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優莉は俺と環の姿を認識すると、慌てて視線を逸らして何やら手を動かしていた。……本人は隠しているつもりなのかもしれないけど、その仕草で涙を拭っているのだということが容易に想像できる。
足を止めている優莉に、俺と環はゆっくりと近づいていく。そして、優莉のすぐそばまで辿り着くと、環がそっと優莉の頭に手を添える。
すると優莉は一瞬ビクッとしながらも、視線を環に向けていた。しっかりと認識できるようになった優莉の顔には、充血した目が痛々しく見える。
優莉にいったい、何があったのだろうか。優莉は……何を思って涙を流したのだろうか。
環や瞬が言っていたことから、ある程度の想像をすることは出来る。けど、それはあくまで俺が俺自身のキャパシティの範囲内でのこと。
優莉に物理的に何があったのかを想像することは出来るかもしれないけど、それによって優莉がどれほどの苦痛を感じているかを想像することなんて、出来るはずが無い。
……ただ、その苦痛の原因が俺にあることは、間違いないのかもしれない。いや……多分、間違いない。そうでなければ、この優莉が俺に見せる表情の説明がつかない。
優莉は俺に、笑みを向けていた。――輝きに欠ける、何ともいびつな微笑を。
どう見ても、それは自然と出てきた笑みとは思えなかった。優莉が必死になって作りあげようとした笑みの成れの果て。
多分優莉なりに、俺に心配を掛けさせないようにするための心配りなんだろう。……けど優莉、それはちょっと俺にとっては残酷だよ。
俺は優莉に嫌な思いをさせてしまった。直接手を下したか下さなかったかなんて、関係ない。たとえ間接的だろうが、確かに優莉を傷つけてしまったんだ。
優莉の笑みが、その事実を如実に表しているように思えてならなかった。
ただでさえ、優莉は学校に対して良いイメージを持っていない。だというのに、俺は優莉に追い討ちをかけるようなことをしてしまったことになる。考えれば考えるほど、自分が惨めに思えてしかたがない。
優莉は、きっと物凄く勇気のいることなんだと思う『自分の弱い部分の告白』を俺にしてくれた。それはきっと、優莉がそれなりに俺のことを信用してくれたからこそのことだと思う。……そう、思いたい。
でも俺は、その想いに応えるどころか全く逆のことをしてしまっている。……じゃあ俺は、いったい優莉に何をしてあげられるのだろうか。
そもそも、未だに俺は自分のとった行動が悪いことだと思えずにいる。というか、悪いことだとは少しも思えない。
優莉と話して何が悪い? 優莉と一緒に屋上に行って、何が悪い? 優莉のことを『優莉』って呼んで、何が悪い? 優莉のことを想って……何が悪いって――。
――まて……俺は、どうしてこんなにも今、優莉のことで頭がいっぱいになっているんだ?
思えば不思議なことだ。優莉とは、それこそ今日知り合ったばかりなんだ。向こうの世界――アステルで、偶然にも知り合っただけなんだ。
それなのに、こうも俺は優莉のことで悩み、優莉のことで不安になり、優莉のことで気落ちしている。
俺にとって、優莉という存在がこれほどまでに大きなものになっているのは、いったい何故なんだ?
思考は、いつの間にか全く違った方向にベクトルを向けていた。……俺は結局、優莉に何の言葉も掛けることが出来ずにいる。
そんな俺の様子を見かねたのか、環は俺に無言の一瞥を向けてから、優莉の頭を撫でて呟く。
「水上さん、折角だし場所変えてちょっと話そっか。……高丘くんにスイーツでもおごってもらおうよ」
機転の利く環が、何とも頼もしく見えた。
――それと同時に、自分の無力さが情けなくってしかたなかった。




