九
誰もいない城内。
彼らの足音だけが、無音の中に響く。
じわじわと湧き上がる不安。
それが、仲間達とは質が異なるものであろうという事実から、彼は目を逸らしていた。
***
扉が開く音が、豪奢なだけの広間に虚ろに響く。
待ち人の到来を知り、独り、虚飾に彩られた玉座に腰かけていた女は、静かに面を上げた。
過分な装飾を施された扉を背に、幾人もの武装した人間達が佇む。
女への殺意を帯びた集団の中にあって、遠い記憶の中にいた子供は、泣き出しそうな顔をしていた。
「ねえちゃんっ!」
懐かしさを含む声が、女を呼んだ。
同じ色の瞳が、つかの間交わる。
懇願するような眼差しに返ってきたのは、どこか安堵したような視線。
「もう——」
女と似通った面差しの青年の言葉は、女の微笑に阻まれた。
向けられる殺意も憎悪も全て呑み込み許容する、泰然とした、他者を圧倒する王者の笑み。
ただそれだけで、対峙する者を沈黙させた女は、手にしていた杯を軽く掲げた。
複雑な紋様が施された透明なそれは、どす黒い液体を湛えていた。
「アート」
優しげな声で紡がれる言葉は、あまりにも一方的であった。
「滅ぼすも、富ますも、好きになさい」
何を。誰が。どうして——。
「——駄目だっ!!!」
その先を悟った青年が止める間もなかった。
杯の中身を一息に飲み乾した女の手が、ゆっくりと落ちる。
砕けた杯は、女と同じ。
もう、二度と戻らない。