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自殺・グロテスク+ホラー系の呪い&ゾンビチックな描写がありますので、苦手な方はご遠慮ください。

 (わら)う、(わら)う、男は笑う。

 あまりにも呆気ない幕切れも、都合良く踊った人間達も、全て笑い飛ばして。

 笑う、嗤う、哂う。

 愛おしい女の亡骸を抱え、男は、腹の底から湧き上がる歓喜のままに笑い続けた。

「我が君」

 不意に響いた、男が聞き慣れた少女の声は、いつもより精彩を欠いていた。


「我が君」


「我が君」


「——我が君」


 何度も主君を呼ぶ少女は、涙も無く泣いている様だった。

 華奢な掌が、温かみを失った頬を撫でる。

「もう、私、いらなくなっちゃったね……」

 少女は、細く長い溜息を吐いた。

 外見上は十代半ばの少女だったが、その時ばかりは何十年も年を重ねた老婆のように見えた。

「……我が君の所にいかなくちゃ」

 それを主君が望まなくても、少女はそれを望んだのだった。

 ただ独りに従い続けたことで、必然的に長い時間を共にした男と少女。

 交わした視線には、互いに理解はあっても共感はなかった。

「またね」

 にっこりと笑った少女は、一瞬後、自ら作った血溜りの海に沈んだ。

 その為に生き、その為に死ぬ。

 ——それ以外の生き方を知らなかったことは、少女の幸運であり不運であった。


 男が少女の首に手を伸ばしたのは、小指の爪の先ほどであれど、同族意識を抱いていたせいだろう。

 けれど、男の手は、少女の元に至ることはなかった。


 べちゃり、と。


 腐り落ちた男の腕が、床をさらに汚した。

「おやおや……」

 男は、己の腕だったものを他人事のように眺める。

 仕方がないことである。むしろ、よくぞもってくれたという気持ちの方が強い。

 人を呪わば、穴二つ。

 その言葉の通り、術者が己を切り売りして行うのが、呪術の神髄(しんずい)である。

 この十年近く、呪術を以て他者を害し続けた男の体は、いつ崩壊してもおかしくないほど損耗(そんもう)していたのだ。

「……どうして、そこまで……」

 絞り出すような声に、男はその場にいたその他の存在を思い出す。

『次』の候補者に目を向けてみるものの、(かすみ)がかった男の視界では、相手がどのような表情をしているのか判別することは叶わなかった。

 男の記憶にある面差しは、愛しい女に似た、苦手で、どうしようもなく憎たらしいもの。

 不意に、嗜虐性(しぎゃくせい)を刺激され、男は口の端に意地悪気な笑みを浮かべた。

「愛しき我が君が望んだのだよ」

 そう、全て、男の腕の中の女が望んだことだ。

 その手を汚すことも、あらゆる憎悪をその身に受けることも、——次代へ道を繋げるための死も。


 男が望まぬ全てを。


「だけどっ」

「——『そんな事をする必要は無かった』?」

 男の低い声には、他者を沈黙させる昏い熱が(たぎ)っていた。

 くつくつと、男は嗤う。

「ああ、そうだとも。この様なことをする必要などどこにもなかった。……どうして私は、愛する女が(はら)んだ我が子を諦めなければならなかったのだろうね?」

 そして、どうして、性別すら分からない我が子を、愛する女を殺めるための触媒にしなければいけなかったのか。

 愛する女に隠し通してきた憤怒(ふんぬ)は、(くすぶ)り続ける火種のように、消えることがなかった。

 分かっている。

 分かっている!!

 (うみ)を出しながらの立て直しを図るには、故国に残された時間はあまりに少なかったことも。

 腐り果てた部位を、誰かが切り落とさなければいけないことも。

 あまりにも汚名を被った女にも、その血を引き継ぐ人間にも、『次』での居場所が存在しないことも!!!!


 ——だから、すべての幕引きは、女の死を以てなされると、始まりの時より決定されていた。


 泣きたくなる程、強かった女王。

 彼女は、己と我が子を故国の礎と成すのに、(いささ)かも躊躇(ためら)わなかった。

 自らの最期(おわり)を定めた後、自分と彼らの子のために泣いて、それきり、泣くことのなかったひと。

 ……もし、彼女がもう少し弱かったのならば、愛する女を自分だけのものにできたのだろうか。

 そんなあり得ぬ仮定を、男は何度も繰り返した。

 女の強さを秘めた瞳に、男はどうしようもなく惹かれたのだけれど。


 ぐらり、と世界が揺れ、男は己の命の残渣(ざんさ)を知る。


 そして、男は凄絶な笑みを浮かべ、片手で女を抱いたまま、不恰好に一礼する。

 これからを歩む相手に、なるべく傷を刻み付けるよう、念を込めながら。

「それではさよならだ、見事に踊ってくれた能無し諸君。精々足掻くことだね」

 視界は暗い。何も見えない。

 それでも、安らぐ色を思い浮かべようとした。


 男の影が揺れたと同時に、人面で構成された異形の獅子が出現した。

 その獅子はおぞましくも、どうしてか哀しいもののように感じられる。

 笑う男の口から、ごぽりと、赤が(あふ)れる。

「リオン君、手間を、かけるね」

「仕方がない」

 嘗て非業の死を遂げた青年を核とした統合人格は、淡々と答える。

「お前たちに付き合おうと思ったのは、『おれ』なのだし」

 複雑な色の笑みを浮かべた男は、口を開いて、しかし、吐息だけを(こぼ)す。

 澄んだ青は、望みの残骸を抱える男を映すと、静かに閉じられた。

 空間が捻じれるような、異様な感覚の後、がらんどうの玉座には、ただ血溜りだけが残されていたのだった。


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