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 その国には、年に一度、か細き星の加護さえ失せる時がある。


「いずれ、そう遠くない時に、お前もわたしと同じになる」

 幼くも老いた声は淡々と告げた。

 小柄な体躯の足元、赤々と燃え盛る炎に切り取られた影は、不気味なほどの存在感を持つ。

「選ぶなら、早い方がいいのだ」

 荒ぶる魔物たちの咆哮が木霊する中、そう大きくもないその声は、不思議と耳に届いた。

 天をも焼き尽くさんと燃ゆる火炎を背に、やや影のかかった顔は奇妙に静謐(せいひつ)

 幸運にも炎に包まれるに留まった魔物の足掻(あが)きさえ、停滞した倦怠(けんたい)払拭(ふっしょく)するには至らない。

「——引き返せなくなるから」

 神域から溢れだした、猛り狂った魔物にも。

 それらに滅びをもたらす火焔にも。

 干渉を許すことのない極めて稀な一人は、世界から切り取られたように佇んでいた。


 ◆◆◆


 広いような狭いような空間には、様々な物が浮いていた。

 何もないはずの虚空に(はりつけ)にされたそれらは、武器であり防具であり道具である。

 禍々しい物があれば、神々しい物もある。

 共通して言えることは、それらが放つ圧倒的な存在感だろう。

 けれどまた、それらはどれも、静寂の中に身を(ひた)し、微睡(まどろ)みの中をたゆたっている様でもあった。

 常人ならば発狂しそうな、異様な聖性と妖気が入り混じる場所。

 その中にぽつんと、忘れかけた日常のように、何の変哲もない椅子と卓が置かれていた。

 そこに座っていたのは、二人の人物。

 血縁であるのか否かは定かではないが、二人とも、同じ濃い目の茶色の瞳と髪を有していた。


「——どうか、覚えていてください」

 どこか泣き出しそうな女の懇願(こんがん)に、子供は目を伏せた。

「お前も、わたしを置いていくのだな」

 声変り前特有の高い声は、すり切れた感情の残りかすだけを含む。

 束の間おちる沈黙。

 子供は天を仰ぎ、諦観のこもった溜息を吐いた。

「わたしは、いつになったら狂えるのだ?」

 その幼さには似合わぬ、遠くを見る眼差しは、酷く老い、ただ(うつ)ろを見据える。

 女は、ほんの(わず)躊躇(ためら)い、そっと子供の手にその掌を重ねた。

 そう遠くないうちに消えてなくなる温もりは、子供の心を慰めはしない。

「生きていて、ください」

 残酷だと知ってなお、女は子供に願う。

 それは、己のためで、子供のためだ。

 遠い遠い約束と同じく。

 置いて行かれるばかりの子供は、訪れるだろう別離を思い、瞼を閉じだ。


 死ぬな、と言われたから死ななかっただけだ。

 それが気付けば、覚えていてくれ、という声で、腕の中が溢れかえっていた。

 捨てたくないのなら、抱え続けるしかないのだろう。

 生きる限りは。


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