突撃ッ‼スライム君
ショートショートになります。(2,067字
ぼくは命を狙われている。この目の前のスライムによってだ。
市販でありそうな緑色のよくあるタイプのスライム。直径4~5センチほどのそれが、他のと違う点はひとりでに動くことと、移動経路にある物質を全て飲み込むということ。そして何より困ったのは、そいつの目標がぼくだということだ。ぼくが動けばスライムはそれに合わせて進路を変える。おそらくそいつはぼくを飲み込むまで止まることはない。だからぼくはこのスライムに命を狙われているのだ。
唯一の幸いはそいつがのろまってことだ。亀が歩くくらいの速さだから、逃げるのは容易い。でもいつかは追い付かれてしまうだろうから、ぼくが助かるにはスライムを倒すしか方法はない。
ひとまずはスライムの特性を知るために、実験をしてみることにした。例えばこいつはぼくがいる方角へと向かってくる。その道中に色々と障害物を置いてみることにした。折り紙、鉛筆、筆箱、ドミノ、植木鉢、玄関のドアの順にスライムが通過するよう調節をした。結果、ナメクジみたいに動くスライムに全部食べられた。とはいっても、床に敷いただけの折り紙は真ん中の通り道部分が無くなって切れ端二枚になっただけだし、それ以外のものも、スライムが通ったところだけが綺麗にくりぬかれたみたいになっただけだ。こいつが生き物ならば、案外行儀がいい奴なのかもしれない。それと植木鉢とドアに穴をあけたからお母さんに怒られた。
ちなみにふざけてドミノを列状に並べてみたら、全部綺麗にくりぬかれた。回り道を知らない愚直な性格なのだろう。けれどたくさんの実験のおかげで、そいつが物質を飲み込むときは、普段と比べてわずかに移動スピードが落ちることを発見できたのは大きかった。木でも鉄でも食べる時間はさほど変わらないから、きっと雑食なのだろう。それがわかってからは、ぼくはうしろにものをたくさん撒いて逃げることにした。
でも一人で逃げるのはだんだんと難しくなってきて、ぼくは大人を頼ることにした。すると事情を知った大人たちは車でぼくを遠くの場所へと逃がしてくれた。久しぶりのスライムを気にしない生活はとても快適だった。けれどそれも長くは続かなかった。どこにいっても迎えに来るそいつを目にしたら、ぼくはまた移動を繰り返す。車から電車や飛行機へ、市から町や県へ、移動距離を増やしても、ぼくの余裕は次第に失われていった。ついに海を渡ったときには、なんとなくもう追って来られないだろうと思ったけれど、次の日に何事もなくやってきたときには思わず腰をぬかしてしまった。そして少しずつではあるけれど、スライムの移動スピードが上がってきていることもぼくを焦らせた。
でも悪いことばかりじゃなかった。政府の偉い人たちが、ぼくをスライムから守ってくれると言ってくれたのだ。どうやらぼくを追っていたスライムが、道行く車や電車、建物を食べたせいで多くの被害が出ていたらしく、国家としてこの問題に取り組むことを発表したのである。そしてそれだけではなく、世界中の国々もぼくをスライムから守ることに賛同してくれたのである。ぼくは各国の協力を経て世界中を飛び回り、その間に世界の科学者たちがスライムを撃退するために知恵を振り絞ることとなった。今や世界中の人々がぼくの味方だった。
ニュースでは毎日スライムのことが報道されて、あれは地球を支配するために来た侵略生命体であるとか、自然現象の類であるとか、研究者たちの様々な意見が紹介されていた。でもいつまでたってもスライムを止める手がかりは見つからなかった。しだいに今日はこんな実験をしましたとか、スライムはどれくらい移動して今はどこにいますといった情報を、ニュースの最後に付け加えるにとどまった。
その後も研究は続けられたが、根本的な解決策はやはり見つからなかった。最後の砦と言われた核ミサイルをもってしても、スライムを打ち消すことは叶わなかった。そしてその頃から人々の間に、ぼくをスライムに食わせれば活動は止まるのではないかという憶測が広がった。最初はぼくを庇ってくれた人々も次々と減って、気付けばぼくは一人になった。世界中がぼくに人柱になるよう求め、ぼくも確かにそれしかないなと納得した。だから死ぬ前に思い残しがないよう一つだけお願いをして、ぼくは最後の実験をすることにした。
結論から言えば、実験は成功だった。
ぼくがやったのは飛行機を借りて、地球を挟んでスライムの真反対に移動するということだった。すると案の定スライムは地中に潜り、地球を貫いてぼくの元へと向かおうとしたらしい。スライムはあくまで座標上の最短距離を進むだけであって、障害物を回避して到達時間を短縮するといった行動を執らないことは、ドミノの実験で予想していた。結局スライムがどうなったのかは誰にもわからない。おそらくはマントルに焼かれて融けて消えてしまったのだろう。でももしかすると次の瞬間には、地球を食い破ってぼくの前に現れるかもしれない。そのときはきっぱりあきらめて、おとなしく食べてもらうことにしようと思う。