ドラマとこたつ
わたしは床に寝っ転がってスマホを眺めていた。わたし個人用の公式SNSに日本語のダイレクトメールが届いていた。どうやら私を主人公にしたスペシャルドラマが計画されているらしい。
この話が最初に出た時、夫に「どうする?」と聞いたところ、表情が固まった。
固まった表情を見た嫁の感想は、そりゃそうだろうに尽きる。「世紀の大恋愛」だの「リアルシンデレラ」だの言われているが、現実は未婚カップルのやらかし。しかも本人と王室が秒速で非を認めるほど、状況的に男の方に問題ありだった。陰では結構言われているし、日本の家族もこっちの家族もめちゃくちゃキレたし、政府の偉い人もすごい怒ってたし、何ならわたしもことあるごとに夫を突っついてる。
もちろん、その後、どれほど嫁と娘を守ってくれたかは計り知れない。
ひどかったもんなぁ、誹謗中傷。卒アルの写真もえげつなく流出したもんな。(もっと映りの良い写真が出回ってほしかったので、友人を総動員して奇跡の1枚を広めてもらった。彼女たちには今でもスライディング土下座している。)まぁ本音を言うと、あまりに恋愛と無縁すぎる人生すぎて、ゴシップを探しまくった週刊誌の方が根を上げてしまった方が傷ついたけど。
日本語で書かれた企画書を見た感じ、妊娠発覚からなんやかんやあってゴールイン、しかし本当に大変なのはこれからで……みたいな方をメインにするらしい。ってことは、公務すっぽかし事件とかもやるのかな。当然偉い人たちにめちゃくちゃ怒られたんだけど、そのお説教の中で実は現王室メンバー全員がもっとやばい逸話をもっていることが判明し、わたしはものすごく気が楽になった。ありがとう首相。モノマネ付きの国王陛下戴冠式前日めちゃくちゃ飲んだ事件を聞いて、本当に気が楽になりました。
それでも、夫の若気の至りに触れない訳にはいかないので、奴は渋った。
ところが、一応国王陛下に確認すると「えー、いいじゃん」の一言でスペシャルドラマは許可された。ちゃんとこっちでロケをし、このヨーロッパの片隅の小さな国と孫娘のカリンの素晴らしさを伝えてくれれば、王太子の若気の至りを描いても良いらしい。陛下、まじか。
ダイレクトメッセージには、キャスティング案が書かれていた。誰だっけこの女優さん、と検索してみれば、私とは天と地ほどもある美人さんたちばかりだ。わたしはこたつの中で、思わずため息をついた。
そう、この王宮には「こたつ」が鎮座している。
秋のはじめ、日本の家族からの仕送りと称して、米や醤油と共に、お値段以上の満足感で有名な某家具メーカーのこたつがやってきた。カリンの写真送るついでに、王太子一家の居間のソファに合うローテーブルを探しているみたいな話をしたところ、じゃあこたつでええやんとなったらしい。だからなんで。
さて、こたつを見た義理の妹(この国の王女で現在は海外に留学中だが公務のため一時帰国していたオタク)は大興奮。リアルこたつを味わいたいと言ったので、まだ秋にも関わらずおこたは設置されることになった。
その魔力は異国でも遺憾なく発揮された。世界王族イケメンランキング上位、世界有名名門大学を渡り歩く(留学はもちろん、講演会とか公務とかに呼ばれたりとかしている)、イクメンとして話題の王太子は、ただのコタツムリと化していた。ちなみに、同じく美女ランキングに入る義理の妹は、泣きながらこたつから出て留学先へと戻っていった。まじで。
現在も魔力は続いている。コタツムリと化した王子様は、公務の準備と称して某動画サイトを眺めている最中だ。というか、関連動画を飛びすぎて、謎の陰謀論を語る動画にたどり着いてるけど、大丈夫か王太子。動画を見て必要なことをメモしながら、ハイハイでこたつの周りをウロウロする娘の邪魔を空いた手でしていた。それ、娘に「パパだいっきらい!」て言われるやつやで。
「例のドラマのキャスティング案来たよ。希望があれば言ってくださいって。」
「それで、主役は誰なの?」
夫がゆっくりとこの国の言葉で聞いてきた。最近、わたしの語学力は飛躍的にあがっていると評判だ。もちろん嬉しい。某プライムビデオに加入し、毎晩あらゆる映画を見まくったから上達した、というのは、夫婦だけの秘密だった。衝撃の展開に狂った夫がうっかりSNSで呟くまでは。
「何人か候補がいるんだって。」
「名前言って。」
「名前だけじゃわからなくない?」
わたしは思わず笑ってしまった。こたつの向こうで、夫に何度も行く手を遮られているのを遊んでもらっていると勘違いした娘の笑い声が聞こえる。よかったな、パパ。とりあえず、わたしは女優さんの名前を上から順番に読んでいく。
「その中だったら、ハマサキ ミオがいいな。」
瞬時に異国の女優さんの顔と名前が一致する夫、やばいでしょ。日本文化を理解しようとした一環らしい。王族ってすげえな。
ちなみに、ハマサキ ミオさんはモデル出身のめちゃくちゃ美人で、夫はネット配信で月9を追うくらい気に入っている。そうだよね、ロケで会ってサインもらえるもんね。
いや、こたつの向こう側にいるの、嫁ぞ? 結婚するために外務省が1週間くらい徹夜するはめになった嫁ぞ? 系統違いすぎる美人の名前を挙げるなよ。という怒りが少し湧いたので、わたしはこたつの中で夫を蹴飛ばしてやった。
「なんだよー。」
足首のあたりに夫からの逆襲。わたしは思わず吹き出した。
「えいっ!」
「負けるもんか!とあっ!」
こんな時間がいつまでも続いてほしい、わたしは心の底からそう思った。
お久しぶりです。