表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
枯れた花冠はあなたに  作者: 詞乃端
番外編
19/28

番外編『星無時に頑張る子供』その3

「……つ、ついたのだ……」

 ぜーはーぜーはーと、荒い息を吐きながら、子供は呟いた。

 子供がいる場所は、王都の外、神域、或いは魔の森と呼ばれる大森林の間際である。

 子供が大霊廟から出たのは三日前。

『教会』の退魔士に浄化させられそうになったり、修行僧に(はら)われそうになったり、どこかの騎士に退治されそうになったりと、諸々の妨害はあったが、何とか星無時の前に神域に辿(たど)り着くことができた。

 大荷物を引き()ってきた疲労こそあるものの、子供には傷一つついていない。目的地に来たことに達成感を覚えたが、子供がやるべきことはまだ始まってすらいなかった。

 ところで、子供がいる場所は、大霊廟から大人の足で徒歩30分ほどの距離がある。

 息を整えた子供は、いと深き大森林を見上げる。

 数百年単位の年月を経た大樹が生い茂る森は、平素のあらゆる生命の(ざわ)めきを内包する静寂から一変し、酷く張りつめた気配が漂う。

 限界まで張りつめた緊張の糸が切れた時が、星無時の始まりである。

「——リチャード王子、ですか?」

 年若い娘の声に、子供は振り返った。

 子供の視線の先にいたのは、三人の人物。

 深紅の衣装を身に(まと)った娘に、銀縁の片眼鏡(モノクル)をかけた貴族風の男、そして、赤銅色の瞳と髪の少女だ。

「……(おう)(しょう)……」

 娘の問いかけには答えず、複雑な表情で、子供は呟いた。

「ようやく、己が主君を見出したのだな……」

 子供の言葉に、少女は冷めた眼差しを返しただけだった。

「——それで、わたしに何の用なのだ?」

「——御礼を」

 そう言って、娘は子供に向かって頭を下げた。

「星の加護さえ絶えた時に、王都を守護し続けてくれたこと、感謝します」

「……紅姫に聞いたのか?」

 (うなず)く娘を見て、子供は瞑目(めいもく)した。

「礼を言われることではないのだ。それは、わたしが勝手にしていたことなのだ。……お前も、分かっているのだろう? わたしたちは——」

 子供の声に重なるように、神域の奥から、幾重にも連なった咆哮が(とどろ)く。

 腹の底まで響いてくるそれに身を硬くする娘に対し、子供は神域へ顔を向け、僅かに目を細めるのみ。

「——星無時が、始まるのだ」

 神域から、濃密な気配を伴った何かが、急速に流れ出して来る。

 その流れをせき止める様に、不可視の障壁が展開された。

 子供は急いで自分が引き摺ってきた銃器の下へかけよると、可能な限り素早く神域の方へ銃口を向けた。

「む~」

 腕をプルプルと振るわせながら、ヨタヨタと銃口を移動させる子供の姿は、思わず声援を送りたくなるものがある。

「頑張れ~」

 王鞘たる少女の応援に、子供が応える余裕はなかった。

「……あの、迎撃は、私が行いますけど……」

 頑張る子供に、娘が恐る恐る声をかける。

「むぅ」

「え?! なんで? 我が君、この子、生まれたての子ヤギみたいに頑張ってるのに!」

「生まれたての子ヤギ並に頼りなく見えるのだが」

 子供を指差し騒ぐ少女に、男が突っ込んだ。

(うるさ)い。黙れ。小童(こわっぱ)が」

 男に対する少女の口調は、娘に対する年相応のものから一変し、聞くだけで背筋が寒くなるような冷え切ったものだった。

「……適材適所というやつなのだな」

 子供は肩を落とし、諦めたように言った。

 元々自分が戦闘に致命的なまでに向いていないのは、身に染みている。

 子供の言葉に娘が浮かべた笑みは、何処か諦観(ていかん)(にじ)むものであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ