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「ふぅ、何とか無事に片付いたわね」
隣にいるステラさんが放ったその言葉で、私はようやく我に返った……気がする。
目の前で起きた出来事――高丘先輩の剣で黒毛の獣が絶命した光景に、私は口元を押さえて吐き気を抑えるのに必死だった。
いくらその存在自体もよくわからない獣が対象だったとはいえ、目の前で大量の血液を吹き出しながら生き物が絶命したのは事実。
――明らかに、日常からはかけ離れた光景。
怖いとか、恐ろしいとか、そんな感情よりも前に、このインパクトのある光景は私に気持ち悪いという現象を引き起こさせる。
でも、剣に付いた血液を辺りに散乱していた大きめの落ち葉で拭っていた高丘先輩がこちらに向かって近づいてくると、一気に恐怖の感情が私の中を駆け巡り始めた。
木漏れ日に煌めく高丘先輩の剣。あの剣で、黒毛の獣は斬り刻まれたんだ……。
「優莉……ケガはない?」
近くまで来て私を気遣う言葉を投げかける高丘先輩。
でも、そんな高丘先輩に対して、私は身を震わせながら一歩後ろに下がっていた。
「……優莉?」
……わかっては、いる。
わかってる……つもり。
高丘先輩は、私のことを助けてくれたんだって。
でも……怖い。あの剣で、いとも簡単に黒毛の獣を……生き物を殺してしまう、高丘先輩の存在が。
黒毛の獣が絶命した瞬間の記憶が脳裏に蘇ると、どうしようもない吐き気が目まぐるしく私を蝕む。
それに耐え切れず、私は口元を押さえたままその場に屈みこんでしまった。
その様子に、ステラさんが慌てて私の肩を支える。
そして高丘先輩は、私が吐き気をもよおしている理由になんとなく気付いたのか、それ以上私に近づいてこようとすることなく、労わりの言葉を掛けてきた。
「ゴメン……見ていて気分の良いものじゃないよな。とりあえず、このままココにいるのは危険だ。だから、安全なところまで移動しよう。それまで……我慢してくれるか?」
吐き気に耐えながら、何とか顔を上げて臨む高丘先輩の姿。
――その表情が、先ほどまでの勇ましいものとは打って変わって沈んだものになっている。
そんな高丘先輩の姿を見た瞬間、私の中にある恐怖の感情が明らかに緩んだ。
けして、恐怖の感情が全てなくなったというわけじゃない。
でも、少なくとも高丘先輩に対する恐怖の感情は、確実に拭われている。
高丘先輩だって、好き好んで剣を振るっているわけじゃないんだ……きっと。
私やステラさん、そして自分自身の命が掛かっているから……。
私はステラさんの肩を借りながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして、口元は押さえたままだけど、しっかりと高丘先輩の姿を見て呟いた。
「我慢……できます。その、助けてくれて、ありがとうございました」
高丘先輩に笑顔を見せることが出来たかどうかはわからない。
そうしてるつもりではいるけど、この気持ち悪い状態じゃまともな表情になっているかどうかは怪しい。
でも、感謝の気持ちは伝えることが出来たはず。
高丘先輩に対する恐怖心はまだあるけど……でも、この気持ちに間違いはない。
「そっか……良かった。――こっちこそ、ありがとうな」
そんな高丘先輩の言葉と表情は、私の気分を回復に向かわせる良薬のように、心の奥に沁み渡っていった。




