番外編『星なし時に頑張る子供』その6
「むぎゅっ」
襟首を掴まれた子供は、べりっと娘から引き剥がされ、そのまま地面に放りだされた。
三度地面に転がった子供に、娘を抱え込んだ男が絶対零度の視線を送る。
自分の扱いがあんまりすぎて哀しくなるが、暗黒の念を漂わせている男に子供は何も言えなかった。
防御力に自信がある子供だったが、男の殺気に何故か命の危険を感じたのである。
非常事態の最中だったが、思わず遠い目をしてしまった子供であった。
「……ありが、とう、ござい、ました」
掠れた声で紡がれた、娘の感謝の言葉に、子供は首を振った。
「今回は運が良かったのだ」
娘の暴走により空いた、炎の壁の隙間。
そこから神域の魔物が飛び出すよりも早く、その穴を埋める様に、子供の障壁が展開された。
骨はおろか、時には魔法さえも焼き尽くす劫火に、けれど、その壁は揺らぎもしない。
「多分、お前は神器と近すぎるのだろう」
子供の、幼子特有の大きな目に湛えられた色は、覗き込み続けた深淵と同じく、深く、深く、深く、——深い。
「いずれ、そう遠くない時に、お前もわたしと同じになる」
幼くも老いた声は淡々と告げた。
小柄な体躯の足元、赤々と燃え盛る炎に切り取られた影は、不気味なほどの存在感を持つ。
「選ぶなら、早い方がいいのだ」
荒ぶる魔物たちの咆哮が木霊する中、そう大きくもないその声は、不思議と耳に届いた。
天をも焼き尽くさんと燃ゆる火炎を背に、やや影のかかった顔は奇妙に静謐。
幸運にも炎に包まれるに留まった魔物の足掻きさえ、停滞した倦怠を払拭するには至らない。
「——引き返せなくなるから」
神域から溢れだした、猛り狂った魔物にも。
それらに滅びをもたらす火焔にも。
干渉を許すことのない極めて稀な一人は、世界から切り取られたように佇んでいた。




