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枯れた花冠はあなたに  作者: 詞乃端
番外編
26/28

リオン君による某主従の観察記録〈某伯爵について〉

*根本的な精神構造が違う人の話のため、軽く鬱かもしれない。R15相当の残酷・流血描写有。苦手な方は、ご注意ください。

「ねぇねぇ、あれは殺さないの?」

 ひょこひょこと、二つに括られた赤銅色の髪が、主の動きに合わせて楽しげに揺れる。

 髪を括る刺繍入りの飾り紐は、主君の手製で、少女のお気に入りの品である。もう一人の臣下がそれを奪い取ろうとして、少女に殴り飛ばされたという、少々いわくつきの代物だ。

「殺さないの?」

 弾むような足取りで歩く少女は、無邪気に笑って『彼』に問いかけた。

「……殺さない」

「取り込んじゃえばいいのに」

「…………取り込んだら、乗っ取られる……」

「つまんないなぁ」

 そう言って、少女は(くちびる)を尖らせた。少女は、彼女の主君に仕えるもう一人を非常に忌々しく思っているらしい。もし『彼』が少女の言葉通りにもう一人を排除したとしたら、彼女は快哉をあげ、それから嬉々として『彼』を抹消しにかかるだろう。もう一人に近いものは、すべからく少女の抹殺対象なのだ。例外は、彼女の主君に必要なものだが、生憎と『彼』は少女にとって替えの利く道具でしかない。

 豪華(ごうか)絢爛(けんらん)な回廊を歩く少女は、明らかにその場から浮いていた。

 二つに括った赤銅色の長い髪が、というわけではなく。

 赤と黒を基調とし、あちこちにレースがあしらわれた、膝丈のドレスが、というわけでもなく。

 ただ、少女の放つ気配が、生の謳歌を体現する回廊の様式とあまりにも不釣り合いだった。

 愉しげに歩いている少女であるが、その実、石畳の回廊にその足音は響かない。

 生身であるはずの少女は、けれど傍から見れば、幽鬼かなにかと間違われてしまいそうである。

 回廊の先に、重量感のある扉が見えた。

 少女と『彼』の目的は、扉の向こうにある筈だった。


 ——……は……じな……。気……るい……。


 以前より遥かに鋭敏化した感覚に引っかかった情報に、『彼』を構成する泡沫が震えた。

『彼』の存在を、根底から揺り動かすそれは。


 少女の体が跳ねた。

 (すさ)まじい轟音(ごうおん)

 そして、ひしゃげた金属製の扉の向こうにあるものは。


 ——嗚呼。


 それは、『彼ら』の地獄の再来の様だった。


 ——こんなにもヒトは。


 酸鼻極まる光景が広がる。

 辛うじて原型を留めた首に張り付くのは、苦痛に満ちた絶望。


 ——残忍に。


 余りにも当たり前のような顔で立っている人々。

 談笑するように、笑みさえ浮かべて。


 ——醜く。


「ねぇねぇ」

 日常になりかけたおぞましい非日常に、少女の声が明るく響いた。


 狂っているのは、一体誰?

 ふと、『彼』の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

 ——そんなセカイを肯定する相手なのか。

 ——そんなセカイを否定する彼らなのか。


 ヒトの皮を被った悪鬼共に、ヒトのカタチをした魔が無邪気に告げる。

「あっそびぃ~ましょぉ~」


 昔々、誰かが気付いた。

 狂いきってしまえば、その後はもう、狂うことはないと。


 ◆◆◆


「我が君、たっだいま~っ!」

 実に機嫌良く、少女はその場に降り立った。


 人で溢れかえっている筈の謁見室は、一瞬でしんと静まり返る。

 恐怖と緊張感を孕む静寂。

 床から一段上にある、虚飾に彩られた玉座には、少女の主君が座していた。

 深紅の衣装を身に纏う、まだ年若い女。

 雄に愛でられるに相応しいだろう大輪の華は、どこか気だるげな蠱惑と、周囲を圧倒する威を併せ持つ。

「我が君~っ」

 その膝の上に、少女は真っ先に飛び込んだ。

「お帰りなさい、コーディリア」

 女王は、艶やかな笑みを浮かべて第一の忠臣を労う。

 主君に頭を撫でられ、少女は子猫のように喉を鳴らした。

「我が君、私、たくさん頑張ったんだっ」

「そう」

 主君に撫でられ、にこにこと笑う少女と彼女に微笑む女は、姉妹のようにも見える。

「あのね、我が君、お土産っ!」

 ——少女が鷲掴みにしている、生首の束がなければ。

「コーディリア、お疲れさま」

 既に無機物と化した眼差しに、女の微笑は揺るがない。


「——う、あ……」


 ある意味酷く滑稽(こっけい)な主従の茶番に、水を差すように。

「——ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!」


 叫び。


 ——驚愕。

 そして、それ以上に絶望を含む——。

 今まで立っていたものが完膚なきまで崩れ去った者が、出す声だった。

 狂ったように、隣国の使者は叫ぶ。

 それまでの、傲慢(ごうまん)の仮面は砕け散っていた。

 頭を()(むし)り、獣のように咆哮して、滂沱(ぼうだ)の涙を流す。

 その行動は、早くも狂気に蝕まれているようにも見えた。

 それでも、むしろ使者は幸運だったかもしれない。

 今まさに戦をしかけようとした相手に、自国の指導者たちや——何より、勝利のための切り札たる人間の生首を差し出されたならば、むしろ正気でいた方が不運だろう。

 そして、それを言うなら、彼はこの上なく不運であった。

「——コ、ウ……? ……なん、で……」

 呆然と立ち尽くす、一人の青年。

 彼について説明するなら、英雄譚の哀れな脇役だ。

 勇者召喚に巻き込まれただけの一般人。

 激変した世界に付いていけず、流されるままにこの場に立っていた異邦人に、女王は残酷に告げた。

「貴方たちは、何と戦うつもりだったの?」

 傲慢な言葉には、ひれ伏さずにはいられない威と、微かに憐憫が籠っていた。

「剣を向けた相手を許容するほど、私は慈悲深くないわ。——私には、誰かを滅ぼす力しかない。だから、百人を死に追いやる一人を殺して、この国の百人を生かしましょう」

 ふっと、女王の口の端が歪む。

「——物語の主役のまま死ぬことができた方が、幸せだったのでしょうね。哀れな落人」

 知っていたのだ、と、麻痺した思考の中、青年は思う。

 ——残虐王に率いられた悪の王国を討つ為に、異界より招かれた選ばれし勇者。

 理不尽な現実を、有り触れた物語に重ね合わせ、友人は自ら創り出した虚構の中に逃げ込んだ。

 逃げ込み、自覚のないまま、おかしくなっていって。


 そして、友人がしたことは。


 ——巻き込まれた客人(まろうど)に罪があるというのなら、それは、積み重ねられる咎から目を背けていたことであろう。

 失われた数多の命を前にして、傍観していただけという言い訳は、通用しないのだから。


「ねぇねぇ、我が君。これ、ちょうだい」

 少女が無邪気に笑いながら、青年を指差す。

「どーせ誰もいらないんだから、べつにいいでしょ?」

 未だ幼さを残す声は、無慈悲な言葉を紡いだ。

「好きになさい」

 立ちすくむ異邦人を見る女王の目には、何の感情もなかった。


 ◆◆◆


 ほかほかと湯気の漂う、焼き立ての菓子。

 それを頬ばる少女の顔には、でかでかと至福の二文字が刻まれていた。

「ん~」

 蕩けそうな笑顔で口の中のものを咀嚼する少女には、世を震撼させる血に塗れた断罪者の面影など一欠片も無い。

 力の代償に自らの『時』を差し出した少女は、食事をとる必要が無く、味も分からない筈だ。しかし、ご褒美代わりにねだった主君手製の品となると話は変わるらしい。

 元々ただの町娘だった少女の主君は、時折、以前の生活を懐かしむように、料理に手を出す。

 そして大概少女が、その料理を平らげるのであった。

 ……ちなみに、女王に仕える片割れの男の方は、毎回『まず我が君を味わいたい』などと抜かして主君を寝所に引っ張り込むため、常に彼女の手料理を食いっ(ぱぐ)れていた。

「いいのか?」

「ん?」

「あれを生かしておいて」

『彼』の問いを、少女は鼻で嗤った。

「あれは、反抗する気概も意思もないよ。それに、貴重な落人だもん。ちゃ~んと有効活用しないとね」

 落人は、この世界に堕ちてきた異邦人のことだ。招かれた勇者とは異なり、彼らが故郷へと帰ることはできない。その代価なのか、落人は招かれた勇者などより余程強力な力を得るのだ。


『彼』は、落人の先を聞こうとはしなかった。


「今度はイチゴのケーキがいいな~」

 うきうきと、次のご褒美を考え始めた少女に、振るわれる時の禍々しさは無い。

 主君殺し。

 そのように望まれたが故に、そう在ろうとした帰着の一つ。

 少女の歪を知る度に、求めざるを得なかった血筋の業の深さを『彼』は知る。


 それでも、狂えた少女は、幸いだったかもしれなかった。


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