17-6
急にざわめきだした風が、木々の間を抜けて緑の匂いを運ぶ。本来ならば爽やかに感じるべき風なんだけど、今はその風に心地良さを感じることができない。
風に運ばれた木の葉が、そんな俺の心境をあざ笑うかのように汗ばんだ顔に張り付いてくる。
忌々しさしか感じない張り付いた木の葉を払い、より忌々しく思う異形の獣に視線を向ける。……異形の獣は、何事もなかったかのようにアレン様に身体を向けて、細長い舌を出し引きしていた。
そんな異形の獣に、アレン様は鋭い視線を向けている。ディックさんが負傷し、残っているのは役に立ちそうもない俺。……そんな状況であるにも関わらず、アレン様は構えた白銀の剣を微動だにしない。
その光景を生唾を飲み込みながら見やっていた俺。――そんな俺に対してアレン様が声を掛けてきたのは、それから間もなくのことだった。
「リント、お前の成長は砦の仲間からよく聞いている。――その言葉を、信じて良いか? お前の成長を、俺に見せてくれるか?」
淡々とした口調だった。でも、その言葉の重みは俺にとって計り知れないものがある。
俺がこっちの世界に来てから、砦の人たちに入れ替わり立ち替わり剣の指導をしてもらってきた。それが、俺の剣の腕前を向上させてくれたことは間違いない。
現にこの前だって、ステラさんの助けを借りながらではあるけど、優莉に初めて会ったときに出くわした魔物を自らの手で倒すことができた。
……でも、今目の前にいる異形の獣は、アレン様とディックさんが立ち向かっても苦戦してしまうような相手。
そんな魔物を相手に、俺は太刀打ちすることができるのだろうか。負傷したディックさんの代わりを、俺なんかが担うことができるのだろうか。
吹き抜ける風が、否応なしに噴き出てくる汗を容赦なく冷やす。それに連動するように、巡る血に冷ややかさを覚える。
熟考している余裕などはない。すぐにでも、アレン様の言葉に応えなければならない。
けど、わかっていても中々俺は結論を口にすることができないでいる。それ以前に、結論を出すことができずにいる。
浮かぶのはネガティブなイメージばかりだった。アレン様の手助けどころか、俺はアレン様の邪魔にしかならないんじゃないだろうか――。
「――大丈夫……だ。お前なら……やれる」
仰向きの状態で倒れこんだままの、ディックさんの声だった。何とか首だけを俺の方に向けて、苦痛に歪みながらも笑みを見せてくれている。
「で、でも、俺なんかが……」
「バカが。この俺が……言ってるんだぜ? ……素直に信じろっての」
間違いなく激しい痛みが全身を駆け回っているはずなのに、ディックさんは腕を上げて俺の脚を小突いていた。
ディックさん、俺は――。
顔をうつむかせたまま立ち上がる。そして、顔を上げてアレン様に視線を送る。
――小さく頷いたアレン様の姿を確認したのと同時に、俺は異形の獣に向けて剣を構えた。




