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緑萌える木々を掻き分けながら、私はひたすらに走っていた。
見たことのない景色に、感じたことのない空気。そして、見知らぬ人物に追われている状態。
『あの娘は私が追います! アレン様は気にせず見回りをっ!』
走り出した直後に聞こえてきた声を頭の中で反芻しながら背後を振り向けば、そこには私を追ってくる男の姿が。聞こえてきた言葉が確かなら、彼がリントという人物なんだろう。
まるでファンタジー小説の世界に登場する人物が着てそうな革製の鎧のようなものを着ていて、腰には剣のようなものを携えている。
どう考えても、とてもこの今の状態が現実であるとは思えない。
……そう、現実であるとは到底思えないような状態なんだけど、でも、逃げている私は確実に走ることによる苦しみを感じていた。荒い呼気も、滲んでくる汗も、大地を踏みしめる感覚も、そのどれもがリアルに感じられる。
いったい、何が起こったんだろう。もう、本当に何がなんだかわからない。
「おい! 何も危害を加えるつもりはないから止まるんだ!」
背後から、リントの声が聞こえてくる。その声から疲労の色は窺えない。
おそらく、このままでは確実に追いつかれて捕まってしまうだろう。
……でも、素直に捕まるわけにはいかない。そう簡単に、恐怖に身を委ねるわけにはいかない。
私はリントに言葉を返すことなく、ただひたすらに走り続ける。
ただ、私は少しも体力に自信など持っていない。だから当然の如く力尽き、私は背後から追ってくるリントに手を掴まれてしまった。
「いやっ! 離してください!」
「大丈夫だ! 俺は別に君をどうこうしようとしているわけじゃない! だから少し落ち着くんだ!!」
「いやです! お願いです、離してください……」
もう、怖くて怖くてしかたがなかった。
私はリントに手を掴まれたまま、その場に崩れ落ちて俯きながら呟いた。
(怖い……怖いよ。お願いだから、これ以上私に恐怖を与えないで……)
とにかく、そんなことを願うことしか、今の私にはできない。自然と涙が溢れてきて、見知らぬ大地に雫となってこぼれ落ちる。
そんな私の状態を把握したのか、リントは掴んだ手を離すことはなかったけど、話を追言してくることもなかった。ただ、私の状態が落ち着くのを待ってくれているよう。
けど、私はそんなリントに視線を向けることが出来ない。
……やっぱり、怖い。
振り向いた先のリントが、いったいどんな表情で私のことを見ているのか。そして、いったいどんなことを思い、私をこれからどうしようとしているのか。
しかし、暫く時間が経った頃、リントは私を強制的に振り向かせる言葉を投げかけてきたんだ――。
「――その制服……君、隆総の一年だろ?」
……振り向かずには、いられなかった。