3-2
高丘先輩は叫び声を上げながら、私の方に身体を向けようとしているみたいだった。でも、その行動は明らかに遅い。
すでに、視線の先にいる黒毛の獣は私に向かって飛び掛かってきている。
私はそんな状態に、ただただ高丘先輩の背中にもたれながら両手を胸に当てているだけで、叫び声の一つも上げることが出来ない。
恐怖とか、不安とか、焦りとか……そんな感情を認識する余裕すら……ない。
そして――――。
そして、私は飛び掛かってきた黒毛の獣によって、見るも無惨な姿にされ――ることはなかった。
今、飛び掛かってきた黒毛の獣は、地面に倒れて苦しそうにもがいている。
――黒毛の獣が飛び掛かってくる最中、いきなり飛んできた矢が黒毛の獣を射抜いたんだ。
胴に刺さる矢に苦しむ黒毛の獣の姿に唖然としつつ、視線を矢が射られた方に向ける。
するとそこには、構えていた弓を下ろそうとしている一人の女性の姿があった。そのキリっとした表情やショートカットの髪型からか、どこかボーイッシュな印象を受ける。
矢によって私に迫る黒毛の獣が射抜かれたのを確認していた高丘先輩は、弓を持った女性に視線を向けると、安堵の表情を浮かべながら感謝の気持ちを告げる。
「ステラさん……ありがとうございます。助かりました」
「リント君、まだ終わりじゃないよっ!」
ステラと呼ばれた女性は、真剣な眼差しを向けつつそんな言葉で高丘先輩を戒めながら、背中に背負っている矢筒から新たな矢を取り出していた。
そのしなやかな手が、流れる動きで矢を弓の弦にかける。
ステラさんの言葉を聞いた高丘先輩は、表情を引き締め直して再び黒毛の獣に視線を向けていた。
そして剣を構えると、今度は躊躇なく一歩前へ。
――今はその表情に、どこか自信のようなものが窺える。
再び獲物の意識が自らに向いたことを認識したのか、黒毛の獣は前足を掻いて地面を削りながら低く唸っていた。牙剥き出しの口元からは、汚らしく唾液が滴り落ちている。
「私の矢に合わせて! ……行くよっ!!」
ステラさんの言葉が完結するのと同時に、矢が勢いよく高丘先輩の前にいる黒毛の獣に放たれる。
――空間に震動が生まれ、矢が風を切る音が鋭く響く。
けど、黒毛の獣はその矢の存在を察知し、大地を蹴り上げ背後に跳躍。矢は黒毛の獣がいた場所を通り過ぎ、鈍い音を残して木の幹に突き刺さる。
「――今よっ!!」
でも、その命中することのなかった矢による攻撃は無駄ではなかったようだ。
高丘先輩が、ステラさんの掛け声と共に一気に黒毛の獣に肉薄する――。




