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「その、教室に戻ったら、机の上に丸められたルーズリーフがいっぱい乗っかってて、そのルーズリーフに『ユーレイ女』とか……『お遊び専用』だとか書かれてて。クラスメイトたちが……私の姿を見て笑ってました。あっ、でもそれは別に特別なことじゃなくて……そう、いつものこと……なんですけどね」
優莉は自嘲めいた笑みを浮かべながら、そんなことを話していた。きっと止めることなんて出来ないのだろう身体の震えが、優莉の持つコーヒーカップのカタカタ鳴る音となって伝わってくる。
そんな優莉に、俺は何の言葉も掛けることが出来ずにいた。良い言葉が浮かんでこなかったというのもあるのかもしれない。……でも、それよりも、何より優莉に言葉を掛けることが怖かった。
優莉に何か言葉を掛けたとして、その結果優莉がどんな反応を示すのかが、怖くて仕方が無かった。
下手な言葉を掛けたりしたら、余計に優莉の負担を増す結果になるかもしれない。そう思うと、とてもじゃないけど言葉を掛けることなんて出来そうに無い。
「帰るときも、下駄箱を開けたらやっぱりその丸められたルーズリーフが入ってて。靴の中にも……入ってました。……怖くて何が書いてあるかは見なかったですけど」
優莉の話を、環は小さく頷きながら聞いていた。自分も似たような体験をしてきたかのように、納得したような表情を見せている。
そして優莉の話が一段落つくと、環は口の周りにエスプレッソの泡がついた状態で話し始めた。……おそらくその泡をつけたままなのはわざとなのだということが、環の口調から想像できる。
「うぉっほん、え~、私は思うんだがね、それは別に水上さんのせいじゃなくて、全てこの高丘くんのせいだから、水上さんが気にする必要はないんだと思うぞ。どうせ水上さんに嫉妬してるだけだろうから、むしろ『どうだ、羨ましいだろ!』くらいに思ってたほうが気も楽じゃろ?」
「ふふ、諸岡先輩ったらおかしいの。……そうですね、そう……なんですよね。全部高丘先輩のせいっていうのはどうかと思いますけど、でも、あまり気にしない方が良いですよね……」
声色をおじいさん風に変えての環の言葉に、笑いながら返す優莉。……でも、その優莉の声がくぐもっているのは誰の耳にも明らか。
環はそんな優莉の言葉を聞くと、テーブルに添えられているペーパータオルで口を拭って真剣な表情で改めて話しだした。
「私も似たような経験をしたことがあるって言ったじゃない? ……だから、周りの人がいくら助けに出ても、そう簡単に良い結果に繋がることはないってこともわかってる。例えば、私が水上さんのクラスに行って、周りの子たちにそんなこと止めるように言ったとしても、多分それは逆効果になるだけ。きっと『先輩味方につけていい気になってるんじゃないわよ!』って思われちゃうかもね。それこそ、高丘くんが行ったりしたらもっと悲惨なことになっちゃうかも。……だからね、いくらでも助言は出来るけど、やっぱり最後は水上さん自身で解決しなきゃいけないのよ」
「……はい」
「きっかけは高丘くんかもしれないけど、高丘くんがとった行動が間違っているとは私は思わない。ってか、ただ会って話すことが悪いことなわけないしね。……だから、困ったことがあったら何でも言ってね。この件に関して直接手を下すことは出来ないけど、きっと水上さんにヒントをあげることは出来ると思うからさ」
微笑みながら、早速優莉に一つ目の『助言』をする環。そんな環に、再び涙が溜まりだした瞳を向けてしっかりとした笑みを見せる優莉。
――そんな中、結局俺はまだ何一つ優莉に助言してあげられずにいる。




