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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第一章:吸血鬼の夜
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14.逃げていいでしょうか。



「……ドラッケンフォールの領民をひとり、連れて行きたい?」

「うむ、そうじゃ」


 ローラはルーナが用意した、赤い飴玉を口に放り込んでご機嫌です。

 血を固めた甘くない飴ですが、吸血鬼的な嗜好には合うものです。見た目は赤い宝石みたいできれいですし。


「……それでしたら、クリスに頼めば、ひとりくらい何とかなるのでは」


 私は一カ月近く前に訪ねた、クリスのことを思い浮かべて言いました。

 彼はそう話のわからない男ではありません。領民はすべての吸血鬼の糧ですけれど、ひとりくらいでしたら問題ないでしょう。

 ああ、ドラッケンフォールというのは、クリスが治める領地の名前です。


 クリスは姓名を、クリスティアン・ノールド・ドラッケンフォールといいます。

 領地持ちの吸血鬼の貴族は、姓に領地の名前がつくのです。ドラッケンフォール領が彼の領地ですから、領主はその姓を名乗るのが伝統です。ミドルネームのノールドは、吸血鬼としてのクリスの名前。ミドルネームがある吸血鬼は、すべて元人間の吸血鬼です。


 ですので、純血の吸血鬼たるローラにはミドルネームがありません。

 ちなみに彼女の姓名は、ローレリア・ペンドラゴン。彼女が収める領地はペンドラゴン領となります。

 私はアマデウスですから、ここはアマデウス領。アベルが人の頃の名、アーサーが吸血鬼として付けられた名です。ミラが付けました。ちなみにミラの姓名は、ミラーカ・リリア・アマデウスです。


 そして、ヘレナとルーナの双子には姓がありません。彼女たちのほうが年長で、強力な吸血鬼ではありますが、爵位を下賜され、領地持ちの吸血鬼でないと姓がつかないのです。吸血鬼としての名前もありますけれど、それも名乗れません。

 元人間の吸血鬼は、人だった頃の名を名乗るのが普通です。姓がついてはじめて、吸血鬼としての名がミドルネームとして名乗れるのです。


 話が逸れましたが、ドラッケンフォール領はクリスの領地。

 ローラの領地であるペンドラゴン領とは離れてはいますが、別に吸血鬼は自領の領民だけを対象に食事する訳ではありません。まあ、あまり余所の領地ばかりにお邪魔していると、そちらの領民から苦情が上がってしまいますとか、向こうから対価を請求されてしまいますけれど。

 ですので基本は、吸血鬼は自分の住む領地内で食事を済ませます。領主であるのに、わざわざ極夜の国の外にまで出かけて物色するような物好きは、私の他はいないようです。


 とはいえ、吸血鬼はこの極夜の国の支配者です。領民は領地内から外へ出られず、血の奉仕を強要されます。

 人にそれを拒否できる権限はありません。あるのはその地の吸血鬼だけです。

 なので、ドラッケンフォール領の領主たるクリスに頼めば、何百人も何千人も寄越せというような無茶なお願いでない限り、多少は融通してくれるはずなのです。ひとりくらいでしたら何でもないことでしょう。

 だというのに、ローラはにっこりと笑って言うのです。


「あやつは好かぬ」


 きっぱりと言い切りました。良い笑顔です。

 よくは知りませんが、どうやらローラとクリスは犬猿の仲のようです。コウモリとヘビの血族の間に、何かわだかまりでもあるのでしょうか。


「……でしたら、ふつうに諦めますとか……」

「貴様、私に獲物を諦めろと抜かすか」


 ローラがその可愛らしい唇から、小さくとも鋭い牙を覗かせました。

 どうやら彼女はずいぶんと、連れて行きたいその人にこだわりがあるようです。


「あなたがそんなにご執心だなんて、一体どんな人なのですか」

「ふふ、ついこの間、暇つぶしに極夜の国を巡っておったのじゃが、偶然にも見つけたのじゃ。私好みの麗しいおのこでな。それがたまたまドラッケンフォール領だっただけじゃ。忌々しい」


 彼女はその想い人? を思い出して、端整な顔をうっとりとさせたかと思うと、クリスの領民であることを思い出して憤るというような、器用な表情の変遷を見せました。


「ここ、アマデウス領の者であれば、勝手に連れて行けたんじゃがの。アレにすこしでも隙を見せたら、果たしてどんな嫌味を言われるかわかったものではない。胸糞悪いことじゃ」

「あの、さらっととんでもないことを言わないでくださいませんか。ここの領民を連れて行かないでくださいお願いします」


 私は必死に頼み込みました。元人間として、領主として、領民である人たちには、せめてそのくらいの義理は果たさねばならないという思いがあります。

 いくら相手がローラであっても、ここでは踏ん張りますよ、私。


「えー」


 ローラがむうとむくれて、いかにも子供らしく首をかしげました。

 そのようすはとてつもない美しさと相まって、そこらの人であれば思わず何でも言うことを聞いてしまいたくなりそうなくらいですね。


「えー、じゃありません。その、本人が他領へ行っても良いと言うのであれば、構いませんけれど。あ、吸血して暗示をかけたり、催眠術や洗脳で言うことを聞かせるのはもちろん無しで」

「……難儀な奴じゃな。元人間とはいえ、こう面倒臭いのはぬしだけじゃぞ」


 ローラはうんざりとした表情で私を見ながら、次々に血の飴を口に放り込んでいます。

 確かにそうかもしれませんが、私にも譲れないものはあるのです。


 極夜の国では、人はどこに住んでいても、吸血鬼の牙からは逃れられません。吸血鬼の法によって決まっておりますからね。

 そのぶんこの国……アマデウスの人間たちは、吸血鬼たちの高い技術力や魔法技術や財産で、人の国よりはだいぶ豊かで平穏な暮らしを送っています。


 困窮している貧民はまずおりませんし、病弱であったり体が弱くても、手厚く保護されています。どんな人間でも吸血鬼にとっては糧となるのですから、最低以上の暮らしを送ることができるのです。

 極夜の国に無いのは昼くらいでしょうか。資源も豊かですし、技術と魔法でたいていのことは乗り越えられます。人の間での争いなどは、そもそも起こりようもありません。魔物の害も吸血鬼によって防がれるので、ほとんど起こっておりません。


 極夜の国は、吸血鬼の国として怖れられていますけれど、人の中には好んで移住する物好きな人間もいると耳にしたことがあります。

 もっとも、元いた国からは裏切り者扱いを受けてしまうようですが。

 まあ、どの領地に振り分けられるか、その地の吸血鬼がどのように振る舞うかが、その後の人の運命に大きく影響します。

 領主が暴君であった場合は、目も当てられません。


 もちろんアマデウス領では、そんなことはありません。

 人もだいぶ好き勝手にやっていますし、吸血鬼自体もそう多くありませんからね。ほとんどが大人しいカラスの者です。人にとってだいぶ暮らしやすいと思いますよ、ええ。


 ローラも、まあ、すこしばかり我儘ではありますが、人に対してはそう圧政を強いたりはしていません。好みの人間を片っ端から召し上げてしまいますけれど、領民たちの生活水準は人の国よりはるかに上です。

 血の飴を噛み砕きながら、ローラはぶつぶつと不満そうに呟きました。


「気に入った人間を連れて行って、何が悪い。今回は欠片も譲歩したくないあやつの領の人間じゃから、手が出損ねているだけじゃ。人の言葉で、ほれ……酒池肉林と言うのじゃったか? 吸血鬼としては血の池が良いが、まあそういうことじゃ。好きな人間を好きなだけ侍らせて、好きなだけ飲むのが本懐じゃろうて」


 純血の吸血鬼というのは、こうもがつがつしているものなのでしょうか。

 ……いや、元人間の吸血鬼であるミラもクリスも、十二分にがつがつしていましたね、ええ。

 ヘレナとルーナ、大人しい双子たちでさえこだわりがあるようですし、粗食というか、粗飲で済まそうと頑張っている私のほうが、例外なのでしょう。


 ともあれ、ローラが決めたのであれば、私はどうすることもできません。彼女の我儘でひとりの人間の人生が狂ってしまう訳ですけれど、弱肉強食と言うことで諦めてもらいましょう。

 ローラはコウモリの血族ですから、吸血された者が必ず死んでしまいますとか、死んだとしても吸血鬼になって蘇るとは限りません。

 恐ろしい支配者気質ではあるものの、お気に入りの人間を簡単に殺すような、残虐な吸血鬼ではありませんからね、彼女は。

 とにかく、ローラはだいぶ獲物にご執心のようですから、私も腹をくくりました。


「……わかりました。私がクリスに掛け合えば良いのでしょう? いつもお世話になっておりますし、今回は頼まれますよ。ですが、今後はあまり無茶な真似はお控えくださいね」

「わかっておるわ。餓鬼に心配されるほど落ちぶれておらぬ」


 果たして彼女が、無茶の種類をどのように捉えたかは定かではありません。

 とにかく、今回はローラに血を吸われずに済みそうです。案外気の短い彼女ですから、私はさっそく、クリスの城へ向かうべく露台に出て、カラスに変身したのでした。




 私の髪が銀灰色であるせいか、化けたカラスも銀灰色の珍しい羽根の色になっています。

 いちおう頑張れば色も変えられますし、上手くはありませんが他の姿にも変化できます。この姿が一番楽なので、このままなのですけれど。


 極夜の国には夜しかありませんので、魔物のほか、人以外の鳥獣たちは夜目が効きます。

 遥か昔は鳥目と言って、夜闇を見通せない鳥もいたようですけれど、今はそんなことはありません。カラスもいますけれど、夜でも平気で空を飛んでいます。

 そんな中、銀灰色のカラスは結構目立ちます。目も真っ赤ですし、この国の人間であれば吸血鬼と気づくでしょう。

 そして、吸血鬼同士であれば、魔力の強い者であればある程、吸血鬼の気配に聡いのです。


「やあ、また会ったね。こんなに僕を訪ねてくれるなんて、友達冥利に尽きるよ」

「……度々、申し訳ありません。何だかすっかり、前触れもせずにお訪ねするようになってしまいましたね」


 私が近づいているのに気づいていたようで、城へ入るとすぐにクリスが出迎えてくれました。

 相変わらずの美麗な顔で、にっこりと笑っています。その腕には、以前とは別の娘さんが絡みついておりました。深くは考えません。


 ローラが怖かったのですぐに出てきてしまいましたが、またもクリスに知らせを飛ばすのを忘れてしまいました。

 吸血鬼の、そして貴族たち上流階級のマナーというか、ルールというものを、いちおう心得えてはいるのですが、なかなか徹底できていないのです。反省しなければ。

 最低限、吸血鬼の掟を守っていれば良いのではないか、とつい思ってしまうのです。


 まあそれも、相手が話のわかるクリスやローラであるからこそでしょう。他の吸血鬼など、どなたも恐ろしく見えますし、とても突然お邪魔できそうに思えません。結局のところ、私は彼らに甘えてしまっているようです。

 そしてふたりとも何だかんだで、私に対して甘いようです。


「気にすることは無いさ。夜は長いし、暇な僕の相手をしてくれるだけでも嬉しいしね」


 辺境伯という地位にある彼が、そう暇をしているとは思えませんが……あ、そうですね。ヘビである彼がその牙で脅せば、誰もがよく働いてくれることでしょう。領民の為に心底心を砕いている吸血鬼はほぼいません。大多数が健康に生きていれば、それで十分なのですから。

 ……真面目に仕事しようと思った私ですけれど、知り合いの領主たちは結構不真面目ぞろいだったのでした。

 もちろん私は反省いたしましたので、真面目に取り組んでおりますよ、はい。


「それで、今度は一体どんなご用件かな? また楽しい話題でも拾って来たのかい?」


 別の娘さんの腰を抱いて、クリスはゆったりと微笑みました。

 娘さんはどこか、以前の女性と同じような眼差しを彼に向けています。何となく、クリスは私の目の前で女性といちゃつくことで、私の反応を楽しんでいる節があるようです。

 私が意味深な微笑みを返しますと、クリスはどこか悪戯っぽく口元を歪ませました。


「そう不貞腐れるなよ。若い奴をからかいたくなるのは、年長者の定めなのさ」

「いえ、まあ、良いのですけれどね……」


 弄られるのはそう面白くはありませんが、まあまあ親しい間柄ではこのくらいふつうでしょう。私が人間的に過ぎ、庶民的に過ぎるせいです。

 私は努めて、軽くクリスに領民をひとり寄越してもらえないか、話をしました。

 ややこしくなりそうですので、ローラの名は出しません。もっとも、彼はそんなことはお見通しでしょう。


「ふーん。まあ別に、僕は構わないよ。ここのところ、出生率がうなぎ昇りでね、人が増え過ぎても困るんだ」


 そしてあまりに呆気なく、クリスは了承してくれました。

 吸血鬼の国たる極夜の国ですが、どうやら危機的状況にある領地ほど、人の出生率は高いようです。

 ドラッケンフォール領は辺境にこそありますが、魔物の数もそれほどは多くなく、気候もまあ穏やかな方です。さほど過酷な環境ではありませんが、支配者たる吸血鬼の血族がヘビですから、どうやらその例に洩れないようです。


 クリスはその血族の特性から、吸血鬼ひとりにつき、一年で最低でも十二名ほどの人の命を消費してしまいます。この領地はヘビの血族が多いですから、全部でどれくらいの人命が消費されてしまうか、あまり考えたくありません。そして吸血鬼が好むのは、子どもを産むことができる若い女性が主ですから、ふつう人口はがくんと減ってしまうでしょう。


 ですが幸い、ヘビの者はそういう性質であるせいか、それ以外の殺生はあまり好みません。人が減り過ぎても困るのはクリスたちのほうなのですから、人が大人しく従ってさえいれば、そう圧政を敷いていないようです。不運にもクリスたちの目に留まらなければ、人は無事に生涯をまっとうできるのです。

 ですが、命の危機がすぐそこにあるという危機感は、子孫を残そうとする人の本能を刺激するようです。

 ゆえに、圧政や恐怖で支配する領地ほど、人の出生率が高まります。吸血鬼以外の脅威はなく、生活は豊かで恵まれておりますしね。


 ちなみに我がアマデウス領では、出生率はこのところ横ばいです。

 支配者層が私のようなカラスの者が多いですから、まあそんなものでしょう。子どもを持ちたくても持てないほどの貧困はあり得ませんので、ふつう人は結婚して子どもを産み育て、天寿を全うします。

 結果的に、年間の死亡者より出生者のほうがやや多いか、くらいで落ち着いています。


 そして、各領地というか、極夜の国の領土は広大です。世界の半分もありますからね。むろん手つかずの荒野も多いのですが、たとえ人口爆発が起こっても、新たに開拓をすれば問題ないでしょう。吸血鬼の力と技術があれば、いとも簡単、容易に片付く話です。

 とはいえ、食糧に困っていない吸血鬼の、人……領民への態度は、案外そっけないことがあるようです。これも支配者である吸血鬼によってだいぶ変わりますね。

 クリスはまあ、好みの血を持つ美女に困らなければ、他はどうでも良いかという考えのようです。大雑把ですね。これも吸血鬼らしい、と言えるのでしょう。


「……でも、君からそんなお願いが出るなんて珍しいね? ずいぶん人間に甘いようだけど」


 クリスは私がローラに頼まれたことに気付いているでしょうに、それに気づかないふりをしているようです。ならば私もそ知らぬふりをしておきましょう。

 彼は悪戯っぽい光を目に湛えたまま、女性の腰を抱いてお腹を撫でまわしています。思わず視線を向けてしまいそうになるので、ほんとうに止めていただきたいものです。


「……どうにもなかなか、庶民の頃の癖が抜けないもので。マナーもなかなか身につかないと言うか、実践できないのですよね」

「そうかな? 君はだいぶ丁寧に過ぎると思うけど」

「慇懃無礼ではありませんか?」


 私は元は平民の貧民ですし、礼儀やマナーも最低限のものすら知りません。

 できるだけ相手に丁寧に話し、接しようと心がけてはおりますが、それが人の目に敵っているのかどうか、わからないのです。吸血鬼というだけで横暴が許されてしまいますし、私の周囲に入る吸血鬼は、私に甘い者ばかりですから。

 人と話す時だって、ちゃんと礼儀正しくできているか心配です。ですがクリスは私の心配を見抜いたように、おかしそうに笑うのでした。


「いやいや、そんなことはないさ。君は十分過ぎるほどに腰が低いよ。他の吸血鬼のことを思い出してごらん?」


 そう言われましても、私に吸血鬼の知り合いはさほど多くありません。

 まあでも、ずっと前に参加した夜会などで見た吸血鬼たちは、一般の人が想像する吸血鬼像と大差ないような者たちばかりでした。それと比べれば、私でも丁寧に見えることでしょう。

 クリスは大きくうなずいて、足を汲んで腕をつき、女性から離れて手を組みました。娘さんがやや悲しそうに、それを食い入るように見つめています。


「いくら掟があるって言っても、対象が人であれば、そうとやかく言わないものだよ。そりゃあ、特に僕のお気に入りの人間をぜんぶ寄越せとか、何十万ほども数を融通しろとか言われたらちょっと困るけどさ」

「ははは……」


 私は渇いた声を洩らさずにはいられませんでした。想像していたより桁がひとつふたつ違いますし、好みの人間とそれを比較することに何の疑問を呈さないその姿勢は、人の感性からかけ離れ過ぎています。

 人の話を絡めると、とたんに吸血鬼の話は物騒になるようです。


 何となく逃げ出したくなってしまいましたので、私はとにかくさっさと用事を済ませることにいたしました。

 クリスは構わないと言っているので、ふつうに領民を移動させる手続きで良いでしょう。

 もちろん、対価は支払わねばなりませんが。払わないなら払わないで、後でどんなことになるか恐ろしいですしね。


「……ええと、それでは対価は……」

「もちろん、わかっているよね?」


 クリスは文句のつけようがない笑みを浮かべています。娘さんはその視線をいっさい動かせず、釘付けとなってしまいました。罪な男です。

 血で支払うのは避けたかったのですが、金品では認めていただけないようですし、人で払う訳にも参りません。

 私は観念して、がっくりとうなだれました。


「……弱点がなかったり、血が薬になったりで、真血はすごく役立つのはわかりますけれど、こう欲しがられるのは困りものですね。ローラもですけど、ミラもそうでしたし、双子にもたまにせがまれますし……」

「ふふ、真血をそんなふうに捉えているのは君だけじゃないかな。でも、噛まれるのってそんなに嫌なことかなあ? 僕だってたまに血族の女性と遊んで噛み合ったりするけど、気持ちいいだけじゃない?」


 噛み合うって何ですか。同衾したという話ですか。

 ついでに吸血鬼同士で噛んで、気持ち良いってどういうことでしょう。私には理解不能です。


 ……双子に血をせがまれることはあっても、彼女たちは噛むことを楽しんだりはしません。たぶん。

 とにかく、吸血鬼に噛まれるのであれば、双子とローラがぎりぎりです。クリスというか、立派な吸血鬼の男性にはご遠慮願いましょう。

 私は重々しくため息をつきながら、片手で頭を抱えました。


「前にクリスに噛まれた時は、なかなか痛みが治まらなくて困ったのですけれど」

「……ふうん? それは聞き捨てならないなあ」


 珍しく、いつも微笑みを絶やさないクリスの瞳に、険呑な光が宿りました。

 それを見て平然としていられるのは、彼の虜になった者だけでしょう。私は無論、びくりと体を震わせました。怖いです。


「な、何がでしょう?」

「そりゃあ痛い、ってところがさ。それって要するに、下手くそって言っているんだろう? それって男の沽券にかかわるじゃないか」

「別の意味に聞こえますのでやめてください。そういう意味ではありません」

「いや、駄目だね。絶対気持ちいいって言わせるから、こっちにおいで」

「本気で勘弁してください!」


 とうとう私は悲鳴をあげました。やはりクリスにお願いするとこうなってしまうようです。

 とにかくその夜、私はほうほうの体で、ドラッケンフォール城を後にしたのでした。


 ……噛みつかれ、気持ち良くされたか否かは黙秘いたします、ええ。

 庶民な私ですが、ちっぽけなプライドくらいはあるのです……。



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