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読書カフェMay'sの店長である谷川怜也は、わざわざカウンターから出て俺たちの前までやってきていた。精巧に作り上げられた微笑が、満遍なく向けられている。
「いやぁ、本当に嬉しいですよ。良く来てくれましたね、二人とも」
「――本当に白々しい」
そんなことを小さく呟きながら、俺は視線を合わせることなく怜也の前を通り過ぎて環の待つ奥のテーブルへと向かう。少し間をおいて、優莉も俺の後をついて来る。
怜也の言葉を聞いていたのか、環は俺がテーブルの席についたのと同時に笑いながら話しかけてきた。
「な~んだ、高丘くんも水上さんもここのこと知ってたんだ」
「まぁな。……あいつ、俺の従兄だし」
「えっ、そうなの!? それならここのこと教えてくれればよかったのにぃ。そうすればもっと早くここのこと知れたのになぁ」
「いや、この店が出来たのわりと最近だし。……それに俺、アイツのこと嫌いだし」
「ふ~ん……だからあんなにここに来るの嫌がってたんだ」
「あぁ。……まぁ、それだけじゃないけどな」
「ん?」
俺が環の質問にそれっぽく答えていると、怜也が俺たちの座るテーブル席に近づいてきた。その手にはオーダー票。……おそらく、注文を受けに来たんだろう。
その推測は正しかったようで、怜也は俺たちの前まで辿り着くと相変わらずの微笑を湛えたまま尋ねてくる。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、私はエスプレッソとラズベリー・ミルクレープで! 水上さんは?」
「あっ、はい……えっと、じゃあカフェ・ラテとアプリコット・シフォンにします」
「はい、かしこまりました。……倫人くんはどうします?」
「……ブレンド」
「あれ? コーヒーだけで良いんですか? 倫人くんが好きなチョコバナナパフェもありますけど」
「いらねぇって! だいたいいつの話してんだよ!?」
「ん~……小学生くらいの頃だったっけ? うちの家族と一緒に外食しに行くと、決まって頼んでたじゃないですか」
「ハァ……もういいからとっとと行ってくれ……」
「はは、これは随分と嫌われてしまったようだ。はいはい、それじゃあ……ごゆっくりどうぞ」
注文を控えた怜也は、いらない言葉を残してテーブル席から離れていく。……もう、アイツとちょっと話しただけでドッと疲れてしまう。
俺がカウンターの方を見やりながら深くため息を吐いていると、ふと環の笑い声が聞こえてきた。振り向くと、口を手で押さえて笑い声が漏れるのをこらえようとしている環の姿が。
……でも、残念ながら全く効果は出ていないみたいだ。
「高丘くんって実は甘党なの? しかも『チョコバナナパフェ』って……あはは、何かちっちゃな子供が喜ぶ定番メニューみたい」
「……だから昔の話だって!」
「あら、別に良いのよ? そんな無理に否定しなくても。別に『チョコバナナパフェ』が好きな男子高生がいたっておかしくはないわ。……高丘くんがそうだと思うと笑えるけど」
笑いながらそう言って俺を指差す環。その横では、優莉も軽く笑いをこらえているように見える。いや、まぁ別に良いんだけど……。
でも、その笑われるキッカケを作ったことに、やっぱり俺はアイツの事が嫌いなんだと改めて思った。




