6-3
「ハァ、ハァ……い、いったい何なのあの人……」
勢い良く読書カフェのドアを閉めた私は、そのドアの前で両膝に手を当てながら思わずそんな言葉を呟いていた。
治まることのない鼓動が、否が応にも呼気を荒くさせる。
「あ、あの人がいけないのよ。怜也さんが、あんなこと言うから……」
『今ここで、そんなこと忘れてしまうほどに熱いものを、あなたに差し上げますよ』
――思い出すだけでも、顔が異様に熱くなってくる。
多分冗談なんだろうけど……それにしても、あんな言葉をサラっと言ってくるなんて、言い慣れてるんだか肝が据わってるんだか、本当に怜也さんのことが謎に思えてしかたがない。
やっぱり、高丘先輩が言っていたとおり、私が怜也さんに対して感じた第一印象は見た目だけのものだったのだろうか――。
「――優莉さん」
「ひゃっ!!」
思考している途中に突然聞こえてきた声に、私は思わず変な声を出してその場から飛びのいていた。
声が聞こえてきた方を向くと、そこには読書カフェのドアを開いて私の方を見据える怜也さんの姿が。
私のとった行動がおかしかったのか、怜也さんは口元に手を添えて小さく笑っている。
「はは、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。これ……忘れ物ですよ?」
怜也さんはそう言うと、私に何かを差し出してくる。それは、私がココに来るときに持っていた学校指定のカバンだった。
私が声を掛けることなく恐る恐るそのカバンを受け取ると、怜也さんはやれやれといった表情を見せながら話し掛けてくる。
「そんなに警戒しなくても、何もしやしませんよ」
「そんなの……信用できません」
「あらら、随分と嫌われてしまったものですね。……まぁそれはともかく、これからどうするおつもりですか? そもそも、学校に行きたくないからウチに来たんでしょ?」
「それはそう、ですけど……」
「ふふ、おとなしくウチに居てもいいんですよ? きっと、楽しい時間を過ごせると思いますが」
怜也さんに提案され、私はもしまた読書カフェに入ったらどうなるかを想像してみる。
店内では、私と怜也さんの二人っきり。立ち込めるコーヒーの香りは……確かに心地良い。カバンの中に入ってる文庫本を読んでいれば、時間は勝手に過ぎていくだろう。
……でも、怜也さんに何をされるかわかったものじゃない。ついさっきだって……あ、あんなことをしてきたんだから、もっと凄いことをしてきたって何ら不思議ではない。
「――え、遠慮しておきます」
「そうですか、それは残念。……じゃあ、諦めて学校に行ってみてはどうです? まだお昼前ですし、午後の授業には間に合うんじゃないですか? ――それに、倫人君にも会えるかもしれないですしね」
怜也さんの言葉に、私は慌ててカバンの中から携帯電話を取り出す。
――午前十一時二十七分。まだ、私が読書カフェに来てから二時間程度しか経っていない。
どうやら、向こうの世界で高丘先輩が言っていたことは確かなようだ。
そう、高丘先輩。高丘先輩は……学校に居るのかな?
少なくとも、この読書カフェにいなかったのは確か。でも、向こうの世界で高丘先輩に会えたということは、少なくともどこかで睡眠をとっていたということになる。
普通に考えたら、学校で居眠りでもしていたか、それか体調不良とかで学校を休んでて自宅で寝てたとか……かな。
平日だし、やっぱり普通に考えたら学校に居る可能性の方が高いかも……。
「学校に……行きます」
やっぱり学校は怖いから、出来ることなら行きたくはない。……でも、高丘先輩が――向こうの世界で私のことを『友人』と言ってくれた高丘先輩が居るなら、耐えられるかもしれない。
「そうですか。それじゃあ、くれぐれも気をつけて。――倫人君によろしく言っといて下さいね」
何だか全てを見透かしているかのような笑みを見せる怜也さんを背に、私は学校への道のりを歩み始めた。




