八
「——明日は指示通りに動くよう、徹底しなさい」
「御意」
一礼した女官長に、部屋の主は腕を振り、退出の合図とする。
退出していく女官長が、噛み切らんばかりに唇を噛み締めていたのは、少女にしか見えなかったに違いない。
必要最低限のものしか存在しない、殺風景な部屋の中心で、少女の王たる女は、気だるげな吐息を吐いた。
少女は主君に音も無く近寄ると、椅子にもたれる女の膝に擦り寄った。
女が身に纏う深紅の衣装は上等な代物で、肌触りはなかなかに良い。
少女は猫のように、布地の下の女の膝上の柔らかな感触を堪能する。
魅惑の谷間の良さを力説するどこぞの変態に対し、少女は主君の膝枕を甚く気に入っていた。感触は谷間も良いと少女も思うが、如何せん、枕にするときに息苦しくなるのがいただけない。
少しの間を置き、少女の頭を撫でる手が心地よかった。
「我が君、大好きだよ」
ふっと、微笑む気配。
「でも、大嫌いだよ」
その時の顔を見たくはなかったから、少女は温かな膝に顔を埋めた。
「ありがとう」
酷く優しい、主君の声が紡いだのは、どこまでも残酷な言葉。
謝罪が聞きたかったわけではない。けれど、感謝の言葉も、聞きたくはなかった。
少女は少しだけ、女官長の気持ちが分かる気がした。
慈悲深く凛として強い、彼女の主君は、その一方で酷く冷徹だ。
今更、どんな言葉をかけようと、その歩みが止まることはないだろう。
主君の、どのような場面であっても己であり続ける強さが、眩しく、焦がれ、疎ましかった。
大事な、大事な、彼女の主君。
——『必要だから』という言葉で、喪うことへの嘆きを、禁じて欲しくはなかったのに。
温かな膝の上、少女の顔がくしゃりと歪んだが、涙は一滴も出てきてはくれなかった。