19話 箍が外れる
殺戮したい。
―除―
警護任務:事実上、2日目。
メリアの説教で疲れていたのだろう、俺はあの後すぐに眠っていた。
起きたのは、まぁまぁ早朝だったと思う。
外から威勢のよい声が聞こえて、服を着替えた後に外へ出た。
「う・・・・・・」
案外寒い。
早朝だけあって、空気は凍っているような印象を受ける。
大陸内だけでも当然気候の変化はあるのだろう。学院より圧倒的に寒い。
「・・・・・・」
で、だ。
威勢のいい声の正体は、数人の兵士達だった。
剣や槍を持ち、朝から特訓に励んでいるようだった。
俺はそれを木の下から見ていた。
「・・・・・・見たところ、お屋敷というよりは城って感じだな」
「そうだねぇ・・・・・・。どうも、兵士以外にも戦闘要員は居るらしいし」
突然、横から声が聞こえたので振り向いてみると――。
「・・・・・・」
アレンが太い木の枝に膝を引っ掛けて上半身は下ろした状態で逆さ吊りになっていた。
俺の顔の丁度真横に、アレンの顔(逆ver)があった。
「何やってんの」
「隠密師としての特訓はしばらくできそうにもないからね。こうして、最低限の隠密行動さ」
「俺を驚かせることが、か?」
「いやいや。隠密師の基本は『情報収集』だ。人殺しよりはそっちが専門なのさ」
そう言ってアレンは膝を枝から外して、くるりと1回転してから着地した。
「この屋敷の今は亡き主、シオンさんの祖父『ハイド・ヒュウガスラ・アカシアヌルデ』は、軍隊の人間だったらしくてね。ここも昔は戦争の最前線に赴くものたちの拠点として利用されていた・・・・・・。あの兵士たちはその名残で、他にも僕らの学院やその他の学院の卒業生である魔術師もいるみたいだね」
「へぇ・・・・・・それを1日で調べたのか?」
「当然・・・・・・ああ、それで一応言っておくと、ここを取り仕切っているのは執事長のクロウさんと、メイド長のアマリリスさん・・・・・・通称、マリーさんだそうだ」
「ということは、何かあったときはマリーさんのところへ行けばいいんだな」
「何かあること自体が、最悪だけれどね――おっと」
アレンがそう言ったと思うと、いつの間にか消えていた。
「なぁ」
突然、声を掛けられた。
目の前には俺よりも巨体で年上だろうと推測される、兵士が1人。
「お前が警護を頼まれた、名門学院の生徒だな」
目を見る。
「・・・・・・そうです」
俺を見下した目。
そんな目をした相手でも、『まずは』敬語だ。
「見たところ、剣士らしいが・・・・・・」
「・・・・・・」
「どうだ?一戦勝負しないか?」
既に勝ち誇ったような目。
後ろでは、数人がニヤついて見ている。
アウェイ感が漂っている。
「遠慮します。元軍隊の兵士と戦って勝てるほど、俺は強くはありませんから」
俺はそう言って、その場を去ろうとした。
限界だ。
これが、俺の最大限の礼儀だ。
「逃げるのか?」
はい、来たー。凄く分かりやすい挑発。
で。
「・・・・・・」
「学院の剣士がこんなんじゃ、他の奴らもたかが知れてるな。さっき、男も1人逃げ出したようだし」
アレンの事か。
まぁ、アレンは面倒ごとから逃げただけだから、それとは違うだろけれど。
じゃ、ないんだな。
俺の中の怒りは。
「おい」
俺は言った。
「俺のことはともかく、俺の友達をバカにするな」
「お、やる気になったか?」
男はそう言ってニヤリと笑う。
客観的に見ても、俺は単純だったろう。でもなぁ・・・・・・。
俺の目にはこの男はもう『的』にしか見えてないんだよ。
「やってやる。但し、俺が勝ったら謝れよ」