10-4
何だか不思議な感覚だった。ベッドで横になっているはずなのに、まるで水の中にでもいるように身体が浮いているような感覚。
耳に届いていた壁掛け時計の秒針が動く音が、次第に遠ざかっていく。――沈黙が、暗闇の空間を包む。
……でも、急に浮遊感がなくなったかと思うと、横から何やら寝息のような息づかいが聞こえてきた。
いまいち状況が把握できない。僕は、自室のベッドで横になりながら、姉ちゃんから借りた文庫本を読もうとしていたはず。
そう。読もうとしていた……はずなのに、その内容は全く思い出せない。っていうか、そもそも僕は文庫本を読んだのだろうか?
いや、多分読んでない。記憶が正しければ、文庫本の一頁目を開こうとして……そこまでだ。
これは夢なのか? いきなり寝てしまうほど、僕は疲れていたのか?
いくら考えても答えが出てくることは無く、僕は状況を進展させるべく、閉じられていた瞳を開いた。
「えっ……どこだここは?」
呟かずにはいられなかった。僕の視界に映ったのは、よく知る自室の天井ではなく、見たことの無いレンガのようなもので出来た天井だった。
視線を下に向けると、そこには色あせたシーツのようなものが身体に掛かっている。頭と背中に感じる感触から想像する限り、僕は今ベッドの上にいるんだろう。
(夢の中でも寝ようとしているのか僕は?)
なんてことを思いながら、より現状を把握すべく僕は視線を横に向ける。すると――。
「なっ!? ……なんちゅう夢だよこれ」
――僕の横で、女の人が安定したテンポで寝息を立てていた。しかもその女の人は、どこからどう見ても間違いなく、僕の知っている優莉その人だったんだ。
色白の肌に、長い黒髪。よく見ると、まつげが結構長い。思えば……いや、当たり前なんだけど、こんな近くで優莉の顔を見たことなんて今まで一度も無い。
その寝息を肌で感じられるほど近い、優莉と僕との約三十センチ。
(これは夢。そう、夢なんだ。そんなこと、わかってるだろ?)
そう自分に言い聞かせるけど、異様に高まってくる鼓動を抑えることは出来そうにない。こんな状況で……無理に決まってる。
ちょっと手を伸ばせば、優莉の肌に触れることが出来る。この、妙に艶めいて見える唇にも……触れることが出来る。
思わず僕は、手を優莉に向けていた。自分の手で隠れる優莉の顔まで、あと数十センチ。
――そして、僕の手は優莉の肌に到達した。確かに感じる、優莉の肌の触感。
僕の手が触れると、優莉は小さく呻きながら身体を動かしだす。そして優莉は、何を思ったか……いや、多分無意識なんだろうけど、僕の身体に自らの手を回してきたんだ。
いわゆる抱きまくら状態。何だか、身体中に電流が走ったような感覚。
(これは夢! 夢だ!! 夢……だよな?)
そう考えが揺らぐほどに、その感覚はリアルなものだった。少なくとも、今までこんなにもリアルに感じる夢を見たことなんて一度も無い。
優莉の肌が、少し汗ばんでいることまでわかる。これが……本当に夢なのか?
僕が、そんな謎に意識を向けている――そのときだった。
「――あんた何者!? ユーリちゃんに何かしたら、ただじゃおかないわよ!!」
突然の叫び声に、慌てて声が聞こえてきた方を向く。
――そこには、鋭い眼光で僕を睨みつける女の人の姿があった。




