料理教室
「ああ、それは入れちゃダメ!」
「これ……あ、これ?」
「そうそう!ゆっくり、ゆっくり!」
宮殿の一角で、2人の女性が大騒ぎをしていた。
「王妃様、あちらのオーブン……。」
侍従の申し訳なさそうな言葉に、2人は別々の言語で悲鳴を上げた。
「お母様!オーブン、見ます!」
「見てきます!かな? お願いしたいわ!こっちのスープは任せてちょうだいね。」
王室のプライベート用のキッチンでは、王妃による王太子妃への料理教室がたびたび開かれている。(たまに王太子妃による王妃への和食教室が開かれることもある。)その横のダイニングルームでは、この小さく豊かな国の国王が、不安げな顔で孫を抱いていた。
「君のおばあさまは、果たしておいしい夕食を作ってくださるかね。」
「父上、母上にその言葉を聞かれたら、フライパンで殴られて、明日パパラッチに囲まれますよ。」
わざと丁寧な言葉を使う王太子を、父親は小突いた。
「カリン、君のお父さんは随分ひどいことを淡々と言うね。」
「カリン、君のおじいちゃんもそういう人だ。」
とうのカリン王女は2人の顔を見比べて、楽しそうに手を叩き始めた。
「まったく、父さんはさ、俺があの子を連れてきたとき、ずいぶん怒ったのに、いざ孫ができるとこうなって、ただの孫馬鹿じゃん。」
「私は王太子妃やカリン王女を怒ったのではない。お前みたいに、いくら命を狙われていたからって遠い異国の女子大生に手を出した、馬鹿な息子に怒ったんだ。現に王太子妃を見てみろ。将来の夢も祖国も家族も全部捨てて、ここに来てくれたんだぞ。」
「ああ、わかってるさ。」
王太子はそっとつぶやいた。
「でも、だから放っておけないんだ。」
何かが派手に落ちる音がした。2人は思わず身を乗り出す。
「「大丈夫か?」」
2人そろって出た言葉に、国王と王太子は顔を見合わせて思わず笑った。