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「俺もな、『May's』であの文庫本――まぁ、優莉が見たのと全く同じものかはわからないけど、あれを読もうとして、気がついたらこの世界にいたんだ。だから、制服姿で倒れてる優莉の姿を見てすぐにピンときたよ。――この娘は俺と同じだってね」
高丘先輩は、視線を落として小さく微笑みながら言葉を続けていた。その表情を隠そうとする前髪が、時折吹く緩やかな風になびく。
「先輩もあの読書カフェで……あれ? でも私、あの読書カフェの中で先輩の姿見てませんよ?」
言いながら気付いた。記憶が確かなら、間違いなく私は読書カフェの中で先輩の姿を見ていない。
読書カフェに行ったタイミングにズレがあったとしても、あの文庫本を読もうとして記憶が途絶えたのであれば、その後読書カフェの外に出るのは不可能なはず。
私がココで意識を取り戻した時にすでに高丘先輩がココに存在していたことを考えれば、高丘先輩が私よりも先にあの読書カフェにいたのは明らか。
それなのに、どうして高丘先輩の姿が見えなかったんだろう。
もしかして、私は『身体ごと』ココに来てしまったとでもいうの? だから、高丘先輩の姿も見えなかったってこと?
そんなことを思考していると、高丘先輩は微笑みを湛えたまま私に視線を移して答えてくれた。
「あぁ、それは……ちょっと説明し難いんだけど、まず俺が『May's』であの文庫本を読もうとしたのは、もう何日も前のことなんだよ」
「えっ……じゃあ、もう何日もココで過ごしてるんですか?」
「う~ん、まぁそれも間違いではないんだけど、その何日もの間ずっと『ココだけ』で過ごしてきたってわけじゃないんだ」
高丘先輩が何とか解りやすく説明しようとしてくれていることは、その表情や仕草を見ればよくわかる。……でも、どうしても高丘先輩が伝えようとしていることがいまいち理解できない。
ココで何日も過ごしてることが間違いではなく、でもかと言ってずっと『ココだけ』で過ごしてきたというわけでもない。
一体……どういうことなんだろう?
「すいません……その、ちょっとよくわからないんですけど……」
「あ、やっぱり? ゴメンな。上手く説明しようとは思ってるんだけど、中々難しくて」
「あ、いえ、そんな……」
「まぁ、もうちょっと詳しく説明するためには、ある程度『ココ』のことを説明したほうが良いみた――」
私の困惑した姿を見て、より詳しい説明をしようとしてくれていた高丘先輩。……でも、高丘先輩からその説明の内容が語られることはなかった。
代わりに聞こえてきたのは、緊迫の様子が窺える声色で放たれた言葉。
「――ゴメン、説明するのはもう少し後になりそうだ。チッ、失敗したな。ちょっとのんびりしすぎたか……」
高丘先輩の鋭い眼光が向けられた先――そこに、狼のような体躯の黒毛の獣が姿を現していた。