♯6
「俺達仕事なんですけど」
「邪魔はしないから安心したまえ」
神崎はゆすらの隣を陣取りながらいう。なにか言いたげな恭一に日高はすまないという謝罪と共に諦めろ、と助言した。
「ゆすらちゃん、このNo.1コンテストっていうのはどういうものなの?」
「えっと、極端にいうとMr.コンやMiss.コンみたいなもので、この学校で一番○○な人っていう名目で投票するんです。例えば…一番美人な人、モテる人というものでもいいですし、優しい人だとか面白い人でも決めるのは自由です。それで、名目はばらばらでも、名前の投票の多かった人から一位二位と順番をつけていくんです。投票は生徒しか出来ないんですが」
神崎の社交的な性格のおかげかゆすらも大分落ち着いて話せるようになってきた。
「なかなか斬新なことをし始めたね、悠人は」
日高の言葉に恭一は苦笑いをする。日高は水瀬の質をよく知っているようだ。
「ははは……推し進めたのは勿論水瀬ですが、案を出して企画したのは2年ですよ」
「いいじゃないか!面白いことする奴がいるんだな。これからも生徒会は安泰だな!」
「安泰は違うでしょう。
そりゃ、千尋さんと悠人は面白いこと主義だから。振り回されるこっちの身にもなってください」
余計なことを言わないように釘を指す日高に恭一も苦々しく頷く。だが、神崎は特に気にした様子はない。ふむ、と長い指を頤にあて、考え込む。
「そうか。Mr.コンとかMiss.コン通ったのか。いやぁ、私の代でも案出してみればよかったな。なぁ、大和?」
「何言ってんですか。千尋さんが色々仕出かしたおかげで、俺のとき教頭に目つけられて動きずらかったんですよ。あれ以上何するっていうんですか」
会話の内容にゆすらは少しヒヤヒヤするが、楽しげな神崎に文句を言う日高は穏やかな口調なので怒っている様子はない。
会長さん達はこんな感じだったの?と恭一の耳元でこっそり尋ねると、恭一は一拍置いて頷いた。
「神崎会長が好き勝手して大和先輩がいい具合に事を治めて、ってスタイルだったらしい。俺らが入学してからは水瀬が神崎会長側に加わってしまったらしいけど」
「……水瀬くんが二人いる感じ?」
「そうだな」
それは大変そうだ。ゆすらの頭には日高が神崎達に振り回される図が浮かんだ。
神崎と日高の会話が終わりそうにないのを見かねたのか恭一は彼女達の間に入る。
「あー、一応この案通すの大変だったみたいですよ?だからMr.コンMiss.コン“みたい”で、そのままではなく色々変えて折り合いつけたみたいです。
あと、交渉役の日頃の行いのおかげですかね」
ゆすらの頭の中に成績優秀、品行方正で通っている二人の副会長の顔が浮かんだ。なるほど、彼らならいけるかもしれない。
「ほう。
やはり無理して来たかいがあったな、大和!」
瞳を輝かせて溌剌と笑う神崎に日高は優しく微笑み返した。
「…お二人は仲が良いんですね」
羨ましいです、とゆすらはぽろりと溢した。ゆすらの言葉に瞳を丸くするまわりの反応に気付き、ゆすらは慌てて口を塞いだ。
「あ、いや、」
いくらなんでも気が緩みすぎたとシロドモドロになりながらもなんとか弁解しようとしていると、日高がニヤリと笑った。
「だろう?」
視界の端に映った神崎の耳は少し赤かった気がした。
日高は振り回されてばかりいるわけではないらしい。
「あーコホン。そんな話はいいんだよ
えっと…あ!あれはまだあるかい?後夜祭のジンクス!」
明らかに話を反らした神崎をつい可愛いと思ってしまっていたゆすらはジンクスという言葉に反応した。
「ジンクス?あぁ、確か、後夜祭で告白したら成功する、とかいう?」
「それだ!よかった、まだあったかぁ」
「よかった?ジンクスが残っていようがいまいか神崎会長には関係なくないですか?」
「え!?うん、まぁそうなんだが…やはり残っていた方が面白いだろう?なぁ、ゆすらちゃん」
恭一の訝しげな眼差しに逃げるように神崎はゆすらに同意を求めた。
「え!?あ、はい。そう、ですね…」
「……。その反応から察するに野々村さんはそのジンクス、随分と気にしているんだね?」
「え!?」
思ってもみない相手からのからかいに動揺する。少し裏切られた気分だ。
数分の付き合いだが、これくらいは分かる。そんなことしたら、
「どういうことだい!?」
彼女が食いついてくるのは明らかだ。神崎はゆすらにグッと顔を寄せて尋ねる――というより問い詰めた。
どう神崎を誤魔化そうか考えていると肩に置かれていた神崎の手が離れた。
「千尋さん、あまり野次馬根性を出すのは如何かと思いますよ。そろそろ行きますよ」
神崎をゆすらから離し、日高がそう諭す。忘れてはならないが、神崎の野次馬根性を引き出したのは日高である。
渋る神崎を日高は、しつこいと野々村さんに嫌われるんじゃないですか?の一言で黙らせた。
「仕事中に悪かったな。色々教えてくれてありがとう。楽しかったよ」
「またね、ゆすらちゃん、長谷少年」
「え」
「じゃあ、しっかりやれよ、恭一」
止める間もなく二人は手を振って去っていった。
「……。」
「……。」
神崎に問い詰められるのは困る。だが、それ以上に今この状況で恭一と二人になる方がよっぽど気まずい。
「…ゆすら、」
先に沈黙を破ったのは恭一だった。意識し過ぎてそちらを見れない。
「お前後夜祭、出れないんじゃなかったか?」
「う、うん。よく知ってるね。」
後夜祭は運動場で行われるのだが、後夜祭の間ゆすらは放送器具や照明の調節のために校舎に残らなければならない。何が楽しくて高校最後の文化祭でそんなことをしなければならないかというと、雪乃のせいである。
その仕事は放送委員と実行委員が一人ずつ担当するのだが、放送委員の雪乃が勝手にゆすらも含めて請け負ったのだ。ゆすらの承諾無しに。
彼女曰く、「毎年のことだけど、後夜祭忙しくて楽しむどころじゃないのよね。予約が殺到して管理が大変だし」とのことだ。そういえば、後夜祭で雪乃を見かけたことがなかった。モテすぎるのも大半なのだろう。
だから、最後の年くらい自分のために使いたい、とのことだ。
(…まぁいいけどね)
どうせ暇でも告白なんて、出来やしない。
「…。恭一も仕事あるんでしょう?お互い大変だねぇ」
「……あぁ。まだ細かいことは聞いてないけど、どうせ最後までこきつかわれるだろ」
敢えてあっけらかんに言うと、恭一もそれに乗ってくれた。
それを叶えるための行動が出来なくせに羨ましいとほざく自分に幻滅した。
次話 未定