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僕がアイツ――水上優莉のことを『優莉』と呼び捨てするようになったのは、本当にいたって自然な流れからだった。
あの日から、僕は塾で毎日のように優莉と会うようになっていた。もちろん、優莉とは学年が違うから同じ講義を受けることはないんだけど、三年よりも二年の講義の方が先に終わるから、いつも僕は講義が終わった後に塾の入り口前で優莉のことを待っていたんだ。
そのときは、どうして自分がそんなことをしているのかいまいち良くわからなかった。……でも、今思えば『優莉』という媒体を介して刺激を得たいという欲求があったんじゃないかって思う。
優莉は入り口前で僕の姿を見つけると、いつも周りの様子を気にしながらもそっと手を上げて笑みを見せてくれた。そして、しばらくその場に留まって適当な話をする。
僕にとって、それは学校でクラスメイトとしている話なんかよりも、ずっと意義のあるものだった。別に話の内容が濃いというわけではない。ただ、優莉の話すことがいちいち当たり前なことで。
『今日クラスメイトと話せた』とか、『今日友達が出来たんです。この私に!』とか。……普通の中学生としては当たり前のことを、何とも嬉しそうに話す優莉。しかも、年下である僕に敬語で。
一度『年上なんだから、敬語で話すことないんじゃない?』って言ったことがあったけど、そのときも『えっ? でも……知り合って間もない人にタメ口で話すなんて、やっぱり失礼じゃないですか』って。
あんまり真剣にそんなこと言うもんだから、僕は思いっきり笑ってしまった。そして、何だか不安そうな表情を見せる優莉に、僕は言ってやったんだ。
「――何それ? 別にそんなの気にしなくていいんじゃない? ってか、知り合って間もなかろうが、僕はもう優莉のこと友達だって思ってるし。……あっ、僕もこんな感じでタメ口で話すし水上さんのこと優莉って呼ぶから、だから優莉もそんなこと気にしないでタメ口で話していいし、僕のことも大河って呼び捨てでいいから」
優莉は僕の言葉を聞くと、目を丸くして呆然としていた。でも、しばらくすると嬉しそうにして言葉を返してくれた。
「うん、じゃあそうするね……大河くん」
――そんな微笑みながらの優莉の言葉に、異様に顔が熱くなったのを覚えている。
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自室のベッドに横たわりながら優莉のことを思い起こしていると、玄関のドアが開けられた音が二階まで聞こえてくる。母さんはうちにいるから……多分、姉ちゃんだろう。そう思っていると、案の定姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「ただいま~!」
「おかえりなさい。……あっ、環、今日お母さんこれからちょっと出かけないといけないから、夕飯は大河と二人で食べて。準備はしてあるから」
「は~い」
そんな姉ちゃんと母さんのやり取りを聞きながら、僕は気だるさに抗いながらベッドから起き上がる。そして、小さくため息を吐きながら部屋から出て階段を降りていく。
……優莉のことを想起したことで、より今の刺激の無さが浮き彫りになったような気がして僕の気分は下降する一方だ。




