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氷雪の檻と白銀の騎士〜四の姫外伝  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
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【序章】神域の楡

 

 果樹神ユグドヴィーネは、樹木の女神マギアユグドと人間の男性の間に生まれた娘。

 弓の名手であり、優れた織り手。母に似て奔放、恋多き女性だったが、それが仇となり命を落とす。


 言い伝えでは嫉妬に駆られた男に刺し殺されたされたとも。数多の恋敵によって木に吊るされ、揚げ句八つ裂きされたとも言われている。


 彼女の墓からは蔓が伸び、葉を茂らせ、みずみずしくも甘い果実を実らせた。それが葡萄であると伝えられている。

 死して後、ユグドヴィーネの魂は神として母なる女神の元に迎えられ、今では狩人と果樹の守護者として信奉されている。


 山間の小さな村、ヴァンドヴィーレは女神の故郷にしてかつて人であった頃の体の眠る場所だ。

 女神となってからも、ユグドヴィーネは狩人の娘だった頃と変わらず自らの故郷を愛していた。村では果実がよく実り、ことに葡萄は地面にこぼれた種からも芽吹き、立派な木となりたわわに実をつけるほど。

 実りの季節ともなれば、村中いたるところに葡萄の房が下がり、人も獣も鳥たちも、みずみずしい果実を心ゆくまで食べることができた。

 女神の恵みは生の果実に留まらず、ヴァンドビーレは古くから優れたワインの産地としても名をはせている。

 

     ※

 

 この村で生まれた子らは皆、七つになるとユグドヴィーネの墓所を守る深い森へと赴き、女神からの『贈り物』を授かる風習があった。

 それは、花であったり。種であったり、木の枝や葉、実であったり。あるいは美しい小石、抜け落ちた鳥の羽や獣の牙と言った、森の中にごく、自然に存在する何気ない物だった。

 だが、出会った瞬間、確実にその子に語りかけるのだ。

 その子にだけ、わかる言葉で。

 持ち帰った『贈り物』は、小さなロケットに収められて。あるいは、それ自体がペンダントや腕輪、指輪や髪飾りに加工され、以後ずっと身に付けられる。


 果樹神ユグドヴィーネの祭司の子シャルダンと農夫の息子エミリオは、同じ年、同じ月の生まれだで親同士が親しいこともあり、それこそ兄弟のように育った。

 ころころと子犬のようにじゃれ合って、すくすく成長して共に今年で七つ。

 シャルダンは今日。そしてエミリオは二週間前に誕生日を迎えたばかり。家族と村の長老に見送られて神殿を出立し、今、二人そろって神域の門に立っていた。

 それは人の手による門ではなかった。右と左から伸びた葡萄の古木がしっかりと絡み合ってできあがった、見事な天然のアーチ。

 

「行こう」

「うん」


 本当は、口に出さずとも互いに通じていた。それでもあえて言葉にしたのは、声が聞きたかったからだ。

 どちらからともなくしっかりと手を握り合い、歩き出す。

 一足ごとに人の痕跡は薄れ、森の気配が濃くなる。だが不思議と怖いとは思わなかった。感じたのだ。女神のしなやかな指先が、自分たちを導いてくれていると。

 かすかにしのびやかな笑い声を奏でつつ、時に優しく頬を撫でて。

 姿こそ見えないけれど、確かに女神はそこにいた。


 ちいさな足を運ぶたび、かさり、かさりと落ち葉が鳴る。昨日の夜はことさらに風が強く、神域の森には沢山の葉や枝や、木の実が散らばっていた。

 

(これだろうか)

(それとも、あれ?)


 きょろきょろと見回しながら、奥へ、奥へと進む。

『女神の贈り物』に出会った時、本当にそれだってわかるんだろうか。今、何となくあの葉っぱ、きれいだなって思った。これがそうじゃないのかな。

 

 もうこうなってくると、あらゆる物全てが呼びかけて来ているような気がした。

 逆に、どれも違うような気もした。


(どうしよう)

(どうしよう)


「あ」


 その時。急に森が途切れ、目の前にぽっかりと草地が広がっていた。その真ん中に、こんもりと。家1軒分はありそうな緑のドームが茂っていた。

 楡だ。

 中央の太い幹から広がる枝葉が、神殿さながらに半球を形作っている。

 楡の古木の周りには、一段と大量の枝や葉、実が散らばっていた。


「こっちだ」

「うん、こっちだね」


 しっかりと手を握り合ったまま、楡の幹の周りを回る。ぐるりと半分回って、来た方角と反対側に着いた瞬間、『それ』と出会った。

 昨夜の嵐に吹き落とされたのか。大人の背丈ほどもあろうかと言う、大きな枝が1本、地面に横たわっていた。

 あまりに静かで厳かで、落ちたと言うより、見えない腕が丁寧にそこに置いたように見えた。


「これだ」

「これだ」


 銀髪のシャルと黒髪のエミル。二人の少年は手を伸ばして贈り物に触れた。

 まちがいない。これは、自分たちのために用意されたものだ。


「どうやって持って帰ろう」

「俺が、根っこを持つ。エミルは先っぽを持てばいい」

「わかった!」


 力を合わせて運んだ。同じ一つの贈り物を受けとったことを、欠片ほども不思議と思わずに。


     ※


 夕陽が山陰に沈む頃。

 神殿で、はらはらしながら我が子の帰りを待っていた両親たちは、シャルダンとエミルの姿を見てほっとすると同時に驚いた。

 何とまあ、この子たちときたら。それ自体が小さな木と言っても通じるくらいの、巨大な枝を運んできたのだ!


「こんな大きな贈り物、初めて見たよ」

「がんばったなあ! 重かったろう」


 重くて、かさばって、途中で何度も座りこんだ。どんどん暗くなる空に、泣きそうにもなったし転びもしたけれど……。

 二人の少年は汚れた顔をあげて胸を張り、とても誇らしげだった。


「それで。お前たちはこれで、何を作るつもりだね?」


 長老に問われ、シャルダンは答えた。


「僕は、これで弓を作りたいです!」

「それはよい考えだ。だが、そうとう大きな強い弓になるだろう。今のお前には、到底無理だ」

「父さんに習います。毎日稽古して、どんなに強い弓でも引けるようになります!」


 シャルの父は、この上もなく幸福そうな笑みを浮かべて息子の頭を撫でた。愛おしげに、何度も。


「では、エミリオ。お前は何を作る? やはり弓か?」

「ううん」


 その瞬間、シャルは打ちのめされた。頭の上にがごぉんっと音を立てて、見えない石が落ちてきたような気がした。

 

(エミルは、僕とちがうことがしたいんだ……)


 いつも、いつまでも、ずっと一緒だって思ってたのに。信じてたのに。


(ひどいや、エミル!)


「俺、これで杖を作りたい」


 涙に潤む青緑の瞳をまっすぐに見つめ返し、エミリオはきっぱりと言い切った。


「俺、将来、魔法使いになりたい。魔法使いになって、シャルを助けたい。だからその時、これで杖を作るんだ!」


 ヴァンドヴィーレを流れる力は二つ。異界との境目である『境界線』と、この世界を形作る魔力の流れる『力線』。

 境界線を感じ、動かし、整えるのは神職の役目。だが、力線を手繰り、調和させるのは魔術師の役目なのだ。

 エミリオは幼いなりにちゃんと、そのことを理解していたのである。


「エミル!」


 シャルダンは輝くばかりの笑顔でエミルに飛びつき、抱きしめた。


「うわわっ」


 勢い余って二人してころんとひっくり返る。だけど、笑っていた。声を合わせて。

 楽しくて、嬉しくて、たまらなかった。


    ※


 そして10年後。

 シャルダン・エルダレントとエミリオ・グレンジャーは共にアインヘイルダールで暮らしている。

 方や騎士として、方や魔術師として修業を積む一方で、季節ごとに故郷の村へと帰り、神事を執り行っている。

 方や女神の祭司として、方やその助祭として二人で力を合わせている。村を通る大いなる力の流れが濁らぬように。あふれぬように。乱れぬように。

 神域の楡より削りだしたる強弓と、魔術の杖を手にして。


 ヴァンドヴィーレの子供は七つの年に神域の森に入り、女神の贈り物を受けとるのが習わしだ。

 この時、二人で一つの『贈り物』を受けとる子供たちもいる。

 その二人は、生涯を通じて何者にも決して引き離せない、強い絆で結ばれると言う。

 その絆を何と呼ぶべきかは……女神のみぞ知る。

 

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