番外編『星無時に頑張る子供』その3
「……つ、ついたのだ……」
ぜーはーぜーはーと、荒い息を吐きながら、子供は呟いた。
子供がいる場所は、王都の外、神域、或いは魔の森と呼ばれる大森林の間際である。
子供が大霊廟から出たのは三日前。
『教会』の退魔士に浄化させられそうになったり、修行僧に祓われそうになったり、どこかの騎士に退治されそうになったりと、諸々の妨害はあったが、何とか星無時の前に神域に辿り着くことができた。
大荷物を引き摺ってきた疲労こそあるものの、子供には傷一つついていない。目的地に来たことに達成感を覚えたが、子供がやるべきことはまだ始まってすらいなかった。
ところで、子供がいる場所は、大霊廟から大人の足で徒歩30分ほどの距離がある。
息を整えた子供は、いと深き大森林を見上げる。
数百年単位の年月を経た大樹が生い茂る森は、平素のあらゆる生命の騒めきを内包する静寂から一変し、酷く張りつめた気配が漂う。
限界まで張りつめた緊張の糸が切れた時が、星無時の始まりである。
「——リチャード王子、ですか?」
年若い娘の声に、子供は振り返った。
子供の視線の先にいたのは、三人の人物。
深紅の衣装を身に纏った娘に、銀縁の片眼鏡をかけた貴族風の男、そして、赤銅色の瞳と髪の少女だ。
「……王鞘……」
娘の問いかけには答えず、複雑な表情で、子供は呟いた。
「ようやく、己が主君を見出したのだな……」
子供の言葉に、少女は冷めた眼差しを返しただけだった。
「——それで、わたしに何の用なのだ?」
「——御礼を」
そう言って、娘は子供に向かって頭を下げた。
「星の加護さえ絶えた時に、王都を守護し続けてくれたこと、感謝します」
「……紅姫に聞いたのか?」
頷く娘を見て、子供は瞑目した。
「礼を言われることではないのだ。それは、わたしが勝手にしていたことなのだ。……お前も、分かっているのだろう? わたしたちは——」
子供の声に重なるように、神域の奥から、幾重にも連なった咆哮が轟く。
腹の底まで響いてくるそれに身を硬くする娘に対し、子供は神域へ顔を向け、僅かに目を細めるのみ。
「——星無時が、始まるのだ」
神域から、濃密な気配を伴った何かが、急速に流れ出して来る。
その流れをせき止める様に、不可視の障壁が展開された。
子供は急いで自分が引き摺ってきた銃器の下へかけよると、可能な限り素早く神域の方へ銃口を向けた。
「む~」
腕をプルプルと振るわせながら、ヨタヨタと銃口を移動させる子供の姿は、思わず声援を送りたくなるものがある。
「頑張れ~」
王鞘たる少女の応援に、子供が応える余裕はなかった。
「……あの、迎撃は、私が行いますけど……」
頑張る子供に、娘が恐る恐る声をかける。
「むぅ」
「え?! なんで? 我が君、この子、生まれたての子ヤギみたいに頑張ってるのに!」
「生まれたての子ヤギ並に頼りなく見えるのだが」
子供を指差し騒ぐ少女に、男が突っ込んだ。
「煩い。黙れ。小童が」
男に対する少女の口調は、娘に対する年相応のものから一変し、聞くだけで背筋が寒くなるような冷え切ったものだった。
「……適材適所というやつなのだな」
子供は肩を落とし、諦めたように言った。
元々自分が戦闘に致命的なまでに向いていないのは、身に染みている。
子供の言葉に娘が浮かべた笑みは、何処か諦観が滲むものであった。