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恋の有効期限  作者: 首夏
3/6

#3

「助けて下さい、恭一先生」

「……そろそろだとは思ってた」


 忙しかろうが、何があろうが、学生の本分である勉強は待ってはくれない。特にゆすらたちは今年から受験生だ。膨大な量の宿題達がゆすらを待っていた。



「ゆすら、頭揺れてる」

「……ん」

 揺れる視界をとめようとするが、ゆすらの抵抗も空しく頭はそのまま机についた。すると視界が数式などでいっぱいになり、ゆすらはそれから逃げるように目を閉じた。ただ単に瞼が重かったのもある。

「…なんでこの世に数学なんてものがあるのかな」

「それを言うなら俺は、なんで世界は共通語じゃないんだって言うぞ」

 ゆすらを呆れたように見つめながら恭一は吐き出した。

「お前昨日いつ寝たんだ」

「…えぇ?うん、どうだったかなぁ?」

「どうせ、小説でも読んでたんだろ」

「…………。」

 沈黙が落ちる。これが答えである。瞼と闘っていたゆすらの頭上から深いため息が聞こえた。日中勉強を頑張ったご褒美と称してお気に入りの小説を手に布団に潜り込んだ結果である。

「…はぁ。そんな船漕いでたら効率悪いだろ開き直って少し寝れば?」

 先に沈黙に耐えかねたのは恭一だった。いい頃合いに起こしてやるから、という恭一の言葉に目を擦りながらゆすらが頷く。

 いそいそと恭一のベッドに(勝手に)潜り込んだゆすらの意識はすぐに沈んでいった。





 いつだっただろうか。彼の様子が可笑しいことに気付いたのは。自分と彼の関係の形が一致しなくなっていったのは。



 名前で呼ばれることがなくなった。他の異性のように名字で呼ばれるようになった。

 家に訪れることがなくなった。母親からの使いっぱしりを始め、暇だからなんとなく、なんて理由で頻繁に訪れ、迎えていたのに。相変わらずよく訪れる彼の母は、反抗期かしら、なんて笑っていたが、誰に対しての反抗なのやら。

 一緒に登下校することがなくなった。互いに部活などで忙しいし、それぞれの付き合いがあるのでいつもというわけではなかったが、約束などはしなくてもテスト期間等はなんとなく共に道を歩くことが多かった。同じ道のりで同じ時間帯。それなのに途中で全く会わなくなるというのは、寧ろ不自然だった。


 そして何より、話すこと自体が少なくなった。

 ある日ふと気付いた。最近彼と話した覚えがないと。彼と話すなんて当たり前過ぎて、意識してやったことがない。一日に母親と何回話したかなど数えるだろうか。今から父とこれを話そう、なんて気負うだろうか。彼との関係はそんなレベルだったのだ。彼と特別仲がいいわけでもない相手から、知らない彼の情報を聞くのはとても違和感があった。

 話しかけてみてもあまり上手くいかなかった。話がなかなか続かない。彼は話を早く終わらせようとしている節もあった。いつもは何も考えずに口を開いているのに、そんな彼に気付いた途端、何を話していいのか分からなくなった。怒りより困惑が先だった。


 今なら思春期特有のものだろう、だとか考えることも出来たかもしれない。しかし、あの頃の自分はそこまで考えも及ばなかった。女の子の方が一般的に成長が早いというが、ゆすらにそれは当てはまらなかったようだ。

 そして対処の仕方も悪かった。

 相手が相手だったのもあり、ゆすらは真っ向から尋ねてしまったのだ。

 どうしてそんな態度をとるのか、と。


―――私が嫌いになったのか、と。


 もっと他にも方法はあったと思う。

 せめてもっと考えたり、相手の様子を窺ったり、遠回しに探ってみたり出来ただろうに。

 けれどそのときのゆすらは、信頼して寄りかかりきっていた相手の変化に動揺した。突然崩れていく関係にただただ不安で、途方に暮れた。


 だから相手の気持ちに気づけなかった。


 もし、もっと違う尋ね方をしていたら。

 もし、彼の気持ちに気付けていたら。

 もし、



 もし、自分の気持ちに気付けていたら。



 そんなことをいくら仮定したところで、自分のしでかしてしまったこと――彼を傷つけてしまったことは変わらないのに。

 けれど、やはり考えるのをやめることは出来ない。

 もし、あの時しくじらなければ、この気持ちを伝えられるだろうか。

 恥ずかしいことに、後悔の一番の理由は自分のことなのだ。どこまでも自分本意な考えに嫌気が差す。


 そんな自分が、どんな面下げて――





「ゆすら、」


 頬が温かいものに包まれた。その心地よさに頬が緩み、ついすり寄る。何か嫌な夢をみた気がしたので、その温もりに安心する。

 再び深い眠りに落ちようとすると額を軽くはたかれた。

「いて」

「お前はいつになったら起きるんだよ」

 ゆるゆると瞼を持ち上げると、視界いっぱいに恭一が映る。

「…う、ん。どのくらい寝てた?」

「1時間弱かな?」

 どうやら自分は睡魔に負けてぐっすりと眠ってし

 まっていたらしい、と起き始めた頭の部分で考える。いくらなんでも花も恥じらう乙女が異性のベッドでそんな体たらくとはいかがなものだろうか。睡眠は大事だな、と感慨深く思う。

「…恭一の枕いいね。私のよりいいものだよ」

 持って帰りたい、と枕にすり寄るとまた頭を叩かれた。先程より力が強い。

「誤魔化そうとしても無駄だ。」

 愛しの数学が待ってんぞ、と起き上がらされた。


 やはりあの頃とは随分違うな、と机に戻る背中を見つめた。





 新学期が始まった。

 以前、目の回るような忙しさ、と形容したことがあった気がする。

(あれでそう思っていた時期もありました…)

 改めて言おうと思う。目の回るような忙しさである。昼休みも放課後も走り回っている日々だ。


 新学期も始まれば、文化祭まであっという間である。これほどまでにスケジュール表を活用したことがあっただろうか。スケジュール表も本望であろう。

 これで仲のいい雪乃と同じクラスじゃなかったら、と考えると恐ろしい。対人関係にこれ以上神経を減らせない。


 とは言え、なんだかんだと充実した日々を送っている。顔見知りも大分増え、やってきたことが形になっていくのを見るのはとても楽しい。

 なんとなく流れで委員になったが、なって良かったなと思っている。




「ゆすら先輩」

「なぁに、ゆかちゃん」

 肩を叩かれ振り向くと、紙を見せられる。そこには店の名前等が並んでいた。

「……結構少ないね」

「ですよね」

 その紙は去年のポスターを貼ってもらった場所の一覧らしい。

「ポスターはいつも何部刷ってるんだっけ?」

「40部ですね、だいたい」

 校内に貼る分があるとはいえ40のうちそれだけしか使ってないというのはいかがなものだろうか。

「…そりゃ、ポスターを自分達で刷って安く済ませようっていう案が出ちゃうよね…」

 ゆすらが苦笑を溢すと、紫は少し眉を寄せる。

「そんな意見があるんですか」

「先生達の中にね。けどやっぱりちゃんとした所でやってもらうのと、自分達でやるのじゃ全然出来が違うんだよねー」

 美術部としてはそこをどうしてもこだわってしまう。渋い顔をして唸っていると、じゃあ、と紫が口を開く。

「じゃあもっといろんなところに頼んでみましょう」

「え、大丈夫なの?」

「自分達で取り付ければ何も言わないんじゃないでしょうか」

 首を傾げるゆすらに紫はすまして答える。なるほど、と頷いたゆすらは互いに引き受けてくれそうな場所を挙げていく。

 紫は元々しっかりした子だとは思っていたが、委員になり、仕事をする紫を多くみるようになり、紫には感心するばかりだ。紫はいつも冷静で自分の姿勢を崩さない。1年なのに副会長をしているのも頷ける。

(こんな立派な副会長達がいたら来年も安泰だなぁ)

 勿論優秀なのは、紫だけではない。

「……他に何かある?」

「恥ずかしながら、私あまり店知らなくて」

「私も地元はここじゃないから……」

 残念ながら、インドア派の二人の勢いはすぐ衰えた。因みに、ゆすらは外より適温な室内で絵を描いたり趣味に浸る方が好むタイプで、紫は用がなければ外に出ないし、用も近場でささっと済ませるタイプである。

 行き詰まったゆすらが唸っていると、紫が小さく声をあげた。

「あ、錦」

「?錦くん?」

 紫の視線を辿るとそこには錦がいた。錦も元々こちらを見ていたようで少し驚いた顔をしている。錦はいつものように柔らかな笑みで話していた女子に断りをいれると、こちらに歩みを進める。

「どうかした?」

 にこりと笑いそう問いかける錦は、どこか嬉しそうである。

「どうかした、って……こっちの台詞なんだけど。何か用?こちらを見てたようだけど」

 顔色ひとつ変えない紫に対して、錦の顔がひきつったようにゆすらには見えた。

「…はぁ?お前に用があるわけないだろ」

 どこかピリッとした空気に気付いたゆすらは、どうにか逃げようとあたりを見回す。そうしていると、錦と目が合ってしまった。

 すると、端から見れば分からないだろうが――気持ち険しくなっていた錦の目元がいつものように和らいだ気がした。

「そう。そうです。野々村さんを見てたんです。困っておられたようですが、どうかしましたか?」

「……。」

 いいように使われた感が拭えないが、錦とはまだそれほど話したことがないのでそんなことを指摘出来るほどゆすらはタフではない。

 そう、と納得している風な紫にも是非突っ込みたいところだが、ぐっと我慢する。紫はしっかりしてるのに人間関係に対してどこか鈍い。

「あ、はい。えっと、ゆかちゃんとポスターを貼ってくれるようにお願いするところを相談してまして…」

 しろどもどろに答えるゆすらに、錦はへぇ、と頷き紫が手にしていた紙を覗きこむ。

「…この他にも○○商店街や△△通りの店に頼んでみるのはどうでしょうか?人通りも多いし、頼んだら引き受けてくれそうですよ。あー……ここに書いてある□□店はそういうのは受け付けないって聞いたことがあります」

「おぉ……ありがとう、錦くん」

 ゆすら達が欲していた情報を錦はスラスラと述べていく。そんな錦に感嘆の声をあげると、錦は少し照れたように頬をかいた。

「いえ。お役に立てたなら嬉しいです。

 俺は後輩なんですからもっとこきつかってやるって勢いでいいんですよ」

 仕草といい言葉といいお手本なような錦に舌をまく。なるほど、いい噂しかきかないわけだ。

 委員や時々見かける錦は当たり障りがなく、皆に丁寧に接している。非の打ち所のない彼には感心させられてばかりだ。ただ、

「へぇ。よく知ってるね、錦」

「お前は知らなさ過ぎなんだよ!」

 褒める様子はなく、ただ頷く紫に錦は噛みつく。

 ただ、紫だけは例外らしい。

 完璧な錦でも少し変わった紫は手に負えないのだな、と思うと錦が可愛らしくみえた。

「ゆかちゃんは錦くんと仲がいいんだね」

「いえ、そんなことないと思いますけど」

 紫にそういう相手がいることに安心して、ゆすらが嬉しそうに言うと、紫はすげもなく否定した。

 隣で頬をひきつらせた錦に、ゆすらは少し悪いことをしたな、と反省した。

次話5/15更新予定

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