクロスがかかった、燭台もがずらりと並ぶ無意味なほど長いテーブルもあります。


 吸血鬼もまあ、食堂を使わないこともないでしょうけれど、食べるというか飲むものは、血とせいぜいがお酒くらいなので、こんなスペースは要らないとは思うのですけれど、こうしてお客様がいるときはありがたいですね。備えあれば憂いなしです。

 とはいえ私は領主とはいえ中身は庶民ですし、エリたちもこういった場所に慣れているとは思いません。部屋で食事を取った方が落ち着くのではないかと思ったのですが、そんなことはありませんでした。


「すっげえ! 旦那様の屋敷が豚小屋に見えるな! ……あ、アベル様のことじゃないですよ?」

「……家具とか絵画とか、とんでもなく高そうに見えるんですけど。お部屋もすごかったし、夢みたい……」

「ふぇふぇふぇ、やっぱり男は甲斐性がなくっちゃねえ」


 ……私は未だに慣れないと言うのに、ヨハンたちはすっかりこの城に親しんでいるようです。

 たくましいと申しますか、すこし羨ましいほどです。

 衣服もしっかりとしたスーツとドレスに着替えており、みんな立派な上流階級の紳士淑女に見えます。庶民顔の私より、ずっと似合っていると思います。

 あ、もちろんエリの可愛さは天井破りですが。どんな格好でも可愛いですけれどね!

 深い青のナイトドレスに身を包んだエリが、眉を下げて私に向き直りました。


「アベル、大丈夫だった? えっと、ヘレナさんにアベルの具合をたずねたんだけど、ぐっすり休んでるって言われて会えなかったし、心配で……」

「ありがとうございます。治療もしてもらいましたし、もうすっかり元気ですよ」


 エリが心配そうな顔をしてくれたのが、申し訳なくも嬉しいです。

 彼女がほっと息をついて笑顔を浮かべたのが眩しくて、私も思わず眼を細めました。


 エリたちはヘレナに案内されて城中を練り歩いたらしく、だいぶ興奮しているようでした。

 この適応速度は見習うべきですね、私。十年経っても未だに居心地の悪さを感じているのは私だけのようですし。


 食堂のテーブルの上座と下座に別れて座りますと、会話をするのにも怒鳴り合わなくてはならないので、上座に詰めて席を用意しました。いちおう私が一番偉いので、お誕生日席ともいう上座に座ります。手前にエリとマリア、その隣にヨハンとイザベラという席順です。

 双子の仕事はそつがなく、料理人も給仕も一流のものをそろえてくれたようでした。エリたちのことをおもんぱかって、そう変わったものや食べづらいもの、マナーを気にしなければならないような料理ではなく、慣れ親しんだあの地方の料理……それも食材は最高級のもので、料理人が腕によりをかけて作ってくれたようです。


 私も葡萄酒の入ったグラスを手に、乾杯の音頭を取ります。 


「今宵、共にテーブルを囲む幸運に乾杯を」


 マリアは堂々と、他三人は初々しいしぐさでグラスを掲げました。

 堂に入り過ぎです、マリアお婆さん。


 晩餐が開始されましたが、エリたちは問題なく、料理も会話も楽しんでいるようです。

 特に、この城や領地のことをヨハンたちがたずねてきます。ある程度は双子が説明してくれたようですが、やはり実際に目で見てみたいのでしょう。


「いやあ、吸血鬼の国の吸血鬼の城に、ふつうに人間が働いてるなんて思わなかったので、びっくりしましたよ。聞いたらもう長いこと勤めてるって言ってて、それもそんな人が何十人っているって、訳わかんないです」


 ヨハンが興奮したように、熱心にしゃべりながら首をかしげ、同時にせっせとフォークを動かして料理を口に運んでいます。器用ですね。


「ほんとう。想像してたのと全然違って、吸血鬼像が崩れちゃった。あ、もちろん良い方向にですよ、アベル様。ここだったらあたし、永住したいくらいです。あ、これ美味しい」


 イザベラも顔をほんのりと赤く染めて、にこやかに料理を切り分けています。食べっぷりが小気味よいですね。

 ここに来るまでだいぶ不安そうだったので、馴染めそうで本当に良かったです。


「……こりゃ、シャトー・ボルドーの八八○年物かい? あっちのダメ領主の酒蔵でちょろまかしたことがあったけど、こんなのまでここには揃ってるのかい」


 マリアはグラスを手に、しげしげと葡萄酒を見つめては、それを口に含んで舌に絡めています。ソムリエか何かでしょうか。目つきがものすごく鋭いです。

 お酒なんて美味しければ何でも良い、の給仕人泣かせな私は肩身が狭くなりそうです。


「人の国ともふつうに商取引していますからね。そちら側では裏取引になるのでしょうけど」

「何だってえ!? どんな奴らが吸血鬼と取引なんてするんだい?」


 マリアが驚いて声を上げ、エリやヨハンたちもびっくりしてこちらを見ました。

 まあ、そうでしょうね。私はせいぜい、腹に何かを抱えているように笑ってみせます。


「それはもう、いろいろと。個人間でも取引がありますし、どこぞの貴族が太いパイプを作っているところもありますよ。犯罪組織などもいわずもがなです」

「……たまげたねえ……あたしらの知らないところで、お貴族様もすっかり吸血鬼に毒されちまってるのかい。まったく情けない」


 マリアの憤慨したような言葉に、給仕の方が慌てて私を見ましたけれど、マリアの言葉は全くだと思うので、笑って何も言いません。

 拍子抜けした給仕さんは、ふだんはこの城と関わらない人なのでしょう。

 極夜の国に住んでいても、直接吸血鬼に関わらない人間も多いのです。支配者である吸血鬼は圧倒的少数ですからね。そうでないと立ち行かないのでしょうけれど。

 まあでも、領主が派手に暴れている領地はその限りではないでしょう。アマデウス領はトップがお間抜けなので、実に平和です。


 しみじみとそう思っていると、イザベラが嬉々として身を乗り出し、目をきらきらとさせました。


「じゃ、じゃあ、アベル様。この国にいてもある程度、人の国のこともわかるんですか? 実は自由に行き来できるとか?」

「ああ、そうですね。そのことを説明しませんと」


 私はグラスをテーブルに起き、姿勢を正しました。この国において守らねばならないことをきちんと伝えておかねば、いくら私の保護下にあると言っても、問題が起きてしまうでしょう。

 ですので私はできるだけ丁寧に、細かくエリたちに説明をします。



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