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「――で、どうだった? 向こうの世界での初日は?」
少しも悪びれることなくそんな言葉を投げかけてくる男性。その姿に、私はカウンターの席から立ち上がって、一歩後ずさりながら質問に対する返答をすることなく、新たな質問を投げかける。
「谷川……怜也さん、ですよね? あなたはいったい何者なんですか? 私を変なことに巻き込んでおいて……何でそんな風に笑っていられるんですか!?」
疑問から生まれた感情を、私は抑えることなど出来なかった。
この人がいなければ、私が向こうの世界に行くこともなかったはず。この人がこの文庫本を差し出して来たから、私は向こうの世界に行くことになってしまった。
……やっぱり、どう考えても事の発端はこの人にある。この人が加害者で、私はその被害者――であるはずだ。
カウンターの中で、私の言葉を聞いても一向にその表情を変えることのない怜也さん。
相変わらず笑みを湛えたまま、怜也さんは私に言葉を返してくる。
「私の名前を覚えていてくれたんですね。……ありがとう。まぁ、『私が何者か』なんてことはどうだっていいことですよ。それよりも、私は君を『変なこと』に巻き込んだつもりはないんですけどね。むしろ、君のためを思って、この文庫本に記されていく物語の世界に誘ったんですよ」
「私のためって……あんな危険な事態に遭遇することの、どこが私のためなんです!?」
「いやぁ……まぁ、あれは確かにちょっと危なかったね。でも、きっと倫人君が何とかしてくれるんじゃないかと。――実際、ちゃんと倫人君は助けてくれたでしょ?」
「それは、そう……ですけど……。で、でもそれとこれとは関係ありません!」
怜也さんの、あまりにものほほんとした様子に、私はつい頭にきてカウンターに手を付きながら身を乗り出して叫んでいた。
けど、その私がとった行動によって、怜也さんの表情が一変する。
――捉えたものを凍りつかせる力を持っているかのような視線と、感情を認識させないような表情。
「君のためなんですよ。……今はわからないかもしれないけどね。この物語が完結する頃には、きっと君は生まれ変わっていますよ。……もし色々と知りたいことがあるんだったら、倫人君に聞いてみることですね。まぁ、倫人君がどこまで知っているかはわからないですけど。それとも――」
怜也さんは話を完結させることなく、私の顔に急接近して顎の下辺りを片手で触れてそっと持ち上げてくる。怜也さんの顔との距離が近すぎて、怜也さんの表情を把握することができないほど。
いきなりのことに、私は何が起きたのかわからず呆然としていることしかできない。
そんな私の様子を知ってか知らずか、怜也さんは話を完結させるべく言葉を放つ。
「――それとも、私がそんなこといちいち考えられないようにして差し上げましょうか? 今ここで、そんなこと忘れてしまうほどに熱いものを、あなたに差し上げますよ」
――混乱した意識を跳ね除けるように、私は怜也さんの肩を思いっきり押して振り返り、一目散に読書カフェの出入口へと駆け出していた。
「ふふ、行ってらっしゃい……優莉さん」
微かに耳に入った言葉を振り払うように、私はドアを開いて外へと飛び出した。




