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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第一章:吸血鬼の夜
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1.自己紹介しましょう。



 ……ひとまず、私がその告白に至るまでの顛末をお話ししましょう。




 まずは、私の自己紹介から。

 私の名はアベル。アベル・アーサー・アマデウスと申します。平民出身ですが、今は姓もあります。とある方からいただきました。


 外見は、いちおう二十代には見えますでしょうか。血の気のない白い肌に、元は(・・)黎明の空の色を彷彿とさせる藍の瞳でした。髪はくすんだ銀……銀灰色というやつでしょうか、鈍い色で、うなじで括れる程度の長さがあります。

 顔の造りはそう目立つものはありません。まあまあ整った顔に見える、といった程度です。人目につく美形でもなければ、思わず目を逸らされるほどの醜男でもありません。

 やや老け顔と言われますけれど、これと言って特徴がないと言えましょう。


 そんな何とも言えない外見の中で、唯一自慢できるのは体形でしょうか。長身痩躯、小顔の八頭身で、手足はすらりと長くしなやかです。肩幅も体の厚みも、あり過ぎず薄過ぎず、丁度良い塩梅です。紳士服でしょうが作業服でしょうが、何でも見栄えよく着こなせます。遠目には、結構良い男に見えることでしょう。

 ……それで近づくと、思ったほどの美男ではないのにがっかりされてしまうのですが。

 まあ、それはさておき。


 こう見えて実は爵位持ちで、領地もあったりするのです。

 とはいえ、領地に関しましては人任せで、私は責任を放り出して、こうして放浪していることが多いのですけれど。元々が庶民の、しかも貧民出身ですので、偉い人たちの生活にはどうにも慣れないのです。性に合わない、ということでしょう。


 そして、前述しましたとおりに、私は吸血鬼。

 その中でも”カラス”と呼ばれる血族出身であり、また、どうやら珍しい”真血しんけつ”とやらを持つそうです。

 ……ええ、吸血鬼。人の生き血を啜るアレです。


 カラスというのは、六つある吸血鬼の血族のひとつ。その文字のとおり、カラスに化けることができる一族です。カラスの血族の特徴としましては、比較的吸血鬼の弱点に強いとされています。そのぶん、吸血鬼としてはあまり力が強くありません。魔法はまあ、得意なほうですけれど。

 真血しんけつというのは、私もよくわかっておりませんが、これもまた吸血鬼の弱点に強いとされる、特殊な血を持つ吸血鬼らしいです。

 おかげで私は今までに、特に吸血鬼の弱点に困ったことはありません。




 吸血鬼の者の中では、私はまだまだ若造と言えるでしょう。

 私が吸血鬼となって十年ほど。吸血鬼たちの住む土地、極夜の国と呼ばれるその地に住処を据えてはおりますが、そこにはあまり戻っていません。極夜の国の外側、人の国に潜み、夜の闇に隠れて生きてきました。

 ……いえ、まあ……格好つけても意味はないのですけれどね、ええ。


 そして何故、そのようにこそこそと隠れて生きてきたのかと言えば、それはもちろん、敵の目を逃れるためです。

 この世の中、吸血鬼の敵が多いのなんの。

 人に溶けこむようにしてその中に紛れたり潜んだり、吸血鬼ハンターたちの目から逃れるために、こそこそとこの十年を生きてきました。




 ああ、私が吸血鬼となって、と先ほど言いましたよね?

 ……ええ、私は元人間の吸血鬼です。


 私は十年前、ある吸血鬼に血を吸われ、一度命を落としてから蘇ったのです。

 吸血鬼には、こういう経緯を経た者がほとんどです。純血の吸血鬼が生まれることは、滅多にないのですから。




 これは、そう。私が人だった頃、その晩年の話です。

 その時の私はすこしばかり、自暴自棄になっておりました。


 まあ、よくある話です。

 十五の時に家族全員と死に別れ、ひとり生き残ってしまった私は、その後の五年間を必死に働いて生きてきました。

 もともと財産も何もない、日々を食べていくことでせいいっぱいの、貧しい一家でした。それでも貧しいなりに細々と、静かで幸福な時を過ごしておりました。

 ……それを一度に失い、絶望したのは確かです。


 ひどく落ち込み、悲しみました。いっそ家族の後を追って、命を絶とうと思ったこともあります。それでも運良く……あるいは運悪く、かろうじて拾った命なのですから、必死で生きようと頑張ってきました。

 それでもとうとう、駄目になってしまったのです。

 生まれつき体が弱かったこともありますが、二十歳を目前に、私は働けなくなるほど体が弱ってしまいました。そして、わずかばかりの蓄えも瞬く間に底を尽いたのです。


 医者にかかるお金もなくなり、文字どおりに血を吐いて、もはや自力で手当てすることもできないほどでした。

 ……まあ、これだけ頑張ったのですから、もう良いでしょう?

 そう思った私は、自らの命が尽きるその時を、粗末なおんぼろ小屋の一室に、かろうじて据えられたベッドの上で待っておりました。


 その夜は、月が妖しく輝いていたことをばかり覚えています。

 朦朧とする意識の中、まるで鼓膜に突き刺すように、その冷たい声が聞こえたのです。


「おまえ、死にたいか?」


 ……その夜のように、美しい声でした。

 私は目を瞠りました。一体いつからそこにいたでしょう。目の前に忽然と、その女性が現れたのです。

 ひと目見て、わかりました。……わかってしまいました。


 闇に沈むような、長い長い艶やかな黒髪。血色の瞳はなお赤く、夜に爛々と輝いておりました。

 その白いおもては血の気がなく、どこまでも冷たく美しいものでした。柳眉はやわらかく額を飾り、黒く濃い睫毛で縁取られた大きな瞳が怪しく光ります。流れるようにすっきりとした鼻の下に、血塗れた赤の艷やかな唇。

 冷酷でありながらどこか可憐で、残酷さと慈愛を合わせ持った顔でした。

 そして、その妖艶な唇から覗く、鋭い牙。


 ……吸血鬼です。


 息を呑むほど美しい吸血鬼が、私の前に現れたのです。




 ……その時、私が何と答えたかは、ご想像にお任せしましょう。

 それを聞いて、彼女はどう返答したのかも。


 やがて、彼女がその美しいおもてを私の顔に寄せ、赤い唇と鋭い牙が、眼前に迫りました。

 首筋に吹きかけられた、冷たい吐息。皮膚を突き破る鋭い牙の、ほんのわずかな痛みを感じたところまでは、覚えています。


 ……そして気づいた時には、私の瞳も彼女と同じく、血の色に変わっていたのです。





 彼女に生き血を啜られ、命を落とした私は、死から蘇って吸血鬼となりました。

 吸血鬼になった私は、彼女と共に過ごすことになりました。


 彼女は私の仇であると同時にあるじでもあり、友であり恋人でありました。

 時にはまるで私の姉妹ねいまいのようでもあり、母娘おやこのようでもありました。

 ……いつしか私は、家族に向けるような親愛の情を覚えていたのです。




 吸血鬼として生きるために、私は彼女から様々なことを学びました。

 吸血鬼の体について。血族の掟や弱点について。魔法を使い、姿を変えることや血の瞳で人を操ること。

 ……そして、人の生き血を啜り、生き延びる術。


 元は人であった私は、生き血を啜ることに抵抗がありました。

 血を飲むこと自体の他にも、人を襲い、意のままに操り、記憶すら操作してしまう。それは嫌悪を催す行為でした。

 ……とはいえ、他に命を繋ぐ術はありません。

 いつしかそれにもすっかり慣れ、吸血鬼なりに……まあまあ平穏に生きていたのです。




 そんな日々は、ある日またも呆気なく崩れ去りました。

 人の国をうろついていた私たちは、恐るべき者たちと遭遇してしまったのです。

 それは、吸血鬼ハンターと呼ばれる、吸血鬼を狩り、滅ぼすことを使命とした者たちでした。

 吸血鬼となって数年の私では、手も足も出ません。ただ、私を吸血鬼とした彼女は、永い時を生きた吸血鬼です。そうやすやすと狩られてしまうはずがない……私はそう思っていたのです。


 ……その夜、彼女は呆気なく、吸血鬼ハンターによって殺されました。

 あまりにも突然に、彼女は私の前からいなくなってしまったのです。


 吸血鬼ハンターは、人の生き血を啜って生きる、邪悪な吸血鬼を滅ぼす者。

 いかなる呪術を用いてか、大吸血鬼であった彼女を斃したのです。私たち吸血鬼が、いくら息を潜めて生きていても、どんな闇の中に潜んでいても、まるで猟犬のように臭いを嗅ぎつけて迫る脅威。それが吸血鬼ハンターなのです。


 彼女を失った時の私の感情は、この上もなく複雑でした。

 悲喜こもごも……いえ、吸血鬼の血を受け入れた以上、悲しみのほうがずっと深いものであったのは事実でしたが、仄暗い喜びがわずかばかりあったことは否めません。

 それでも、私がその感情に浸っている時間は、そう与えられませんでした。


 彼女を殺したハンターは、彼女によって命を落としました。ですが、彼らはたくさんいるのです。吸血鬼を殲滅せんと牙を砥ぐ、恐ろしい者たちは。

 私もまた命を狙われ、命からがら彼らの手を逃れたのです。




 ……まあ、そんなこんなで。

 私は吸血鬼によって家族を失い、吸血鬼によって新たな生を得ました。

 そして吸血鬼ハンターによって再びともがらを失い、吸血鬼ハンターによって命を狙われているのです。


 ……ええ、それに関しては仕方のないことと、受け入れています。どうしようもなく、然るべき運命の巡り合わせだったのでしょう。

 ですが、私は吸血鬼ではありるものの、平和主義者であるつもりです。そんな命のやり取りをするような殺伐とした日々は、まっぴらごめんです。

 私はただ、静かに生きていきたいだけなのです。


 ……吸血鬼ですから、まあ、そう上手くはいかないのですけどね。



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