余
ゾンビ系のグロテスクな描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
数百年単位の年月を経た大樹が生い茂る森の、奥深く。
大森林には珍しい、光溢れる草地に、湿った嫌な音が響いた。
女の亡骸を抱えたまま草地に横たわる男の躰は、急速に腐敗の度合いを進めている。
最早、中途半端に甦った腐りかけの不死者と大差ない状態だ。
虫の息の男の顔に、ふと、影が落ちた。
多少なりとも気配を感じられたのだろう。
男が、かろうじて首を動かす。
男の光が失われた瞳に、しゃがんで男たちを覗き込む、子供の姿が映った。
濃い目の茶色の髪と瞳。古風な意匠の衣服が覆う肌は、妙に白い。
大の大人であっても、気の弱い者なら失神しかねない男の惨状に、けれど、子供は目を逸らすことはなく、その眼差しの静寂は揺るがない。
周囲に漂っている筈の凄まじい腐臭にも、子供は応えた様子がない。
「……満足なのか?」
酷く老成した幼い声が、男に問いかける。
男の聴覚はまだ動いていたらしい。
にぃっと口の端をつりあげた男の頬が、腐り裂ける。
最期、長い吐息と共に動いた男の唇を、子供が見逃すことはなかった。
終わりを見届けた子供は、ゆっくりと立ち上がる。
「紅姫、死なせた相手を、もう自分だけのものだと言って、笑って死ねる激情とは、一体どんなものなのだろうか?」
「……妾に聞くでないわ」
子供の問いかけに、苦々しげに答える声があった。
振り向いた子供の目に映ったのは、鮮やかな紅。
目の覚めるような豊かな紅の髪。強い光を放つ黄金の瞳。髪と同色の衣装は、白い肌によく生える。
子供が生まれる前から神域に座し続ける、麗しき少女神。
「いくらともに在ろうと、人の心とは解せぬものじゃのう」
三人分の死体を眺めながら、地神は物憂げに呟く。
見限ることができたなら、逃げ出してしまえたのなら、なかっただろう光景を記憶に刻んで。
「——どいつもこいつも、どうして貧乏くじと知りながら、すり切れるまで歩き続けるのじゃろうな……」
そう独白する地神の表情は暗い。
笑って。
最後まで。
振り返ることなく。
そのまま、掌から零れ落ちていった者達。
子供と同じく、地神もまた、置いて行かれる側であった。
項垂れる地神を見ながら、その死を悼む者がいれば、多少なりとも幸運だろうと子供は思う。
自分達は、本来、排除されるべき異物なのだから。
「わたしたちは、きっと、どこかがおかしいのだ」
みんな、みんながそうだった。
嘆きを知り。
怒りを知り。
憎悪を知り。
絶望を知り。
それでも、秤にかけ、切り捨てて、顧みない。
例え、己が命であれど。
振り切って。
信じて。
歩ききって。
良いのか悪いのか、答えを出せぬまま。
「——誰かの幸せを願いながら、いつだって、誰かを殺す選択をする」
自らの意思によって、血塗られた掌。
その手が無垢であった時に、願いを束ねて作った花冠をずっと握りしめていた。
けれど。
みずみずしさを湛えていた花冠はとうに枯れ果て、今では、花冠を捧げたかった相手さえ、朧気に霞んで見えなくなってしまった。