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恋の有効期限  作者: 首夏
2/6

#2

「2年5組の野々村ゆすらです。部活動は美術部なので、時間の融通が効きやすいです。仕事は裏方希望です。

 よろしくお願いします」

 周りからの視線を感じながら、頭を下げた。パチパチという拍手を耳にし、安心したようにゆすらは席についた。大勢に見られることは、やはり緊張してしまう。こういうのは場数をこなして、慣れるしかないのだろうか。


 今日は文化祭実行委員の初の顔合わせだ。

 文化祭は6月に行われる。新学年になってから準備を始めるのでは遅いため、3学期の今から実行委員は始動する。なので新1年は当然居らず、途中でまた募集をかけるので人数はそれほど多くはない。というか、寧ろ少ない。道理で自分にまでお鉢が回ってくるはずだ、と納得する。

 ゆすらはここにいる面々を見回すが、あまり社交的な性格ではないゆすらにとって、ほとんどの人は初対面だ。

 仕事は勿論だが、対人関係も努力が必要なようだ。


 その場にいるあらかたの者の自己紹介が終わり、恭一の番が回ってくる。恭一は無造作に立ち上がり、全体に視線を寄越す。

「副委員長を務める長谷恭一です。クラスは2年1組。部活は陸上ですが、基本仕事を優先しがちなんで、気にしないで下さい。

 生徒会の方では書記をしていて、あの生徒会長に日々振り回されてます。入学式が終わったら生徒会長が我が物顔で出刃ってくると思いますんで、なんかあったら俺にご報告頂けると助かります。」

 ちゃんと叱っておくんで、と恭一が肩を竦めて言うと、所々からクスクスと笑い声が聞こえた。生徒会長・水瀬の奔放っぷりは全校生徒が知っている。その水瀬をダシに笑いを取る恭一は随分と場馴れしているのが窺えた。

 笑いがおさまるのを待ち、恭一は口角を上げた。好戦的、というのはこういうのを言うのかもしれない。

「今回の――俺達の代の文化祭は、今までにない、最高のものにします。

 けど、俺ら生徒会だけでは絶対に無理です。だから、」


 あなた達の働きを、期待します。



―――そこには、私の知らない彼がいた。






 その後、簡単に今後の予定を確認し、すぐお開きになった。今日は顔合わせのみだったようだ。


「ゆすら」

 みんなが帰り支度をする中、恭一がこちらにやってきた。

「お前このあと、すぐ帰る?」

「うん、今日は部活休みだから」

「んじゃ、一緒に帰るか」

 彼の申し出に頷く。恭一とは帰る方向が一緒で、家も近いのだ。だから、朝迎えにくるようなことも出来るし、特に理由もなく当たり前のように一緒に帰れる。

「部活とか生徒会はいいの?」

「今日、陸上のアリーナまで行ってるらしくて、今さら参加出来ないんだよ。生徒会は水瀬に来んなって言われた」

「来なくていいじゃなくて、来んな、なの?」

 そうそう、と恭一は要領を得ないように頷いた。恭一にも水瀬の考えが読めないらしい。

「…まぁ、ラッキーってことで」



「なんかさぁー」

「んー」

 ゆすらの口から言葉と共に白い息が吐き出される。

「恭一、変わったね」

 それをボーッと眺めていた恭一は、ゆすらの言葉に驚いたように彼女自身に視線を移す。

「変わった?俺が?」

「うん。なんか、大分人前に立つのが…慣れてるね」

 様になってるね、と言うのは少し気にくわなかったので、言葉を変える。

「生徒会入ってんだし、嫌でも慣れるだろ」

「うん……」

 ゆすらが指摘したいのは、立ち振舞いも勿論だが、彼の言動についてだ。それを上手く伝える方法を考える。直接聞くのはゆすらの色々なものが邪魔するので、あまり言いたくなかったが先程目にしたことを話す。

「…そういえば、1年の女の子が恭一の言葉にやる気だしてたよ」

 ゆすらの言葉に恭一はひとつ瞬きをした後、そうか、と一言言った。声色こそ落ち着いてるが、口元をマフラーで隠すその姿は平常心とはいえないだろう。

 そんな彼を見つめるゆすらと目が合い、恭一は眉間に皺を寄せた。彼女の言わんとすることに気づいたらしい。

「水瀬だよ。アイツの近くに居ると色々影響されんの」

「なるほど」

 水瀬はその見た目にそぐわないおちゃらけた態度ばかりが目立ちがちだが、それだけでは生徒会長になどなれない。彼は人を惹き込むのがとても上手い。人柄は勿論、スピーチやディベートがとても上手いのだ。

 そう考えると、恭一があのように振る舞えたのも頷ける。


 けれど、置いていかれたような心地は完全には拭えない。


 置いていかれた、なんて元々同じ位置にいたかのような言い方だが、ゆすらの心境はそれがぴたりと当てはまった。

 ゆすらと恭一は幼い頃からずっと一緒にいる。共に歩んできた、は大袈裟かもしれないが、恭一のことは大体知っている自信があるし、彼の成長や失敗も間近で見てきた。だから、自分の知らないところで変わってしまっていた恭一を目にして動揺してしまったのだ。


 いや、動揺なんてものじゃない。自分の知らない彼がいるということへの不安、不満。


 一委員として自己紹介するくらいで緊張する自分とは比べ物にならない。


 大事な幼馴染みの成長を素直に喜べない自分にうんざりした。




 視線を落としてそんなことを考えていると、上から、そんなことよりさ、という言葉が落ちてくる。

「俺は、お前が委員になることを承諾した理由を聞きたいんだけど」

 見上げた恭一の顔はどこか不機嫌そうで首を傾げる。

「?別に。

 目立つのは得意じゃないけど、委員になりたくないっていうわけではないし。折角の高校最後の文化祭だから、色々経験してみるのもいいかなって。」

 ゆすらの答えにどこか不満そうな恭一に、他になにかあるの?と聞くと、彼はモゴモゴと口を動かした。

「いや、お前、水瀬になんか言われてから、一気に態度、変えたから」

「……。」

 ゆすらが恭一から視線をそらす。それに比例して、恐る恐るといった体だった恭一がどんどん強気に――躊躇っている場合ではないとでもいうように強気に問うてくる。

「なんて言われたわけ」

「え、えー……色々?」

 その色々が知りたいんだろうが、と詰め寄る恭一を意識の外に追いやり、そういえば藤子も聞いてきたな、と思い出す。

 今思うと、水瀬にまんまと乗せられたような気がする。自分が役に立つなら、と――いや、そんな崇高なものではない。水瀬は上手くゆすらの優越感などを擽

くすぐ

ってきたのだ。

 そんなことを言うわけにもいかず誤魔化すが、なかなか恭一は引いてはくれなかった。結局、どうしても気になるらしい恭一に、その帰り道は家に到着するまで尋問される羽目になった。








『二日目の企画について』とホワイトボードに整った綺麗な字で書いていく彼女の背中を見つめた。

 耳の横で2つにくくった黒髪が揺れる。彼女は猫目で、凛とした印象の強い顔立ちをしているから、少し幼いような髪型がひどく可愛らしく感じる。

 振り返った彼女と目が合う。少し彼女の目元がやわらいだ気がした。

 文化祭の前にも卒業式や入学式など、他の行事は目白押しだ。そちらが一段落着くまでほとんどの生徒会役員はそちらに回されているため、文化祭の準備を担当しているのはその内の数名。その内の一人は、目の前で進行を務めている1年の副生徒会長の篠原 ゆかりである。

 紫はゆすらと同じ美術部に所属しており、元々知り合いである。その性格のせいか年の違う相手になかなか踏み込めないゆすらにとっては珍しく、紫とは“ゆかちゃん”“ゆすら先輩”と呼び合うほど仲がいい。紫は年下とは思えないほど落ち着いていて、しっかりしている。

「去年は、クラス対抗カラオケ大会や……」

 そんな可愛い後輩が、人の前で堂々と仕切っているのはまるで自分の手柄のように誇らしい。頬が緩むのを必死に抑えながら紫に視線を向けていると、隣から肩を叩かれる。

 にやけているのがバレてしまったのかと内心ドキドキしながら振り返ると、そこにあった綺麗な顔に更に心臓が跳ねた。

「野々村さん」

 そこにはニコリと笑った男子生徒がいた。話し合い中のせいか、相手の声は小さい。

「あ、え、……はい、なんでしょう」

 ゆすらが焦ったように応えると、薄い唇が弧を描き、長い睫毛に縁取られた瞳が細められ、笑みが深まった。彼の色素の薄い髪がさらりと揺れる。その柔らかな笑みにゆすらは心臓をぎゅっと捕まれた様な感覚に陥る。

 相手はゆすらのことを知っているようだ。しかも親しげに笑いかけられている。


(え、え?誰?何で私のこと知ってるの?)


 ゆすらは突然のことに目を白黒させ、視線をさ迷わせた。体温が上昇していくのを感じる。因みに背中に流れた汗は冷や汗の類いである。

 大抵の人は目の前にいる美丈夫に笑いかけられている、ということに心臓を跳ねさすのだが、そうではないのがゆすらだ。いくら綺麗だろうが、不細工だろうが、知らない人は知らない人。知らない人は等しく怖い。それがゆすらである。人見知りの激しいゆすらにとって、今の状況は相手がどんな容姿であろうと苦行以外のなんでもないのだ。

 そんな挙動不審なゆすらに気を悪した様子も良くした様子もなく彼は世間話でもするように続ける。

「野々村さんはどうして委員になったんですか?」

「あ、ええと………水瀬くんに…誘われたからです…」

「へぇ、会長に。…優秀なんですね、野々村さんは」

 詰まりながら答えたゆすらの言葉に、彼は感心するように頷く。

 穏やかに微笑む彼とは反対にゆすらの心情は大荒れである。相手はゆすらのことを知っているようだが、これだけ会話をしていてもゆすらは名前が分からずにいた。まず同級生なのか、後輩なのかも分からない。

(なんでこの人はこんなに私に話しかけてくるの!?今話し合い中だよね?)

「そんな、んじゃないです……。えっと、」

 知り合いだったのかと問おうか迷っていると、彼はそれを悟ったようで笑って返した。

「あぁ、話したことはありませんよ。今日が初めてです」

「…はぁ」

 おずおずと頷くものの、理解できていない様子のゆすらに彼の口角が上がった。先程とは少し違うような笑みにゆすらの緊張が高まる。

「俺、野々村さんのこと、前々から気になってたんですよ」

「!?」


「錦」


 彼の言葉の意味を尋ねようとすると、冷たい声が降ってきた。

「今は話し合い中なので、不要な話はしないで下さい」

 冷たい声、といってもそれは客観的な考えであり、ゆすらにとっては救いの声だった。声の主は、前からこちらを見つめる紫である。

 すみません、とすぐ謝るゆすらに対して、彼――錦は一拍置いて最初ゆすらに見せていた柔らかい笑みで謝罪を述べた。

(錦……、あ)

 紫が口にした“錦”とは彼のことなのだろう。

 そしてやっとゆすらは彼のことを思い出した。

 彼も確か紫と同じ一年生の副会長だ。その肩書きでももちろんだが、その顔立ちと物腰からかとても有名だ(ゆすらは忘れていたが)。まず目を引くのはその整ったかんばせ、色素の薄い髪と瞳、そして柔らかい笑み。所謂イケメンである。彼は成績もいいらしく、常に学年トップの座にいるらしい。そんなハイスペックな彼のすごいところが、それを全く鼻にかけない爽やかな性格だ。礼儀正しく、ノリがよく、優しく、性格のいい彼は教師や女の子、同性にも好かれている絵に書いたような人気者。らしい。

 全て友人から聞いたことなので真実は定かではないが。

(そんな人がなんで私のことを知ってるんだろ?)

 もやもやとした気持ちを持て余し、こっそり隣――錦を窺う。


「!」


 勘づかれてしまったのか、錦の色素の薄い瞳がこちらを向く。話し合い中なので言い訳をすることも出来ず、何事もなかったかのように目をそらすにはガッチリ目が合いすぎている。軽くパニックに陥るゆすらに錦は優しく微笑んだ。そして、ゆすらから前方に、自然と視線を移す。

 年下に気を使われてしまったことに情けなさを覚えつつも、胸を撫で下ろす。確かに噂通り、彼は出来た子らしい。


(私、こんなんでやってけるのかな……)



「説明は以上です。

 何か新しい企画案などはありますか?」

 沈黙が落ちた。

 無理もない。顔が合わせて日も浅い。皆、周りを窺っているように思える。勿論ゆすらもその一人だ。

「………。」

 沈黙は時間が経てば経つほど断ち切れなくなるものだ。それを破ったのは、先程までゆすらの心臓を脅かしていた錦だった。

「はい。ミスターコンとかミスコンとかどうですかね?

 大学とかでよくあるじゃないですか。ああいうの楽しそうですよね」

 相変わらず朗らかな笑みは健在で、まわりに問いかけるように言う。固まっていた場の空気が一気に浮わつくのを感じる。周りとコソコソと話す声でざわつく。すると、それに被さるように野次が飛ぶ。


「錦ー、発案者がミスターになったりすんなよー」


 そちらに目をやると、声の主は驚くことに紫の隣に立っていた恭一だった。口調から軽いからかいなのは窺えるが、恭一がそういうことを言うなんて意外だ。目を丸くして恭一を見ていると、恭一がこちらを見てにやりとした気がした。

「まっさかー

 けどその時は清き一票をお願いしますね、長谷先輩」

 ケラケラと笑いながら錦は、ヒラリと格式張った礼をする。それにどっと場が沸いた。

 すると、「外部にも投票してもらったら面白いんじゃないかな」「クラス対抗なんてどうかな?」「それじゃ不平等じゃん」と次々意見が飛び交い始める。ゆすらも話がふられ、何言か発言する。

 気付いたときには、いつの間にか錦は席に着き、聞き役に徹していた。



「ゆかちゃん、あれって相談してたの?手伝うよ」

「ありがとうございます。あれ、とは?」

 先程出てきた意見をまとめていた紫を手伝いながら、ゆすらは尋ねる。

「ミスターコンとかミスコンとかのあれ」

「してたっちゃ、してた」

「うわ」

 突然声が降ってくる。うわってなんだ、と楽しげに笑いながら恭一はゆすらの前に座った。

「いい感じに持っていけよ、とは言ってた」

 それだけ?、と驚くゆすらに恭一は続ける。紫は気にした様子もない。

「まさか、あんな案あげるとは思わなかったけどな。しかもすんなり通るし。たぶん錦も流されると思ってたから内心焦ってたと思うぞ」

「?捨て案だったの?」

「じゃねーの?錦のおかげで話し合いはスムーズにいけたけど、あれ通ったら大変だなぁ」

 恭一ため息を吐きながら天を仰ぐ。水瀬くん好きそうだよね、と言うと更に深いため息が吐き出された。

「錦が出したんですから錦に担当させればいいんですよ」

「篠原、相変わらず錦に厳しいな…」

「そうですか?出来そうだから言ったんですが」

「はは…」

「錦くんは優秀なんだね」

 ゆすらがそう言うと、恭一は苦笑いし、紫は作業に取りかかった。


 突然のフリに応えれた恭一もなかなかだと思ったが、黙っておいた。


次話5/13更新予定

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