30話 世界は少しずつ変わり始める。
加減乗除ですが、30話です。
―減―
「……く……そっ!」
へし折れたライフルを盾にして、およそ人間とは思えないほどの猛攻を防ぐ。
「あはは、無駄だよゼロシルバー。君では僕には勝てない」
「ぐがぁ!」
手首を蹴りつけられ、ライフルが地面を空しく転がって行った。
「あまり手を煩わせないでくれよ。さっき言ったろう? 僕は今逃走途中なんだ」
「ハッ……そんなこと知るかよ。行かせてたまる……ぐはっ!」
カンパネルラの膝が腹にめり込む。
「駄目だな。これだから自信家は。いい加減諦めなよ」
「手前に……だけは、言われたくねえ」
痛む腹を押さえながら、それでも立つ。
「ふんっ」
ごすっという嫌な音と共に、今度はキックが腹に直撃した。
「ぐっ……」
足に力が入らない。
思わず膝をついてしまう。
「はあ、やっとか。中々頑丈だね、君も」
視界が朦朧とする。
「じゃあ、僕は行くよ。さよなら、万年落第生」
そう言い、カンパネルラが振り向き、同時に、銃弾を傷口から押し出して足を自由にしたらしいサラマンダーが踵を返そうとした。
が、それは果たせなかった。
何故か。
理由は簡単だ。
「おいおい、特別学科の調教師。いけねえなぁ、こういうのは」
大人の背丈よりも大きい大剣がサラマンデルの首を斬り裂いたからである。
「な……」
背中を向けていたカンパネルラが、驚いて振り向く。
そして、驚愕に目を丸く開いた。
「……教師科、大剣のゴルゼキア……!」
「おいおい、先生には敬語で話しかけねぇと。単位下げるぞー」
「追いつかれたのか……。くっ」
サラマンデルの遺骸が鮮血と共に地面に倒れ伏す。
一瞬、その地響きにカンパネルラがひるんだ。
次の瞬間、ゴルゼキアはカンパネルラの目の前に距離を詰めていた。
「今回の騒動はお前が原因だよな。ちょっと、職員室まできてもらうぞ」
その手に握られた大剣の刃が首に押し当てられている。
「おーい、零狐、生きてるかー?」
「死んで……ねえよ、くそが……」
意識がようやくはっきりし、痛みをこらえながら立ち上がる。
「よーし、後で救護科棟に言行っとけよー。戦士科棟は駄目だ、ほとんど壊れちまったからな」
そう言い、戦士科の、おもに上級戦士の成育を受け持つ大剣使い、教師科のゴルゼキアがカンパネルラの首筋に当てていた剣を肩に担ぐ。
「……!」
隙を見せたと思ったカンパネルラが、振り向いて逃げ出そうとしたが、
「だからよ、いけねえなお前は。反省文が良いか? よしよし、まあ、出ていくなら学園長にでも挨拶してから行けよ!」
瞬きの間に前に回り込んだゴルゼキアに、拳を喰らい、吹っ飛んだ。
「……相変わらず、だな、この鬼教師……」
「うっせえぞ、狐。ほれ、さっさと行け。それとも、担いで貰わねえと駄目かぁ?」
「黙ってろ、一人で……行ける」
足を引きずりながら振り返り、再び穴の中を歩き始めた。
「あーあー、今回は特に酷いよな。寝返らせるとは、敵さんも考えたな。そう思わねえか?」
と思ったら、気絶したカンパネルラを担いだゴルゼキアが、嗤いながら追い越して行った。
……くそっ、いつも思うがあの鬼教師、何であんな大剣担いで素早く動けるんだ……。
教師科は、学院の生徒の属する戦士、魔術師、救護、隠密師、呪い師、狙撃、その他(一般に第七学科と呼ばれる)とは別に区分された、要するに、先生の属する部分だ。
はっきりいって、まともな教師と、戦士科や呪い師科の教師の様な少々イカれた連中が半々くらいでいる。人材としては、どの教師も一品なのだが、教えるものが教えるもので、頭が残念な教師(これは教師と呼ぶにはいささか無理があるような気がするが)も多い。
ゴルゼキアはその残念な方の内の一人だ。
……クソっ、痛みがぶり返してきやがった。
それでも俺は歩いた。
一章終了。
―減―