大学生
「じゃあ、授業だから。いってくるから。」
「んんー。」
布団から出ようとしない夫(この国の王太子で割とイケメンで頭もよいというイクメン高スペック男子のはず)に声をかける。
「カリンのこと、頼むわよ。」
「ああ、いってらっしゃい。」
今日は午前中、公務がないとだけあって寝坊する気満々だ。
「ったく……。」
宮殿は広い。広すぎる。最近理解した近道をいくつも通って、やっと目指す玄関にたどり着くレベル。急がないと遅刻だ。
「じゃあ。」
「んー。」
日本の大学生だった私の、いわば「単位」について、日本とこの国で壮大な話し合いが繰り広げられたらしい。
そもそも元凶が、命を狙われているというやんごとない事情とはいえ、私のアパートに転がり込んできた夫。で、カリンを妊娠してしまい、これはもう結婚していいんじゃないみたいな感じで私の結婚は決まってしまった。
さて私の両親は、夫に対して結構キレた。当然だ。特に怒ったのが、私が大学を辞めなければならないということだった。「夢もあって(具体的な進路など決まっておらず、ただ自分の学びたいことをのうのうと勉強することが夢というなら)、将来への希望にうんたらかんたらな娘の人生を壊す気か!」「こいつがどれだけ苦労して大学に合格したと思っているんだ!」「学費はどうしてくれるんだ!」というわけだ。お父さん、お母さん、なんかずれてないか。
王室としても、大学中退はなんか後味が悪いと思ったらしい。そこでわたしは、「特別留学生」みたいな謎の立場でこっちの大学に通い、それで単位を取って卒業させてくれることになった。
ということで、慣れないこっちの国の言葉(ドイツ語みたいなごついけどかっこいいやつ)で、忙しい公務と忙しすぎる育児の合間を縫って大学に通ってるというわけだ。
ちなみに授業、難しすぎます。夫が高スペックで助かりました。レポートとか相当手伝ってもらってます。
途中で地下鉄に乗る。ちょっとスマホでTwitter確認して(日本にいた時のアカウント、現在はプライベート用の鍵アカにしたやつと、王室で作ってもらった公式のアカウント)をぼんやり眺めておく。
特に特別扱いされているわけではないが、元々日本人があまりいない場所なので、普通にばれる。まぁでもストーカーされたりはしない。今日も隣に座ったおっさんが話しかけてくれた。ゆっくりした丁寧な言葉に思わず心がほっこりする。
「こちらの言葉には慣れましたか?」
「難しいですね。頑張ります。」
「私も実は、少し日本語を勉強しまして。えっと、コンニチハ!アリガトウ!」
「お上手ですね。」
大きな教室でノートと電子辞書を広げて待っている間、またTwitterを眺めていた。すると、こんなツイートが流れて来た。
2人そろって寝坊しました…
幸せそうに眠るカリンと、その横で幸せそうに焦っている夫のツーショット(自撮り)。思わず笑って保存した。