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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第一章:吸血鬼の夜
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13.頼まれました。


 フレッドについて暗い夜道を進むと、街の郊外にある公園で、その人と顔を合わせることになりました。

 生き字引のお爺さんは、その皺だらけの顔に、更に深い皺を刻んでおります。


 老年にさしかかったばかり、といったところでしょうか。髪はすっかり白髪となっておりますが、ふさふさとしています。皺の多い肌ですが、弱々しくはなく、その腕にも脚にも立派な筋肉がしっかりとついているようです。

 内から力がみなぎっているような、矍鑠かくしゃくとしたご老人に見えました。

 ですがその表情は今は暗く、これから、本来であれば不本意である領域に足を踏み入れようとしているのだと、自覚してそれを覚悟しているようでありました。

 やや疲れたような深い顔の中で、優しげな灰色の瞳が私を見つけます。


「……あんたが、ぼうの友達ってえ吸血鬼かい」

「坊はやめてくれよ、クソジイイ」


 しゃがれた声に、フレッドは歯を剥き出しにして笑いかけたようですが、上手くいっていないようです。

 それはそうでしょう。ハンターの掟というのは私も知りませんが、ミイラ取りがミイラになる、吸血鬼に身を落とすような真似を許しているとはとても思えません。

 私がフレッド、そしてお爺さんに促すような視線を送ると、お爺さんが重々しくうなずきました。


「ああ、わかってる。これからワシらがやろうとしていることは、ハンターどころか、人の風上にも置けんことだとな。吸血鬼であるあんたもさぞ、業腹だろう。だが、ワシはもう失うことには耐えられん……」


 お爺さんがぐっと目を閉じて、何かを堪えようとしているようでした。

 フレッドはやや気まずそうでしたが、何を口にするでもありません。黙ってお爺さんを見ているだけです。

 お爺さんはしばらくの間躊躇うように黙っていましたが、やがてくるりと背を向けます。


「孫のところに案内する。こっちだ」


 そしてすたすたと歩いて行きます。フレッドを見ると目で促されたので、私はお爺さんに続いて夜道を進みます。フレッドもいつになく大人しく、後からついて来るようでした。


 夜道は林の中を通っており、その小さな林を抜けた先にあったのは、いかにもなお屋敷でした。

 かつては様々な草木が植わっていたであろう広い庭は、今ではいかにも物悲しく立ち枯れております。屋敷も大きく立派な造りではありますが、手入れをする人がいないのか、古びてこれから朽ちるのだと言わんばかり。

 吸血鬼ハンターとして隆盛を誇ったであろう一族の、侘しい終焉がそこにあるようでした。


 お爺さんはお孫さんのところへ私を案内するまで、口を開こうとはしませんでした。

 やがて屋敷の一角、小さな離れにあるその部屋に通されますと、それなりに整った調度品の向こう、窓際のベッドに男の子が横になっているのが見えました。

 周囲には医療器具が置かれ、点滴もされているようです。最新の医療設備が整っているようでしたが、肝心の男の子の肌の色は悪く、今もこんこんと眠っているようでした。


 点滴の針から、微かに血の臭いがします。私は吸血鬼ですので、その臭いには敏感なのです。


「……お孫さんのご病気は血の病気ですか?」

「やはりわかるか? そうだ。骨肉腫というやつでな、若いうちだと進行が恐ろしく速い。幸い、財産はまだかなり残っているから、腕のいい医者に見せたんだが……」


 お爺さんは口惜しげに黙り込みました。

 病などにお孫さんを奪われたくないという気持ちが、ひしひしと伝わってきます。


 私は考え込んでおりました。骨肉腫、いわゆる血液の癌であり、白血病のことでしょう。

 とはいえ、私は医師でもなければ、医学に精通している訳でもありません。血の病気だとわかっても、それが具体的にどういった病状を引き起こし、それを抑えるためにはどうすれば良いのか、詳しいことまではわかりません。


 吸血鬼ですから、人の体、それも病気のことはある程度は何とか出来そうですが、はっきりいって力技ばかりです。魔法でごり押しても治せるかどうかは賭けですし、究極的には吸血鬼にしてしまえ、がふつうの吸血鬼の常識でしょう。

 ですが、私は真血持ちです。遺伝性ではないにしろ、血液の病気であれば月下薬で何とかなるかもしれません。

 血とは相性が良いですからね、吸血鬼なだけに。


 とにかく、まだ薬もないことですし、ひとまずはこの男の子に吸血鬼になる素質があるか、調べてみることにしました。

 私がグラスを所望すると、お爺さんは何事かといった顔をしましたが、すぐに用意してくれました。

 爪を伸ばして自分の手首を掻っ切り、そのグラスに血を溜めます。


「お、おい。ア……あんた、何をしてるんだ?」

「お孫さんに、吸血鬼になれる素質があるか調べるだけですよ」

「何、そんなことを前もって調べられるのか? ワシでも聞いたことがないぞ」


 どうやらこの方法は、ハンターであるフレッドやお爺さんも知らないようです。

 まあ、進んで吸血鬼になろうだなんて人は滅多にいないでしょうし、いたとしてもそんな人は、こちらでは粛清対象になってしまうでしょう。知らないのも無理はないのかもしれません。


 グラス一杯溜まったところで私は傷を塞ぎ、同じように爪でお孫さんの髪を一本切り落とします。

 それを血の中に落としてみましたが、何も変化は訪れませんでした。


「……どうやらお孫さんには、吸血鬼になれる素質があるようです」

「ほ、ほんとうか?」


 お爺さんは手を握りしめました。その顔は喜んではいるものの、どこか後ろ暗い思いを抱いてしまうのを免れないのでしょう、複雑そうな色も窺えました。

 それを見て、フレッドは痛ましそうに顔をしかめましたが、グラスのことも気になっているようです。


「これはあれか? 吸血鬼の血に髪の毛を浸せば、何かが起こるのか?」

「ええ。髪でも爪でも、それこそ血でも良いみたいですけれど、吸血鬼になる素質がない者の体の一部が混ざると、血が変色するのだそうです」

「ワシらはどうなんじゃろうな?」


 吸血鬼ハンターとしての血が騒ぐのでしょうか。ふたりは興味津々です。

 吸血鬼に関する知識欲は、彼らが最も強いのでしょう。ローラなどは大吸血鬼で知識も溢れているのに、あまりに常識であるとか興味のないことは、うっかり忘れがちであるようですし。


 試したがっているようでしたので、お爺さんとフレッドの髪も血に浸してみました。

 お爺さんの毛では反応がありませんでしたが、フレッドの毛を入れると、赤い血が一瞬で真っ青になりました。これは驚きです。


「……お爺さんには素質があって、フレッドにはないみたいですね。まあ、人狼だからということもあるのでしょうけど」

「……ああ、そうだよな。人狼が吸血鬼になるなんて聞いたことねえし」

「ワシは素質があるのか……」


 フレッドは、自分が人狼であったのを忘れていたのか、大きくうなずいています。

 お爺さんは、よもや自分も吸血鬼になるだなどと言い出すのではないかとひやひやしましたが、そんなことは口にしませんでした。


「……そうか、よかった。ワシの孫はこれで生き永らえることができるんだな」


 ひとりで何度もうなずいています。それから私に向き直って、ぴしりと姿勢を正しました。


「吸血鬼であるあんたにこう言うのも何だが、感謝する。孫も承知しとるが、起きた時にもう一度説明してやってくれるか」

「あ、いえ……」


 私はつい忘れそうになりましたが、お爺さんとフレッドに、お孫さんの病気が治せるかもしれないという話をしました。

 あまりに唐突だったのか、ふたりの目が丸くなっています。


「その月下薬という薬は、遺伝病ならば確実に治せるようですが、癌はどうかわかりません。ですが、まったく効かないということは無いようですし、ある程度、魔法と私の血で病状の進行を抑えることは、今すぐでもできます。薬を試してから、ほんとうに吸血鬼になってもいいか、判断し直した方が良いのではないでしょうか」


 私が真血がどうのこうのは伏せておきました。ローラやクリスのことが脳裏に浮かんだからです。

 私の血は吸血鬼にも人にも有用なもののようですし、また噛まれたり、血を抜かれたりはされたくありません。

 ふたりはなおも固まっていたようですけれど、我に返るのはお爺さんのほうが先でした。

 お爺さんははっとしてからくわっと目を見開くと、私の襟首をがっしと掴んで揺さぶります。


「ほ、ほ、ほんとうなのか!? その薬があれば孫は助かるんか!?」

「ちょ、落ち着けってジジイ! ガキが起きちまうだろ!?」


 ふたりで大騒ぎしています。喧しい大人たちです。

 というか気持ち悪くなるので揺さぶるのをやめてくれませんか。


 幸いお孫さんは起きたりせず、深い眠りにあるようでした。

 ようよう落ち着いたお爺さんに、再度説明しておきます。


「……その薬はそう量産できませんし、調合と完成までひと月はかかります。次の満月の日まで待っていてください。そして必ず完治するという保証はありませんから、結局は人の医学頼みになると思います」

「そ、そうか……」


 お爺さんは何度もその言葉を反芻して、呑み込もうとしているようでした。

 希望が見えて、一気に興奮してしまってから、唐突に冷水を浴びせられたような感覚なのでしょう。しばらく間を置いて、頭を冷やした方が良いかもしれません。

 申し訳ないと思っていると、お爺さんはすこしばかり落ち着いたのか、大きくため息をひとつつきました。


「……しかし、極夜の国にはそのような薬があるのか。吸血鬼たちの技術は進んでいると聞くが、医学もそうなんだろうか」

「さて、どうでしょう。辺境でもそこそこ整ってはいると思いますが、それでも難病や不治の病を全て治せるかといったら、そんなことはないでしょう」


 もちろん、人の国の技術も馬鹿に出来ませんけれど、吸血鬼たちの国のほうがより進んでいます。その格差は歴然としているのです。

 仮にも吸血鬼、人を支配する階級を自負するだけはあるようです。

 知能も体力も、吸血鬼は人より勝っておりますしね。もっとも、元人間であった私は、吸血鬼になってより賢くなったなどという感覚はありませんが。

 身体能力と魔力は飛躍的に上昇しましたが、ふつうは弱点も多くなりますし、どっこいどっこいではないでしょうか。


「とにかく、ひと月後にまた来ます。お孫さんにはこれを飲ませてください」


 私はお孫さんに魔法で処置をすると、もう一度手首を切って、ガラス瓶に血を溜めます。

 人の血は吸血鬼にとって食事ですが、逆はそうはなりませんし、毒にもなりません。健康な人にはただ不味いだけでしょう。

 けれど、どうやら真血であればコップ一杯の水に一滴垂らすだけで、弱った人に活力を与えることができるようです。一時的にですけれどね。


 それを飲めば、お孫さんの進行の早い骨肉腫も、ある程度抑えられるはずです。

 お爺さんは感極まったように、何度も私に礼を言いましたが、それは完治した後にお願いしますと断りました。

 ……何だか、不思議な気分です。




 帰り道、フレッドが私に話しかけてきました。


「……あんたのおかげで、ジジイの調子が戻ったみてえだ。感謝するよ」

「フレッドにお礼を言われるなんて、明日は槍が降りますね」

「言ってろ」


 私がくすくす笑いますと、フレッドも妙な顔をしてから笑いました。


 吸血鬼である私が、人から奪ってばかりの私が、人の役に立てる。

 そう思えたことは、私にとっても嬉しい発見でした。


 ……とはいえ、ローラやクリスに吸われたり、薬に使ったり素質を調べるのに使ったり、お孫さんに飲ませるぶんに採ったりして、私もだいぶ貧血気味です。

 吸血鬼なのに、最近は私のほうばかりが、流血沙汰になっている気がします。


 とにかく、またどこかで血を調達しないと倒れてしまいそうでした。

 フレッドに隠れてこっそりと、食事を物色しに出かけましょうか。




 月下薬は一度にひとつきりしか作れません。

 ひとつの瓶に血を一○○cc程度なのですから、頑張ればもっと作れそうではありますが、そうではありません。

 薬として完成するのは、ひとつの真血に対してかならずひとつきりのようです。

 意味不明です。まあ、そもそもの存在が意味不明な吸血鬼由来の薬ですから、そういうものだと呑み込むほかありません。

 すごく有用な薬ですから、暇を見て作っておくべきでしょうね。


 人頼りな領地経営は順調で、今のところ赤字もありませんけれど、もしかしたら副収入のように出来るかもしれません。身を削るというか、血を絞る必要がありますけれど。

 とにかく、病人ひとりにつきまるごとひと瓶は必要ないようですし、エリと、あのお孫さんのぶんくらいは大丈夫でしょう。

 次の満月に一本が完成したら、また新しく作ることといたしましょう。


 そう思いながら、私は自分の城で、せっせと仕事をこなしておりました。

 月下薬が出来上がる、月齢が巡るまででもうすこしです。


 執務室で、私は懸命に書類を捌いています。ですがまだまだ、目の前には書類がうず高く積まれています。

 双子はふだんこんなにも、たくさんの仕事をこなしているのでしょうか。性に合わないからと言って逃げ回っていた自分を殴ってやりたいほど、申し訳なく思いました。

 今更ながらに私が反省していますと、執務室の扉がいきなりばたんと開きました。ノックも何もありません。


「珍しく、真面目に仕事をしておるようじゃな。服装は……ふむ、まあ及第点といったところじゃろ」


 唐突に現れたのはローラでした。私が彼女の城に赴くことはあっても、彼女が自らこの城に訪れるなど、珍しいこともあったものです。

 見ると双子が申し訳なさそうに、扉の所に立っておりました。ローラに押し切られてしまったのでしょう、それは仕方のないことです。彼女に勝てる者など、ごく限られているのですから。

 私が大丈夫だからとうなずくと、双子も同じように返して、揃って頭を下げました。いつ見ても、所作が寸分たがわずぴたりと合うのが不思議です。


「……お久しぶりですね、ローラ。仕事をするのは正しいですけど、服装なんてどうでも良いではないですか。そうかしこまった席でもないのですから」

「貴様、吸血鬼の貴族の、しかも領主の席を何と心得る」

「しがない管理職でしょう」

「こやつ……」


 ローラは盛大に呆れ返っているようですが、正直服装なんて、冠婚葬祭以外は適当で良いと思っています。

 今日は私が好んで着る町人っぽい服ではなく、いかにもな黒いスーツです。双子も黒が好きなのかもしれません。

 ローラは相変わらずの少女趣味のゴシックロリータです。恐ろしいほど似合っていますけれど、相変わらず真っ黒でフリフリとしています。

 ふと、クリスも黒い装いだったのを思い出しました。やはり吸血鬼は黒が正装なのでしょうか。

 まあ吸血鬼はたいてい、金や銀、あるいは黒の髪に赤瞳、それに青白い肌の者が多いので、黒がかなり似合いますけれど。


 私は羽ペンで書類にサインすると、それを脇へ避けておきました。インクはすぐ乾かないので気をつけねばなりません。

 せっかくのローラの来訪ですが、まだまだ書類は片付きそうもなく、しばし待っていただかねばなりません。彼女もそれに不満はないのか、執務室のソファにどっかりと座りこむと、双子に当たり前のようにお茶を入れさせています。

 私と違って、いかにも地位の高い、上流階級の者の振る舞いがよく似合う方です。子どもの姿ですけれど。

 私なんて、未だに何かと世話を焼いてもらうだけで、何とも申し訳ない気になってしまいますのに。


 とにかく、何の用があってローラが私を訪ねたかはわかりませんが、大人しく待っていてくれるようですので、私はとっとと区切りをつけようと、印を取り上げました。

 封蝋を押すのが苦手な私が、蜜蝋を零してあたふたしていますと、ローラはやれやれと笑いました。


「いつまで経っても初々しい奴じゃな。餓鬼が餓鬼らしいのは構わぬが、それで貴族が務まるものか」

「性に合わないものは合わないのです。努力はしますけれど、元庶民の、しかも貧民に期待しないでください」

「十年経ってもその癖が抜けぬか。いくらなんでも不真面目に過ぎよう」

「……否定はしません。反省はしています……」


 ぐうの根も出ません。私は双子に恐る恐る目を向けましたが、彼女たちはいたってふつうで、にっこりと笑いかけてくれました。そこに嫌味はいっさい無く、出来の悪い弟を見守る優しいお姉さんのそれでした。

 私に甘過ぎる気がします。おかげで頭が上がりません。


「そなたらも、こんな餓鬼を甘やかすでないぞ。いつまで経っても一人前にならぬ」

「……吸血鬼は血族の掟を守り、ひとりで血の調達ができれば一人前では」

「それは最低限じゃ、虚け者」

「はい」


 ぴしゃりとやり込められて、私はもはや黙るしかありませんでした。

 何とか書類を捌いてサインをし、いくつか封筒にまとめて封蝋で留めます。それをヘレナに任せて行政区へ運んでもらう手筈を取ってもらい、やっとひと息つきました。

 ルーナが私のぶんのお茶を入れてくれたので、私はそれに礼を言いながら、ローラの向かいに座ります。


「お待たせしてすみません。何かご用件があるのでしょう?」

「むろん。好き好んで無責任に遊びに出歩く風来坊は、ぬしくらいのものじゃ」


 ローラは優雅にカップに口をつけています。口を開かねば飾っておきたくなるような美少女なのに、どこか気押されるような威圧感があるのは、やはり吸血鬼だからでしょう。

 私もお茶をひと口飲んで、血ではなくブランデーを垂らしてもらったほうが良かったと思っておりますと、不意にローラが首をかしげました。


「ところで、ぬしが前にほざいておった、人になる方法というものは諦めたのか?」

「……ええ、そうですね。どうやら不可能なようですし。まあ、変わりに月下薬という薬のことを知りましたので、それをエリに贈るつもりです」

「ああ、アレか。ぬしはほんに物好きじゃな。そんな小娘など、とっとと吸血鬼にするか、駄目だったら諦めれば良いだけじゃろうに」

「性分ですので」


 私は冷や汗を流しながら笑いました。

 最近になって、いろいろと痛感しております。色恋沙汰については吸血鬼仲間には相談しないほうが良さそうだと、クリスの顔も思い浮かべながら考えました。

 吸血鬼はたくさんの弱点があって繊細で複雑かと思いきや、やることはどこか大雑把なのですから。強大な力を持つ者は、結局は力押しで何とかしてしまいますし、こんなものなのでしょうか。


「……まあ良い。ぬしがいつまで経っても人間気分が抜けぬ、情けない軟弱者であることは承知のうえじゃ」

「恐れ入ります」

「恐れ入ったならば是非ひとつ、私の頼みを聞いてもらおうかの」


 ローラがその美貌に邪悪な笑みを浮かべます。

 美しさと邪さは同時に存在できるのですねと、私は思わず感動しそうになりました。はい、現実逃避です。

 ローラもこの思わず逃げ出したくなるような重圧感がなければ、もっと気楽に付き合えそうなのですけれど。まあ、ふだん私が虚勢を張って彼女に相対していることなど、ローラにはとっくにお見通しでしょう。

 嫌な予感はとどまりませんが、彼女の頼みを無下に断るだなんて選択肢は、私には存在いたしません。


「……あなたの頼みとあらば、何なりと」


 私の返答に満足したのか、ローラは今度こそ、外見年齢相応の、可愛らしい笑みを浮かべたのでした。

 ……やはり小悪魔ですね、この人。吸血鬼ですけれど。



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