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どのくらいの時間歩き続けていたのだろう。ただただ恐怖から逃れることだけを考えているから、時間の経過など全く感じることが出来ない。とりあえず、今もなお知らない道を歩み続けていることは確かだ。
ただ、途中学校の始業ベルが遠くに聞こえたから、すでに学校の授業が始まっているのは間違いないだろう。今更学校に引き返すことなど出来ないし、する気もない。
……でも、いい加減そろそろどこか目ぼしい場所を見つけなければ。流石にこのままずっと歩き続けていられる程の体力は私にはない。
行き交う人と視線が合わないよう気をつけながら、それとなく周囲を見回しつつゆっくりと歩みを進める。すると、暫く進んだ先に私の視線を捉える看板が姿を現した。
――読書カフェMay'sへようこそ
『読書カフェ』というものの存在自体知らなかったけど、少なくとも私が求める空間の条件を満たす場所であることは間違いなさそう。
『読書カフェ』というくらいだから、おそらく読書目的のお客さんが集まる場所であるはず。読書目的のお客さんが無闇に話しかけてくることはないだろうし、またそうそう視線を向けてくることもないだろう。
私は小さく深呼吸をしてから、覚悟を決めて『読書カフェMay's』へと足を踏み入れた。
中に入ると、すぐに香ばしいコーヒー豆の香りが鼻腔をくすぐる。そして、迂闊にも視線を合わせてしまったカウンターの中に居た一人の男性が少し驚いた様子で私に話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。えっと、お客さん……だよね? 見た感じ学生さんみたいだけど……君、学校は?」
男性は見た感じ若い、おそらく二十代半ばくらいのわりと端正な面持ち。でも、今はその顔は驚きの表情で若干崩れている。
「……………」
私が無言のままうつむいていると、何を誤解したのかその男性は慌てて話し出す。
「あっ、ごめんなさい! もしかして、その、そういった趣味の方ですか? あの、最近多いみたいですよね、コスプレってやつ。そのセーラー服、近所の高校のですよね? 本物を調達するだなんて、かなり本格的なんですね。いや、でもとてもお似合いですね。まるで本物の女子高生みた――」
「――わ、私は学生です!」
……思わず、声を荒げてしまっていた。
いったい何なのこの人。見知らぬ人と話すのは怖いけど、この人の話を聞き続けている方がもっと怖い気がする。
「あっ、そうなんですか。……えっと、じゃあ君、学校行かないとマズいんじゃないんですか?」
「……………」
そう、確かにこの人の話を聞き続けているのは恐怖に繋がりそうな気がするんだけど、とはいえどんな言葉を返せば良いのかもわからない。だから、結局私はまた無言でうつむくことしか出来ないでいる。
そんな私の様子に、男性は小さく息を吐くとそっと囁くように言葉を紡ぐ。
「……改めまして、いらっしゃいませお客様。よろしければ、お好きな席にお座りください」
「えっ?」
その声は、まるでこの空間に常に広がるコーヒーの香りのように心地よく伝わり、その驚きに私は思わず男性に見入ってしまった。
――男性はそっと歩み寄ってきて、片手を店内に向け広げながら私を穏やかな微笑みと共にエスコートする。