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確かに俺は、環の機転に対して凄いなと思っていた。優莉を前に何にも出来なかった俺とは違い、環はしっかりと先に繋がる道筋を作ってくれた。それには、本当に感謝している。
……でも、そんな環が選んだ『話す場所』については、どうしても賛同出来なかった。
俺はその場所に至るまでの移動経路で、環が目指す場所を推測することが出来ていた。見覚えのある景色に、忘れようにも忘れることの出来ない道。
忌々しい記憶が、否が応にも脳裏を侵食していく。苛立ちが、理性を突き破って前面に出てくる。
俺は目的地を推測することが出来た時点で、すぐに場所の変更を環に求めた。何故環が『あの場所』を知っているのかはわからないけど、あの場所は俺にとってとてもじゃないけどゆっくりと談笑することなど出来るわけのない場所。……多分それは、優莉にとってみても同じなはずだ。
けど、環はその俺の要求をすぐに退けた。「何言ってるのよ? あそこのコーヒー、凄く美味しいんだから!」と、むしろ自信満々に返された。
すぐさま食い下がったけど、環は全く聞く耳を持たない。それどころか、逆に俺の様子の変貌ぶりに心配までされる始末。更に――。
「――どうしたんですか? ふふ、何か変ですよ……高丘先輩」
よりにもよって、優莉にそんな声を掛けられてしまった。……しかも、腫れぼったい瞳がどうしても目立ってしまう笑みを見せて。
――背筋の凍るような感覚が、一気に全身を駆け巡っていく。
優莉はわかっているんだろうか? 環が連れて行こうとしている場所がどこなのかを。……わかっていて、そんな言葉を投げかけてきたんだろうか?
「ちょっと大丈夫? 何か顔色悪くなってない?」
「いや、大丈夫だよ。……悪い」
結局目的地が変更されることはなく、俺たちはついに『あの場所』の目の前まで到達してしまった。
不用意にも半開きになっているドアから漏れる、香ばしいコーヒーの匂い。店の前に置かれた看板に、ドアにぶら下がっている『営業中』と書かれたボード。
店の中には数人の客の姿が窺える。……その事実だけが、俺にとっての唯一の救いと言えるかもしれない。
「さっ、早く入ってスイーツ食べようよ♪」
環が何とも嬉しそうにそう言いながら、我先にと店内へ入っていく。……最早、俺に選択肢は残されていなかった。
「優莉……入っても平気か?」
「……はい、大丈夫……です」
素直に諦めて、俺は状況を認識はしている様子の優莉と一緒に、店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。おっ、倫人くんに優莉さんじゃないですか。いやぁ、仲良く揃ってご来店とは嬉しいなぁ」
――そんな、何とも白々しい文句が、『あの場所』――読書カフェMay'sの店長・怜也によって振り掛けられた。




