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ある朝

おとぎ話のような日々だ。思わずつぶやいた。


ついこの間まで、私は日本のしがない女子大生に過ぎなかった。学ぶことは楽しかったし、学生団体での活動にはやりがいを感じていた。一方で自分の力のなさも知っていた。もっと学びたい、もっと頑張りたい、でももっと遊びたい。そんな日々だった。



「んんー。」


私と生まれたばかりの幼い娘は、大きなベッドで横になっていた。時々寝言のように何か言っているが、すぐにまた深い眠りに落ちてしまう。


そっと、顔をつつく。少し笑ったような顔をする娘を見て、自分も少しだけ笑った。


ベッドは思わず笑いたくなるほど豪華な天蓋とカーテンに覆われていた。隙間から外の光が漏れてくる。


夫はまだ仕事だろうか。


そう思ったとたん、カーテンが空いて、電気を消した夫がベッドにもぐりこんできた。


「今日も随分遅いのですね。」


嫁ぎ先の言葉にはまだ慣れない。たどたどしい言葉で言うと、夫がそっと私たち2人の頭をなでた。


「先に寝ていてくれてよかったのに。ありがとう。」


私をおもんぱかって、夫は未だに英語や片言の日本語を使ってくれる。その心遣いにどれだけ救われたことか。


疲れ果てた夫は、すぐに目を閉じてしまった。私も慣れない宮廷生活や言葉、そして育児に疲れ果てていたので、すぐに眠りに落ちそうになる。



そう、私の夫は、さるヨーロッパの王太子なのである。






なれそめは、もうおとぎ話も真っ青の出会いだった。


学生団体での活動が長引き、終電すらも乗り逃した私は、仕方なく大きな駅からとぼとぼと歩いていた。


決して歩けない距離ではないが、疲れが襲い掛かっていた。そして途中コンビニにより、ジュースか何かを買って外に出たとき、一人の外国人に声をかけられた。


どうやら宿を探しているようだったが、さすがにこの時間に宿は無理だ。近くにマンガ喫茶などもない。そこで仕方なく、自宅のアパートに泊めることにしたのである。



次の日の朝、その外国人は私に、自分の王太子の身分と、自分が側近に命を狙われていて逃げ出したことを白状してきた。


こうして2週間ほど、この奇妙な客人を泊めていたのである。


私は学校や学生団体の活動、アルバイトなどで忙しく、ほとんど家にいなかった。留守中に自宅で外国人がテレビを見ていようが掃除をしていようが、正直どうでもいいくらい忙しかったのである。


それでも、夜になると、お互いの生い立ちや出身国の話で盛り上がったり、学校や趣味の話で盛り上がったりしたものだ。


私も、私のアパートから出入りができない彼が退屈しないように、手料理をふるまったり、本やDVDを借りてきたりするようになった。


私たちの間の距離が近づくのに、たいして時間はかからなかった。





やがて彼の母国の大使館から連絡が来た。彼の側近を強制送還し、あちらで無事逮捕したらしい。こうして極秘裏に彼は母国へ帰り、私の手元には、何か今後困った時にかけるよう言われた王室の秘書の電話番号と、彼とのわずかな思い出だけが残った。


私は彼のことを、親しい友人にも家族にも言わなかった。






3か月後、私は自分が妊娠したことに気付いた。




いろいろあったが、結局私と彼は結婚することになった。というわけだ。


世界中から「シンデレラストーリー」と注目されたが、そこまで感動的でもない。むしろ大好きな祖国日本や家族、大学を離れる悲しみや、嫁ぎ先での苦労ばかりに目が行ってしまう。




それでも、可愛い娘に優しい(そして世界的に注目される結構なイケメンの)夫に恵まれ、幸せだと思う。嫁ぎ先の国は大国ではないが、歴史と自然に恵まれたいい場所であるし、義理の両親である国王夫妻もよくしてくださる。また夫の妹である王女は優しいうえに、日本文化に詳しく、わたしのためにいろいろな心使いをしてくれた。幸せだ。











朝起きると、まずはぐずった顔をする娘をあやす。それからいつもの日課で、スマホを見る。もう日本との接点はこれくらいしかない。SNSなどをチェックする。友人や家族からのメッセージを確認する。にしても今日はやたら多い。


その原因はすぐに分かった。夫の公式アカウントに投稿された1枚の写真だった。



「俺の大切な家族」


とだけ投稿された写真。それは最近はやりの夫の自撮りだった。私と娘の幸せそうな寝顔に、大量のコメントが付いている。


元々開かれた王室を目指したいと思っていたし、割と日常の写真を載せてはいる。しかし夫が勝手に写真を撮ってSNSにあげたのは初めてだった。


「まったく、もう!」


私は笑いながら、隣で幸せそうに眠る夫を叩き起こした。


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