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「ねぇ、怜也さんに頼めばこの文庫本の新しいのもらえるかな? そうすれば、私も向こうの世界に――」
「――よせっ! そんなこと、絶対にダメだ!!」
目を輝かせながらそんなことを話していた諸岡先輩に、高丘先輩は瞬時に表情を厳しいものにして叫んでいた。その反応に、さすがの諸岡先輩も一瞬言葉を失う。
「環もあの文庫本の中身読んだんなら、向こうの世界で何が起こっているかわかってるだろ? 向こうの世界で起こっている魔物との争いは、けして遊びなんかじゃない。……本当に、命を賭けてるんだ」
「……………」
「実体験から察するに、向こうの世界での肉体的な疲労とかが現実世界に影響することはないみたいだけど、それでも向こうの世界で起きたことはしっかりと覚えてるんだから、精神的な影響は残るはず。そうなれば、もし……もしもだけど、俺たちが向こうの世界で瀕死の状態になったり……仮に命を落とすようなことがあったとしたら、いくら現実世界で肉体的になんの影響も受けてなかったとしても、精神はもう崩壊しちゃっててもおかしくないかもしれない。……それくらい、危険な場所なんだよ」
真剣な表情で、少し睨むようにしながら告げる高丘先輩。その言葉に、諸岡先輩はもちろんのこと、私も大河くんも言葉を失う。
高丘先輩から聞かされて初めて気づいた。……確かに、私は向こうの世界で感じた肉体的な疲労を現実世界に引きずることはなかった。あんなに砦の中を挨拶して回って疲れ果てたのに、現実世界で目覚めたときには少しもその疲れを感じていない。
でも、やっぱり向こうの世界で起きたことは覚えていて、アイドルになるってことを思い出すと自然と不安でため息が出てくる。……やっぱり、精神的な影響はしっかりと受けているんだ。
……そうなれば、確かに高丘先輩が言ってたような瀕死の状態とか、死んじゃったりすることがあったら……いったいどうなってしまうんだろう。
「危険なんだ。……だから、頼むから向こうの世界に行こうだなんてこと、考えないでくれ。俺にしても優莉にしても大河にしても、好きで向こうの世界に行くことになったわけじゃない。……みんな被害者なんだ」
「僕、倫人の話を聞くまでそこまで深く考えてなかったけど……。姉ちゃん、本当に止めたほうが良いと思う。だって、僕が練習してる短剣だって、本物の刃物だった。……マジなんだよ、みんな」
「あの……私もそう思います。やっぱり……自分から危険に身を投じるなんてこと、しちゃダメですよ」
みんなの言葉を聞いて、諸岡先輩は表情を曇らせてうつむく。何か言いたそうだけど、高丘先輩の言葉が正しいということを理解してるから何にも言えずにいるんだと思う。
そしてその状態のまましばらく経った頃、諸岡先輩は諦めたように顔を上げて呟いた。
「そっか……私だけのけものみたいで何だか寂しいけど、仕方ないよね」
本当に寂しそうに言う諸岡先輩の姿に、何だか少しいたたまれない気持ちになるけど……こればっかりは仕方ないよね。
――ちょっと前まで熱気ムンムンだった密室の空間が、いつの間にかどこか涼しく感じる空間になっていた。




