21話 一斑を見て全豹を卜す
諺の意味は、一を聞いて十を知ると一緒です。
あー、腹痛い。
―減―
結局、哀れ、逆立ちなんとかをやらされてしまっているコマクサを軽く見捨ててキョウさんと挨拶を交わし、そう言えば朝に説教ついでにメリアに教えられていた俺の巡回地点である一階を歩くことに俺は専念していた。
しかしここの使用人たちは無茶苦茶律儀な人ばっかりだな。
すれ違えば挨拶。
誰かは常に掃除をしている。
みんな優しい。
徹底してるな、全く。逆にそろそろ俺の方が辛くなってきたくらいだから、相当なものだ。
―――――――――――夜。
いやはや、何も起こらない(朝の決闘? あれは除く)一日というものは総じて時間の流れが遅いもので、結局部屋の本棚にあった有名な剣士の著作を読んでいたら、すっかり外は真っ暗になってしまっていた。
夕食も済ませたし、風呂……は今女子が使っているな。
アレンは……居ない。庭園にでも行ってるのか。
暇だなあ……。散歩するか。
意味も無く鼻歌を歌いながら、俺は自室を出た。
――――――――――同刻、庭園内。
アレンはオギと同じように暇を持て余していた。
……しかし、何で僕は庭園担当なんだろう……。
メリア曰く、「アレンはあれね、外が良いわ。木とかに登ってて」らしい。なんて曖昧な。
僕のキャラは一体周囲にどういう風に思われているのだろうか。
まあ、現に僕は木の上でのんびり夜の帳を楽しんでるんだけど。
そういう意味では、やはりメリアは人を見る目があるのだろう。僕には真似できないな。
しかしオレガノは今頃どうしているのだろう。オギが緊急招集するからほとんど無理やり連れてきてしまったのだが、まあ、大丈夫だろう。今頃本でも読んでるはずだ。
そう思っていた時、視界の端で何かが揺らいだ。
「……?」
なんだろう、動物か?
暗いところでも目は効く方だから見えることには見えるけれど……なんだあれ。
真っ黒だな。何体か居るみたいだ。
二足歩行しているな。
手には……なんだ? 杖みたいなのと……。
「剣……!?」
人間だ!
就寝モードに入っていた頭が急に回転を始める。
わざわざ黒い服を着ているってことは、カモフラージュのつもりなのだろう。
昨日一通り屋敷の人々は確認したが、こんな奇妙な格好の人々は居なかった。
ということは……!
木から木に飛び移り、集団の上空の枝に静かに着地する。
…………。
「……あれが今回の目標か」
「間違いない。あそこの四階の突き当たりの大部屋、そこがクリスタルの隠し場所だ」
クリスタル……!?
先日クロウさんが言っていた言葉が頭をよぎる。
不味い事になった。噂は本当だったのか……!
とりあえず落ち着いて、相手を観察する。
全員で十二人。少数精鋭で来ている辺り、プロだな。
僕一人で止められるだろうか……。
集団はゆっくりと屋敷の方に歩みを進めていく。
半々くらいで魔術師と剣士がいるな。
まずは連絡をしなければ……音は……仕方ない。
口に手を当て、軽く口笛を吹く。
「ん? なんだ? 今音がしなかったか?」
くそっ。
だが、僕の存在までは気付かれていないようだ。
しばらくして、夜空から一羽の黒い鳥が腕に舞い降りてきた。
隠密師が連絡用に飼う低レベルの魔鳥、タナトス。
闇にまぎれて文書の配達や情報の経由をすることができるこれを扱えるようになってようやく隠密師としての第一段階をクリアできるのだ。
「タナトス、オレガノにこれを届けてくれるかい?」
黒鳥は首を小さく振ると、音も無く飛び立った。
その足には今書いた小さな紙を結んである。
よし、これで一応は大丈夫だ。
僕は懐から短刀を抜き、音も無く足を進める集団を見下ろす。
止められる……のか?
……いや、やってみなければわからない!
ヒュンッ
「ん……?」
「どうした?」
「いや、今何かが落ちる音が……うわあっ!」
「どうした!?」
先頭にいた男が振り返る。
その時には僕はもう木の上に戻っていた。
最後尾にいた男は短刀の柄で気絶させ、持っていた縄で縛りあげてそばの枝に括りつけてある。
「アロウはどこだ!?」
「わ、わかりません!! 急に消えて……」
「チッ。どうやら敵にばれたらしいな。3、3、3、2に分かれて屋敷を強襲しろ。中の人間は抵抗するようなら始末して構わん! 急げ!」
「はっ!!」
集団の戦闘の男が呼びかけ、他の全員が返答する。
かなりチームワークのとれた連中だ。普通なら仲間が消えたら取り乱すものなのに……。
厄介な相手だ。僕一人で何人削れるか……。
「オギ、オレガノ、メリア……。頼んだよ……!!」
僕は集団の背後に素早く忍び寄った。