七
その国には、年に一度、か細き星の加護さえ失せる時がある。
「いずれ、そう遠くない時に、お前もわたしと同じになる」
幼くも老いた声は淡々と告げた。
小柄な体躯の足元、赤々と燃え盛る炎に切り取られた影は、不気味なほどの存在感を持つ。
「選ぶなら、早い方がいいのだ」
荒ぶる魔物たちの咆哮が木霊する中、そう大きくもないその声は、不思議と耳に届いた。
天をも焼き尽くさんと燃ゆる火炎を背に、やや影のかかった顔は奇妙に静謐。
幸運にも炎に包まれるに留まった魔物の足掻きさえ、停滞した倦怠を払拭するには至らない。
「——引き返せなくなるから」
神域から溢れだした、猛り狂った魔物にも。
それらに滅びをもたらす火焔にも。
干渉を許すことのない極めて稀な一人は、世界から切り取られたように佇んでいた。
◆◆◆
広いような狭いような空間には、様々な物が浮いていた。
何もないはずの虚空に磔にされたそれらは、武器であり防具であり道具である。
禍々しい物があれば、神々しい物もある。
共通して言えることは、それらが放つ圧倒的な存在感だろう。
けれどまた、それらはどれも、静寂の中に身を浸し、微睡みの中をたゆたっている様でもあった。
常人ならば発狂しそうな、異様な聖性と妖気が入り混じる場所。
その中にぽつんと、忘れかけた日常のように、何の変哲もない椅子と卓が置かれていた。
そこに座っていたのは、二人の人物。
血縁であるのか否かは定かではないが、二人とも、同じ濃い目の茶色の瞳と髪を有していた。
「——どうか、覚えていてください」
どこか泣き出しそうな女の懇願に、子供は目を伏せた。
「お前も、わたしを置いていくのだな」
声変り前特有の高い声は、すり切れた感情の残りかすだけを含む。
束の間おちる沈黙。
子供は天を仰ぎ、諦観のこもった溜息を吐いた。
「わたしは、いつになったら狂えるのだ?」
その幼さには似合わぬ、遠くを見る眼差しは、酷く老い、ただ虚ろを見据える。
女は、ほんの僅か躊躇い、そっと子供の手にその掌を重ねた。
そう遠くないうちに消えてなくなる温もりは、子供の心を慰めはしない。
「生きていて、ください」
残酷だと知ってなお、女は子供に願う。
それは、己のためで、子供のためだ。
遠い遠い約束と同じく。
置いて行かれるばかりの子供は、訪れるだろう別離を思い、瞼を閉じだ。
死ぬな、と言われたから死ななかっただけだ。
それが気付けば、覚えていてくれ、という声で、腕の中が溢れかえっていた。
捨てたくないのなら、抱え続けるしかないのだろう。
生きる限りは。